ていそうのききといのちのきき
「相変わらず……。そそられる食卓ですね」
ハーンはうっとりと両手を組み『神に感謝を……』と呟く。
長年の習慣がなかなか抜けないせいのかと思いきや、『このような料理にありつけるときは、一応神に感謝しておいて損はない』と真顔で独自の理論を展開した。
「まあ……。そこまで喜んでもらえるなら、作った甲斐もあるってもんだね」
いい加減慣れてきたミカはさくっとあしらって、料理を並べる。
鶏と根菜で出汁を取ったスープにはキャベツとトマトがひよこ豆入りであっさりした口当たり、メインはマフィンの上にベーコンとセロリの葉と卵とチーズをのせてオーブンで軽く焼いたものが湯気を上げ、そして付け合わせであらかじめオーブンで焼いておいた根菜。
「なんとなく、今日の昼はちょっと力になるものが良いかなと思ってさ」
暖炉の前では、パールとネロがスープ入りの鶏ささみボウルに装ってもらい、それらを夢中になって食べている。
平和な光景にヘレナはほおを緩ませた。
「うん。ありがとうミカ。とても美味しいわ」
マフィンはヘレナが朝一番に捏ねたが、その後は布団造りにかかったので、発酵と成形をして焼いてくれたのはミカだ。
人に作ってもらった料理は格別に美味しい。
男三人はあっという間に平らげ、おかわりをした。
「それで、いったい何があったわけ?」
食事を片付け、赤林檎のコンポートに刻みクルミを散らしたサワークリームを添えたものとコーヒーを前にミカは尋ねる。
コンポートは赤ワインとシナモンを少し加え、赤紫に染まっていて、サワークリームの白が映え、満腹の筈なのにそそられる。
スプーンですくって一口食べてから、ハーンは答えた。
「まあ、有り体に言うと、貞操の危機と命の危機です」
「それが、ちょっとみみよりなじょうほう・・・」
珍しくヘレナが先陣を切って突っ込んだ。
「あはは。そうなんですよ。ぼく、なんだか予感がしてこの間ヒル団長に移転魔法の術符を渡したのですが、一昨日の夜に早速使って魔導士庁に現れたから驚いたのなんのって」
にこにこと笑いながら話すさまのどこが?と、全員心の中で再び突っ込む。
「しかも一人じゃなくて、若い女の子と死体の入った布袋抱えてきたから、大変でしたよ~」
「その『大変』がどこに付くのか聞きたいねえ」
「まあ、お一人様限定のつもりで作った術符でよく三人飛べたなあと。一緒の女の子がまた小さい人だったから良かったのと、一人は死んでいてくれたからまあモノ扱いで行けたかな?ヒル団長は具合悪そうでしたが」
「酔ったんだね。かわいそうに」
心底同情して肩をすくめるミカの隣で、ヴァンは身体をハーンに向け、真剣に説いた。
「いや、その前に。手渡すときに使用上の注意くらいしてやってくれ。下手したらベージルが死ぬところだったってことだよな?」
「ありていに言えば」
「…………それ、奴に言ったか?」
「あ、言いそびれたままです」
きょとんと眼を開くハーンにクラークは頭を抱える。
「……知らぬが……。いえ。無事でよかったです。ところでその若い女の子とは」
同じく身体をハーンの方に向けたコールは、なんとか冷静になろうと己に言い聞かせつつ話の先を促す。
「ああ。ドナって言う十五歳の女の子。見習い侍女って言っていたけど合っているかな?」
「……はい。ドナは最近雇ったばかりの子ですね。当初の予定では留守のはずだったのですが、コンスタンス様のご指名で……」
急遽、旅行へ同行することになったのだ。
相手先に失礼にならない衣装の支度などで、ぎりぎりまで調整に駆り出された記憶がコールたちにはある。
「うわ。ならその段階から使い捨て予定だったのかな」
「はい?」
すっとんきょうな声を上げたハーンに、ヘレナは手の汗を握る。
次にどんな爆弾が落ちるのか、戦々恐々だ。
「ええとですねえ……」
ハーンは、ヒルの来訪とその時の魔導士庁の対応などをかいつまんで説明した。
「ほら、やっぱりじゃん。あの女につれなくしたら殺されるんだよ」
ぱん、と両膝を叩いて、ミカは得意気にクラークに言う。
ちょうど一昨日の昼食後に焼き林檎を突っつきながら話した案件を持ち出され、クラークは反論した。
「いや、殺されたのは捨て駒だろう……」
無駄なあがきだ。
捨て駒はおそらく、もともとはコンスタンスに篭絡されていたのだから。
「いえ、それがですね。昨日の夜にまたヒル団長が戻ってきたのですが、殺されるところだったようですよ?」
「はあ?」
三人は思わずテーブルに手をついて立ち上がりかける。
いきなりの空気の変わりように、丸くなって眠っていた獣二匹も驚いて顔を上げた。
「ああ、落ち着いてください。ヒル団長は無傷で戻ってきました」
両手を広げ、全員に落ち着くようハーンは宥める。
「先にそれを言ってくれ……」
安堵のため息をついてクラークは椅子に背を預けた。
「ヒル団長、律儀だからドナと死体のことをごまかすために戻ったんですよね。それでそのままゴドリー伯の妻を手籠めにした罪で捕縛監禁されて、翌日解雇と追放とか主に宣言されたみたいですが、これ幸いと騎士団の連中が人気のない所に連れて行って、輪になって歌って踊って暴行して崖下に捨てようしようとしたらしいです」
「なにがどうして……そんな……」
ヘレナは額に手を当てて首を振る。
「相変わらず、要領悪いね、団長さんは」
ミカが呆れた顔をしたが、クラークはハーンの説明の中に引っかかりを感じた。
「輪になって歌う?」
「ああ、マカフィーの歌を歌っていたらしいです」
「アウトだな」
「ですねえ」
ハーンとシエルはその戦争に参加していないが、治癒師として同行した魔導士たちから話を聞いている。
もちろんマカフィーの水晶像はとっくに見学済みだ。
「それでですね。色々順番があるので、ヒル様にはこちらの話をしていません。ヘレナ様が五日間も眠られたと聞いたら、何もかもすっ飛ばして飛んでくるでしょうから」
「順番?」
「ええと、ナイジェル・モルダー男爵という近衛騎士の方をご存じですよね?」
「ああ。先の戦争で一緒に戦った。ベージルとは親しい方だな」
「せっかく解雇してくれたので近衛が貰うって、連絡がありまして」
「君はモルダー様と親しかったのか」
「はい。まあ。ヒル様とモルダー様の剣は魔導士庁特製ですから。それにモルダー様は半分魔導士庁所属のようなものですからね」
彼が使役している鴉はもちろん魔改造鳥だ。
成功例の一つと言える。
「なるほど。『イズー』か」
「はい」
世の中は案外狭いものだなと、クラークはしみじみと思った。