おうち拝見 with 超絶美形秘書
放置されていたとはいえ、令嬢の療養のために侯爵が建てた別邸だ。
昼間に見る屋敷の中は、先日の印象よりずっと立派な作りだった。
玄関を入ってすぐのホールが吹き抜けになっており、二階の窓から差し込む光がヘレナたちを照らし、階段の手すりに使われている高級木材が磨きこまれて飴色に輝く。
縦に空間が開いている分開放感があり、ただよう空気も清々しい。
軽い応接にも使つたのだろう、テーブルと椅子が配置され、暖炉もあった。
陶器などの貴重な装飾品は全て下げられたようだが、壁紙も建具もひとめで贅を凝らしていると解る。
「さすがは侯爵家の別邸ですね」
ブライトン子爵家のタウンハウスとは格が違う。
正直な感想を思わず口にした。
「亡き御方のために作られたと言われますが、ずっと前の代からここに建物があってそれを改築してこの形になったそうです」
「なるほど。それで半地下があるのですね」
この建物は正面から見れば二階建てだが、裏に回ると半地下が現れ三階建てとなる。
先ほどヒルが言った『使用人のための扉』がその半地下だった。
たいていそこが使用人の住居や貯蔵庫、そして厨房と洗濯室など労働の場で、百年ほど前まで普及していた様式だ。
「ああ。裏口をご覧になったのですね。最後の改築で台所などを一階に作り直していて、地下は貯蔵庫程度にしか使われていなかったようです」
「でもそれなら、水回りはまだ地下にも残っているということでしょうか」
「ええ」
「そうなのですね……」
使える。
ヘレナはこれからの計画を着々と建てていく。
「順番に案内します。ついでに不備があればご指摘ください」
「わかりました」
ホランドは丁寧に案内し、部屋の説明をした。
一階には応接室、食堂、客間、厨房、洗濯室、洗面室、二階にはサンルームと洗面室付き寝室が二部屋、そして書斎と小さな図書室があった。
「屋根裏もあります。おそらく使用人が使っていたのだと思われますが、退去時に家具類を捨てたようで今は何もありません」
「そういえば、雨漏りはどうだったのでしょう。屋根に問題があるならそこが一番ひどい状態だったのでは」
「実は、屋根に問題はありませんでした。先日雨漏りだとリチャード様がおっしゃったのは吹き抜けのガラス窓が壊れていたからだったようで、それはもう修理しました」
「……そうなのですね」
となると、その窓が元々壊れていたのか、あの日に壊されていたのか。
しかし、ホランドはその件について言及しようとしない。
敢えて、言わないように思えた。
「執事に聞きましたが、本当に使用人はいりませんか。せめて通いで数時間でも入れた方が良いと思いますし、十分できますよ」
「独りで大丈夫です。厨房の道具も食器も立派なものが揃っていますし、オーブンも完備なので。そういえば、もう食材も運び入れてくださったのですね」
侍従のヴァンと話し合った折に、初日に欲しいものを箇条書きにして渡しておいた。
どうやら保存のきくものは多めに用意してくれたようだ。
「あとは、週に一度。……そうですね、月曜日の午前中に食材を運んでくだされば生活できます。それと、ヒル卿にもさきほどお願いしましたが、雌鶏数羽と山羊の飼育の許可を頂きたいのです」
「鶏と、山羊?」
「雑草を食べてくれますし、自分で卵の管理ができます。あと猫の一匹でも頂けるとさらに助かりますが」
飼育経験があることを明かすと、面白そうな顔をした。
それはそうだろう。
タウンハウスで山羊を飼育する令嬢はヘレナ以外にいない。
「これは驚きました。しかしいったいどうやって飼うのですか」
「ヒル卿には小屋を建ててくれれば助かるとは言いましたが、地下の状態を見ると裏口に一番近い空き部屋が使えそうだなと思います」
できれば飼育場は外に欲しいところだが地下も広さと間取りは十分にあり、衛生状態は保てそうだ。
冬を考えるとそちらで構わない気がした。
何よりも、これ以上伯爵家の使用人たちの手を煩わせずに済む。
「……わかりました。検討します。では、こちらをどうぞ。」
頷きながら、ホランドは大小二本の鍵をヘレナに手渡した。
「玄関と裏口です。これらと同じ鍵を一組、執事が保管しています」
「わかりました」
「念のため、しばらくは毎日…。そうですね、十一時頃にクラークかヒルを寄こします。なにか要望があれば言いつけてください」
「そうですか」
意外だった。
あの三日間のようにこれからずっと放置されるだろうと思っていたので。
「ヘレナ様のご指摘通り、私共にとっても予想外で初めての試みです。見切り発車してしまったために色々後手に回っている部分を補填したいと思います」
にこりと、ホランドは笑みを作った。
金色に輝く絹のような髪。
白磁のような頬。
長いまつげにすっと通った鼻筋、そして切れ長の目もと。
「ただし」
端正で、絵に描かれた大天使のような清楚な顔をそっとヘレナの耳元に近づけ。
「あくまでも貴女はコンスタンス様のために買われ、生かされることをお忘れなく」
うっすらと紅に染まった唇から、彼は氷のように冷たい声で囁いた。




