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チカエ



【チカエ】


 ふいに、頭の中でびいいいんと音が鳴らされるような衝撃を受け、コンスタンスたちはよろめく。

 まるで、頭の中に太い弦を張られそれを力いっぱい弾かれたような感覚だ。

 音の余韻がまるでこだまのように響く。

 くらくらと目が回った。


「え……。なに……」


 戸惑う二人に容赦なく新たな音が叩き込まれる。


【チ カ エ!】


 びいいん、びいいん、びいいんと揺さぶられ、立っていられなくなった二人はふらふらと地面にへたり込んだ。

 両手を地面につけ手近な草を掴むが、まるで世界の全てが回転しているような感覚は去ってくれない。

 どこかへ飛ばされぬよう、ひたすら地面に縋りつく。

 いつの間にか女たちは、魔女たち及び鍋の上に立ちのぼる湯気の塊に向かって平伏するような姿勢を取らされていた。


【タダシキ ナ ニ カケテ

 ココロ カラ チカエ】


 びいいん、びいいんと、低いような高いような音……いや声に圧せられ、這いつくばるドロテアが慌てて声を張り上げた。


「私はドロテア・ヴェラ・アビゲイル伯爵夫人……! 旧姓はピット子爵。あの、ええと、何を……どう、誓えばいいの、ですか?」


 被っていたはずの黒のヴェールはいつの間にかはずれ、ほどけて乱れた金髪が無残に散らばり土埃にまみれる。


 隣で彼女を伺い見たコンスタンスは息をのんだ。


 本人はまるで気付いていないが、あらわになった顔は頭から首まで返り血を浴びたかのように染まっている。


 慌てて己の手を見ると表も裏もおぞましい色に変わっており腕へと続いていた。

 それはベージル・ヒルをもっとも侮辱した副団長ノーザンの成れの果てにそっくりだ。


 まさか。

 己の全身もすでにドロテアやノーザンのようになっているのか。

 恐怖に全身が震え、歯がかちかちと鳴る。



【カエリチ ノ ダイショウ

 サンネン ワレ ニ ササゲロ】


 脳内をかき回されているような不快な音。

 恐怖に支配されたドロテアは額を地面に擦り付け、懇願した。


「は、ははは、はい。もちろんです。ドロテア・ヴェラ・アビゲイルの名にかけて、私の命、最後から三年を捧げます。なので、どうかどうか、お願いでございます。この恐ろしいものを……すべて、どうか跡形もなく消してくださいませ……。お願い!」


 興奮のあまり声が裏返る。

 きいきいと高い音でドロテアは「おねがい、おねがい……」と叫び続け、目を限界まで見開き口からは泡とよだれがこぼれ顎を伝って地面に真っ黒な染みを作った。


 正気を失いかけている。

 狩猟会では女王然としていたドロテア・ヴェラ・アビゲイル伯爵夫人が。


 ぎりぎりのところで踏みとどまっているコンスタンスは後悔し、密かに舌打ちした。

 たいして尋ねもせずに浅はかなドロテアの話にのってここまで来てしまったことを。


 もっと他に良い方法があったのではないか。

 ここは闇の世界だ。

 この呪いを祓うならば、リチャードの力で聖女を捕まえた方が得策だった。


【クロイノ オマエ ハ ドウスル】


 一瞬、『それ』が何を言ったのかわからなかった。

 しばらくしてようやくコンスタンスの黒髪の事を指しているのだと気づく。


【ユダネル カ

 ソレトモ ベツノ ミチ イクカ】


 見透かされている。


 そう思うと、全身の毛穴から汗がぶわっと出た。


 こんな、恐ろしい相手を振り切る事などできるのだろうか。

 いや、無理だ。

 今更、選択肢などなかった。


 恐怖でみぞおちのあたりがどくどくと脈打つ。

 この状況の全てが怖い。

 吐きそうだ。

 湧き上がる生唾をなんとか飲み下して、震える唇を開いた。


「あ、貴方様に……委ねます。私の名は、コンスタンス・ディ・マクニール・オブ・リンデマン」


【ホカノ ナ ハ】


「コンスタンス・マクニー」


【ホカ ハ】


「あ……。ありません」


【ソウカ】


 ピイイーンと高い音が頭の中で響く。


【シカト ウケタマワッタ】


 ビインと音が振り下ろされた。

 がんと後頭部を殴られたような衝撃に目を回す。


「ぐ……」


 吐かないのは、貴族の端くれになった矜持だ。


【キンイロノ クロイノ オマエタチ ノ サンネン モラウ】


 ごうごうと風が吹き、稲光が走る。

 土と小石が舞い上がり、容赦なく叩きつけられた。


 逃げ出すなんてできるはずもなく。

 身を縮めてこの恐ろしい嵐のようなものが去るのを待つほかない。


 容赦ない強さの風の中に妙に生ぬるい水の匂いをコンスタンスは感じて眉間に強くしわを寄せた。


 これはあの、忌々しい南の飛び地で何度も経験した嵐を思い出させる。

 二度と戻りたくない屈辱の地。

 ようやく抜け出せたかと思ったら、これだ。


 怒りのようなものが、コンスタンスを奮い立たせる。


 そして彼女はふと、『くろいの』と呼び掛けて来た声が最初に威圧してきたものと少し違ったような気がしたが、考える間もなく不快な音が頭の中で高く低く乱れ響く。


 まるで子どもがめちゃくちゃに楽器をかき鳴らすようで規則性も旋律もない。


 ただただ、コンスタンスとドロテアは歯を食いしばって這いつくばり続ける。


 やがて音の渦に飲み込まれ、意識を手放した。



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