いろいろ合流
「痛っ…」
クリスが声を上げた。
カランと音を立てて集めた薪が足元に落ちる。
「どうしたの、クリス」
駆け寄ると、弟は唇を曲げて手のひらを木漏れ日にかざした。
「うん…。なにかがささったみたいで」
どうやら乾燥した樹皮が棘となってクリスの手のひらに食い込んだらしい。
「見せて」
ヘレナは手を取って覗き込むが、二人で頭を寄せるとケガをした場所が良く見えない。少し明るい場所まで連れて行き再度治療を始める。
「意外と深く入ったのね…」
患部をつまみ上げ皮膚に隠れている木片を引っ張り出そうと格闘していると、背中越しに車道が騒がしくなってきたのを感じた。
「ああすごいな。一個大隊が来たよ」
頭の上からクリスの声が降ってくる。
「うん…。順調にいけばそろそろ本邸の奥様が戻られるかもって今朝、ホランド卿が教えてくれたから…」
「は? ホランド? あのずっと思春期のひと?」
姉の後頭部を眺めながらクリスは眉を思いっきりひそめた。
「うん…。そうね…」
指先で探りながらヘレナは上の空だ。
そうこうしている間に、隊列が近くを通り始めた。
先頭に大柄な女性とゴドリーの騎士服を着た男性がそれぞれ馬を操り誘導する。
そして使用人用と思われる簡素な馬車、それから…。
クリスがふと顔を上げた瞬間、ちょうど目の前をひときわ豪華な馬車が通り過ぎた。
豪華なドレス姿の女性が窓からこちらを見ているのに気づいて、クリスは目を瞬く。
「あ、なんかその奥様とやらと目があったかも」
この森に人が来ることはめったにないため、めんどうな認識阻害の術をかけていない。
油断していたなと、クリスは後悔のため息をついた。
それなりに距離はあるので、子供がいるなと思う程度で済んだかもしれないが。
「うん?」
爪で確実に棘をつかんだヘレナは一気に引いた。
「あっ…つっ」
「あ、ごめん。でも多分取れたわよ。こんなに長いのが刺さっていたなんて痛かったでしょう。すぐに傷口を消毒しないとね」
軽く腕をさすってなだめた後、いまだに騒がしい車道を振り返る。
「ああ、本当だわ。セドナたちが護衛しているわね」
頼もしい姿の女性たちが騎乗姿で隊列を行き来しているのがヘレナの目に映った。
「やれやれ、とうとう帰って来たんだねえ。もうちょっとゆっくりしてくれても良かったんだけどさ」
枯れ葉を踏みしめながらミカがやってくる。
そのさらに後ろから中型犬サイズのパールとその背に背筋を伸ばしてちょこんと乗ったネロがお出ましだ。
「そろそろ、ケーキが食べごろだよ。それに――」
ミカがくいっとそのまた後ろを顎で示すと、背の高い男が現れた。
「こんにちは。来ちゃいました」
こてんと頭を傾け、ダークグレーの髪を揺らす。
「クリス様の怪我の手当て、私がしましょうか」
ラピスラズリの瞳を細めてゆったり微笑んだ。
「ありがとうございます…。あの、シエル様。私のせいで今すごくお忙しいって今朝聞いたばかりだったのですが」
ヘレナはまだ途切れない旅人の列とシエルを交互に見ながら戸惑いの声を上げる。
「いえ? そんなことないですよ? 何か齟齬があったようですね」
サクサクと軽い足取りでヘレナたちの元へたどり着く。
「来ちゃったって……」
クリスはぼそりと呟いた。