なかなかの鮮度
五人がなんやかやと話をしながら夕食を楽しむなか、ヘレナのそばで仲良く鶏肉を食べていたパールとネロが耳をびくりと立てじっと固まる。
しかし、すぐに何事もなかったかのように鼻面を皿の中に突っ込んだ。
そのさまをちらりと見たミカとヘレナはカトラリーと食器の準備を始める。
ほどなくして廊下に繋がる扉が開き、テリー・ラッセルがひょっこりと現れた。
「あー。急いだ甲斐があった。うまそうだな、今夜も」
屋根裏部屋の転移魔法陣を利用して直接別邸へ入ったテリーは、手にしていた荷物を戸棚に置くと、ヘレナの隣に座った。
「お疲れさまです。あと、タラをありがとうございました。嬉しかったから、早速食卓に上げています」
「ああ、うん。また良いのが入ったら持ってくるよ。新しいルートが出来たから、新鮮な魚が手ごろな価格で手に入るようになったんだ」
少し前まで、鮮度の落ちやすいタラは塩漬けにして干したものが主流だったが、氷魔法を操る猟師のいる船が現れ、新鮮なまま入手できるようになった。
テリーはそれをヘレナたちへ運んでくれたのだ。
「今夜はグラタンにしています。すぐお持ちしますね」
ヘレナは席を立ち、入れ替わりにミカが鶏団子のスープをよそった皿とパンをテリーの前に置く。
「意外と早かったね。アタシの予想ではもっと時間がかかると思っていたんだけど」
さっそくスプーンを手にしたテリーは軽くうなずいた。
「ああ。俺もあと一日くらいかかるかと思っていたんだが、いったい何の加護なんだろうな。芋づる式に役立つ証言が手に入ったから、いったんこっちに来させてもらったよ」
やはり食べ盛りのテリーも口を大きく開けて次々とスープやサラダそしてパンを平らげていく。
ヘレナがグラタンを持って現れた時には、すでにスープのおかわりをミカに装ってもらっているところだった。
「役立つ証言って、何が見つかったのですか?」
姉が戻ってきたところでクリスは尋ねる。
「うん。まず、バーナード氏が保管していた資料中から掘り出してもらった侍女頭のシエナ島からの帰路の履歴をもとに調査したら、面白いことが分かった」
シエナ島赴任に同行した使用人たちのまとめ役として送り込まれたはずのヨアンナは、着任早々に熱病に罹った主人、リチャード・ゴドリーが回復した一月後ほどで帰国したいと主人に願い出た。
理由は親族の急死で相続手続きのために戻らねばならないと言われれば、引き留めるわけにもいかない。
一応ヨアンナは男爵家の娘であるため、なにがしかの手続きが発生しているのならば伯爵家としては送り出すしかない。
帰路は慰労がわりにゴドリー家が支払った。
「ただ、ゴドリー家…ホランドさんが手配した船の客室は四等だった筈」
名指しされて、ライアンは頷く。
「うん。そうだな。四等と言っても限りなく三等に近い二人部屋を俺が予約した」
ヨアンナのために予約した船は客室のグレードは五段階に分けられており、五等は平民、四等は使用人程度で基本は四人部屋、三等は少し稼ぎのある商人や低位貴族向けで二人部屋、二等は伯爵以上の貴族か豪商、一等は高位貴族。
あと数部屋貴賓室も別に用意された客船だった。
本来ならば使用人の移動は商用船に乗せるのが普通なのだが、リチャードの恋人として屋敷に滞在しているコンスタンスが待ったをかけた。
商用船に女性一人で乗せるのは危険だし、長年働いてくれているヨアンナにそろそろ褒美を上げるべきだろうと。
素直に応じたリチャードの命で侍女にしては破格の待遇で手配したのでさすがに記憶にある。
「端的に言えば、せっかく気を利かせてとった客室にヨアンナ・ボニーは一泊程度しか利用せず、別の人間が泊まったらしい」
「はあ?」
ぽかんとライアンは口を開けて固まる。
「ちょっとしたスライドが生じたおかげで証言どんどん揃っていった。相部屋だった女性が言うには、乗船二日目の昼間にヨアンナが荷物の全てを引き上げたらしく、もう使わないから自由にして良いと言われ、彼女は仲の良い使用人を同室に引き入れた。そして空いた四等四人部屋のベッド一つは五等で体調を崩した老婆に譲られたというわけだ。船内客室係の総括がちゃんと把握してくれていたからすごく助かったよ」
船代は先払いしているため、客室係と利用者たちの間で同意があれば部屋の移動は可能だ。
しかもヨアンナは多少の金を客室係に手渡していた。
「それは…良かったけど、それで、ヨアンナはいったいどこに」
ライアンの問いに対しテリーは指を二本立てる。
「二等客室」
「は?」
「シエナ島から単身で帰国の途に就く豪商の娘と仲良くなり、彼女の侍女…いや、年の離れた仲の良い姉妹の真似事をしていたらしい」
食堂の中に沈黙が落ちた。
「ふうん。なんか、面白い話になってきたね。わくわくするよ」
ミカは両腕を胸の下で組んで不敵な笑みを浮かべる。
「なかなかの鮮度だろう?」
フォークでグラタンをすくって口に入れながら、テリーはミカに片目をつぶって見せた。
「まったくだよ。タラといい、部屋転がしといい…」
二人の悪い笑みに、挟まれて座るヘレナはなぜか寒気を覚えて思わずふるりと震えた。
「くううーん」
そんな主を励ますべく、パールはヘレナの顔をぺろぺろと舐める。
「やめときな、パール。ヘレナの顔が鶏肉臭くなるから」
びしっと指摘され、パールがしおしおと髭と耳を下げると、慌ててヘレナは彼女の頭に腕を回し額に頬を当てた。
「大丈夫よ、パール」
本心だ。
これから先、聞かされる話は怪談話より恐ろしいに違いないから。
「ありがとう、大好きよ」
ヘレナの言葉にパールがふるふると長い尻尾を振って喜びの意を表すと、それを猫の本能を呼び覚まされたと思われるネロが、いきなりがばりと前足を上げて飛びつきぶらぶらとぶら下がった。