日常と変化
アビゲイル家の狩猟会から二週間ほど経ち、都のゴドリー伯爵邸では少しずつ変化が生まれていた。
まず、当主のリチャードが王宮に詰めて家を留守にする時間が少しずつ増えていった。
彼は、王直属の騎士としての責務を果たし始めている。
そして専属護衛騎士のヒルの後継は決めぬまま、秘書のホランドと従僕のクラークを交互に伴い出勤し、執事のウィリアム・コールは常時本邸に詰めて事務処理をする。
ホランドとクラークの剣技は二十歳のころは国立騎士団には入れない程度とされていたが、死線を潜り抜けた二人が決して弱いはずもなく、実はその辺の私兵より十分強い。
結局、王宮の許可を得たうえで帯剣して随従するようになった。
そもそも、リチャード自身も提督としての地位は伊達ではない。
それに治安はそれなりに良い都で賊に襲われる可能性は低く、馬車ではなく馬に乗り最低限の護衛で身軽に登城するのが日常となっていく。
そのさまは勇壮で、都に住む女性たちはリチャードが道を通るのを心待ちにすることとなる。
こうして辺境から戻ったばかり頃の怠惰で澱んだ状態から、武門のゴドリー伯爵としてようやく活躍を始めた。
外の景色が刻一刻と冬に向かって色をなくしていく。
窓からじんわりと冷気が忍び込む中、女主人の部屋では暖炉の火が赤々と燃えていた。
「大丈夫なのでしょうか…」
傍で控えていた侍女頭のヨアンナが両手をもみ絞りおそるおそる切り出す。
「だから何度も言っているでしょう。この十日ほど様子を見たけれど、まったく動きがないのだから杞憂だったのよ」
コンスタンスは紅茶を飲みながら怯える女を鼻で笑った。
「ですが…」
「お前はあの子がいなくなってつまらないだけ。執務室で遊んでいるのが使用人たちにバレ始めていたから、良い頃合いだったのよ。だいたい、お前の声が大きいからこうなるのよ?」
「な…っ」
コンスタンスの言葉に、ヨアンナは指の先まで真っ赤になる。
ヨアンナが侍女頭の執務室に何かと理由を付けて侍従のニールを連れ込み、昼間から情事にふけっていたのは一部の使用人たちに知られている。
しかし、ヨアンナのお気に入りになれば美味しい汁を吸えることを誰もがわかっているし、コンスタンス自身が黙認しているため、大事にはならなかった。
アビゲイルから戻ってきてすぐに、ニールは自室の様子を確認し、持ち物を誰かに触れられた可能性があることに気付いた。
彼は見かけよりはるかに几帳面な男で、全ての持ち物の管理は完璧だったため、靴クリーム缶の中身の僅かな減少を見逃さなかった。
それはこれから使う予定だっただけに、ニールは離脱を即刻決断した。
コンスタンスの衣装部屋に隠してあるかつらやワンピースなどを着用し、女性に見えるよう化粧をして抜け出す。
旅から戻ってきたばかりのゴドリー伯爵邸は色々な人でごった返していた。
通用口の門番も、大勢いる通いの洗濯侍女の一人が仕事を終えて帰るのだろうと思いこみ、簡単に通した。
よもや初々しい仕草の少女の腕に下げられた籠の奥にとんでもないものが入っているとは思わずに。
「コンスタンス様。失礼します」
扉を叩く音に二人は振り返った。
現れたのはコンスタンス付きの若い侍女。
「どうしたの」
「はい。リチャード様からのご伝言だそうです。王宮より届きました」
銀の盆にのせられた封書を差し出され、ヨアンナが受け取りペーパーナイフで開ける。
封筒を受け取ったコンスタンスは中から便箋を取り出した。
「…何事も、ないわけでは、ないのかしらね」
「奥様?」
「ゴドリー侯爵夫妻が外交を切り上げて三日後には帰国するそうよ」
「…な、なんと…」
ヨアンナの顔色が一気に青くなる。
「さあて。これは関係あるのかしら、ないのかしらね」
コンスタンスは椅子の肘掛けに頬杖をついて、暖炉の火に目を向けた。




