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クリス、怒る。



「ええと…ね。クリス。怒らないで?」


「やだなあ。俺が姉さんを怒るわけないじゃん」


 穏やかに微笑んでいるが、寒い。


 壁にあるオーブンストーブの熱が全く届かない…いや、火が消えてしまったかもしれない。

 パールとネロは耳をぺたんと伏せぴたりと身を寄せ合いヘレナの足元で丸くなった。


 フェンリルは氷魔法の属性ではなかったのか。


 いつもは優しいクリスの豹変に、パールはすっかり怯えていた。

 さすがは、カタリナ・ストラザーン伯爵夫人の甥。

 四人の大人は内心冷や汗をかいた。


 そういえば、クリスは風魔法の素養があると聞いていたことをテリーは今更思い出す。

 ストラザーン伯爵夫人は風と水を駆使して氷魔法を繰り出すのだから、この子も感情が高ぶれば同じ現象が起きるだろう。


「さっきの会話だと要するに…。結婚式とやらでなんかすごいことがあった上に、そこの側近二人が絡んでいたってことですよね」


「すごい推理力だね…」


 ミカの不用意な呟きできん、と空気が凍る。


「ねえ、クリス。コンポートがシャーベットになっちゃう。お願いだから落ち着いて?」


 すでに手の中のフォークがひんやりと冷たい。

 喋るたびに口から白い靄が上がるあたり、どれほど気温が下がっているのかよくわかる。


「説明」


「うん」


「ちゃんと、包み隠さず説明してくれる?」


「うん」


「俺を、のけ者にしない?」


「はい、しません」


 こっくりと大きくうなずくと、ゆっくり暖かい空気に包まれた。


「え? 暖房も出来るんだ? 便利だね」


 ライアンの呑気な声にぴくりと一瞬眉を吊り上げたが、深呼吸を一つしてクリスは答える。


「最近、火魔法が少し操れるようになったんです。ストラザーン伯爵家の家庭教師に教わっているうちに、まあ、生活魔法程度ですが」


「ありがとう、クリス。おかげでとても暖かいわ」


「それより姉さん。約束」


「あ、そうね。ええと…」


 ヘレナは両掌を自分に向けてじっと見つめ、ゆっくり指を降りながらリチャードとの結婚式のために教会へ行ってからのことを順序だてて簡潔に説明を始めた。


 教会の控室でのリチャードたちとの会話と待遇。


 そして始まった『斬新すぎる結婚式』。


 聖なる場で新郎新婦がそのまま盛り出したのに、なんと置いてけぼりをくらったこと。


 その時司祭として立ち会っていたサイモン・シエルとリド・ハーンに保護されたが、およそ三時間放置。


 ようやく回収されたものの、さっぱり顔のリチャードからは偽装結婚あるあるの『愛さない宣言』を意気揚々と告げられ、別邸に幽閉されることと生活費はハンスに渡した婚姻支度金から賄えと言われたこと。


 念のため確認へ出向いた別邸はとても住めた状態ではなく、急遽割り当てられた客室も中の下の内容で、閉じ込められた数日間は食事も暖房も間引かれたこと。


「…とまあ、このあたりからはクリスも知っているわよね。叔母さまがシエル様たちに色々仕掛けを作ってくれるようお願いしたのだから」


「まあね…」


 クリスはテーブルに両肘をついて頭を抱え、はああーっと腹の底から息を吐きだす。


「ざんしんすぎる、結婚式ねえ…」


「いやもう、あの時リチャード様が奥様から剥がして床に放り投げたティアラとか首飾り…。メインの石一つで借金完済できるし、クリスの学費まかなえるし、家の修理もできてしまうだろうなあと一瞬考えて、何とも言えない気持ちになったのを今また思い出したわ…」


 ヘレナの暗い笑みに大人たちはきゅっと喉を絞められた心地になった。


「お金持ちってすごいね」


「うん、熟練の職人でもそうとう時間がかかっただろうなと思われるヴェールが破ける音が聞こえた時、ちょっと殺意がわいたかな」


 なぜだろう。

 今度は灯が暗くなって空気も希薄になってきたような気がする。


 当時の元凶である二人は浅く呼吸を繰り返した。


「あれ? 重要なのはそこなんだ? まあ、ヘレナらしいっちゃ、らしいけど。いきなり祭壇でおっぱじめた件はどうでもいいの?」


 なんとミカが話を蒸し返し、テリーは焦る。


 彼としては振出しに戻らずこのまま流して欲しかったが、律儀なヘレナはこんな時もきちんと応じてしまう。


「ああ、あれ…」


 唇を尖らせ宙をにらみながらヘレナはしばらく考え、やがてきっぱりと首を振った。


「どうでもいいと言えばどうでもいいかもしれません。あそこまでいくとなんだか滑稽で、家畜の種付けみたいに…」


「わーっ! もういい。やめやめ。やめようよ。俺たちが悪かった。あの時はどうかしていたんだ」


 ライアンが奇声を上げながら割って入る。


「本当に悪かったよ。なんだか感覚が麻痺していて、そんなもんだと思っていたんだ、あの頃は」


「家畜…」


 ヴァンが苦し気に胸を拳でとんとんと叩き続け、クリスは十五歳らしい軽蔑のまなざしを二人に送る。


「なるほど。俺としては色々納得できないことがあるけど、姉さんが過去だというのならまあとりあえず置いとくよ。今現在問題は山積みなんだし、テリーさんの報告、まだ続きがあるんだよね」


「賢明なご判断をありがとう、クリス…」


 テリーは心から感謝の意を示した。





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