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ヘレナのおうちへようこそ


 馬に乗ったヴァン・クラークの先導で別邸の前に馬車が着くと、少女が走り出てくる。


「叔母様! ようこそお越しくださいました」


 明るい声で迎えるヘレナだが、片手には矢の刺さったマガモの首をぶら下げていた。


「それは…」


 馬から降りたクラークは驚きに言葉を詰まらせる。


「ああ、ヒル卿たちが裏に家畜小屋を建ててくださっている間に、クロスボウをお借りしたのです。ここは渡り鳥の通り道のようなので入れ食いですね」


 小柄な体で結構な大きさの獲物を持ち上げ、弾けるような笑顔を向けた。

 彼女の口ぶりから推察するに、獲物はどうやらその一羽だけではないらしい。


「ヘレナ、それは良かったわね。でも全く知らなかったわ、貴方が狩猟が得意だなんて」


「ああ、ブライトンの家の木がうっそうとしているせいかやたらと野生動物が往来するので、試しに仕留めてみたら食材になって何日かしのげるようになったので」


「そうなの…。すごいわね」



 カタリナは笑顔を張り付けたまま小さく『ハンス…あのクソ野郎』と呟き、傍らに立つクラークはうっかり耳で拾ってしまった。


 クソ野郎って…まさかこの、カタリナ・ストラザーン伯爵夫人の口から。


 背後に控えるテリー・ラッセルとサイモン・シエルもヘレナに笑顔を向けたまま、同じことを頭の中で思った。



「ここでも、これでしばらくは肉に困らないから助かります!」


 元気よくこぶしを握り宣言するヘレナに、クラークは慌てて問いかける。


「ちょっと待ってください、ヘレナ様」


「はい、なんでしょう、クラーク卿」


「先日、侍女たちが運んだはずの食材は」


 ヘレナが別邸に移った翌日の昼間、コールが食材を荷車に積んで運ぶよう指示したはずだ。


「ああ、あれ…」


 困惑顔で首を軽く傾けた。


「生ものなどがなんだか危険な様子ばかりだったので、庭師の方に鍬を借りてあの辺の土に戻しました」


 鴨を持つ手で空き地を示す。


「きけんなようす…」


 つまりは口に出来ない状態の、食材と言えない物を運び込んだということで。


「あいつら…。すみません貯蔵庫ですか。今すぐ確認します」


 クラークはヘレナに一礼して、裏に向かって駆けだした。



「…うん、やっぱりクラーク卿は噛んでなかったのかな」


 去り行く男の背中を眺めながらヘレナがぽつりとつぶやくと、カタリナがぽんと肩を叩く。


「ヘレナ。予想以上の歓待ぶりね」


「見苦しいところをお見せしてすみません。ご心配をかけたくはないのですが私ではどうにもならなくて。叔母さまが今日いらしてくださって正直助かりました」


 心から安心した様子で見上げる姪に、カタリナはぐっと感情があふれるのをこらえた。


「ヘレナ様、大変でしたね」


「来るのが遅くなって申し訳ありません」


 男性二人にようやく気付いたヘレナは目を見開く。


「ラッセル様とシエル様、まさかお二人も来てくださるなんて、嬉しいです」


「さあ、そのマガモは私が預かりましょう。なんならいったん全部お預かりして後日処理したものをお返ししますよ。まだ落ち着かないでしょう」


 ラッセルが手を差し出すと、素直にヘレナはマガモを渡した。


「そうですね。そうしていただけると助かります」


「ちなみに、羽毛はどうします?ご入用ですか」


「あ、はい。屋敷が広い分、冬が心配なので念のため羽毛をためておこうと思ったのですよね」


「わかりました。煮沸処理して乾かすのでこれは今しばらく時間をください」


「とても助かります。まだ慣れない窯で大鍋を煮るのはちょっと大変だなと思っていたので」


 二人のやり取りの慣れた様子に、カタリナの肩がびくりと動く。


「あらヘレナ。獲物から羽毛を採取したりできるの?」


「ええ。所詮は素人の手仕事ですが、ウサギやキツネの毛皮を加工するのも慣れました」


 狩猟は貴族のたしなみとはいうが、たいていはただの遊戯であらかじめ用意していた獣を放ち、それを追いかけて仕留めたらおしまいだ。


「ああ、そう…。そうだったのね」


 そこからの後始末は使用人がするもので、普通の令嬢は死んだ獣を見ることすら嫌う。

 カタリナは辺境伯の元で暮らした頃に帝都の令嬢では体験できないことをたくさんしてきたつもりだが、生きるために獣を仕留めて捌いたことはない。


「だから、ブライトン邸から持ち出したヘレナ宛の荷物の中に大鍋やらクロスボウやらなんだか見たことのない器具があったのね。クリスが絶対いる物だから渡してあげてくれと言われて半信半疑だったけれど、これで納得したわ」


「あ、大鍋とクロスボウは使い慣れたものの方が助かります。さすがクリスですね」


「そうね。良い弟だわ」



 『ハンス。あいつ…』


 カタリナの全身からどす黒いオーラが立ち上るのを、ラッセルとシエルは見ずとも肌で感じた。




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