依存
「話を戻すが、ノーザンたちの馬はことごとく逃げ出しておそらく彼らの元へは戻ってこない。しかしほとんどの騎士たちは身動きが取れないだろう。実戦経験がないやつほど痛みに弱いからな」
治癒能力のある騎士は一人しかいないと言っていた。
しかし、魔導士ほどの能力のないその男は重傷者一人の命をつなぐだけで魔力は空になったはずだ。
そうなると、負傷したままの身体で歩くしかない。
ヒルを辱めて殺す行為を秘密裏に行うために遠くまで出てしまったことが仇になり、助けを呼ぶことは不可能。
さらには帝都暮らしの長い者ばかりで野宿の経験もほとんどなく、体力の温存や体温を下げないよう工夫せねばならないこともわからない。
そのうえ、飛び道具は全部使えず、あるのは剣のみ。
血の匂いに誘われて肉食獣が現れた時。
あの世間知らずたちは身を守ることができるだろうか。
「だからホランドに迎えの騎士たちを出すように指示したよ。それがヒルの考えだったからな」
「そう……か。そうだな。あの様子だと戻るのは難しい」
窓の外はすっかり夜のとばりが下りている。
リチャードはぼんやりと闇を見つめた。
「なあ、リチャード。悪夢にうなされるのはどのくらいの頻度だ?」
唐突にモルダーが話を変える。
しかし、その質問はもっともだと思う。
この体調不良は隠し通せるものではなく、また、一連の事件への対処の拙さは彼にしてみればあり得ないだろう。
「わからない。頻繁だと思う」
「眠れないのか? でも、今日は朝から今までずっと眠っていたということだよな?」
不始末を責めることもなく、首をひねりながらモルダーは状況を細かに尋ねた。
「眠りが浅いことが続いたり、深すぎて起きれないことがあったり……まちまちだ」
ただ、己を制御できない。
ずいぶんと長い間。
「『彼女』がそばにいれば、辛うじて眠れる? そういうことか?」
「……ああ。そうだ。あれ以来、ずっと眠れなかった」
眠ると、死体の山の夢を見る。
そして、亡くなった者たちが血を流しながら、腐りながら、リチャードを責める。
どうして、お前は。
どうして、こんなことに。
夜が来るのが怖くなった。
眠りたいけれど眠れない。
眠たくてたまらないのに、眠るのが怖い。
ケルニア戦争の後、満足に眠れないまま一年過ぎ、提督として赴任した植民地であっさり風土病にやられて生死をさまよう羽目になった。
高熱を発している間はもちろん最悪で、悪夢の繰り返し。
いつ発狂してもおかしくないと感じ、その恐怖におびえた。
そんななか、手を差し伸べて抱きしめてくれたのがコンスタンスだった。
コンスタンスがいたから。
ぎりぎりのところで踏みとどまり、生きられた。
コンスタンスがいるから。
今も、生きている。
「俺は……今。コニーなしでは……とても無理だ。たとえ」
コンスタンスがどれほどリチャードを裏切っていたとしても。
「……自分がこれほど生きることに執着するとは思わなかった。正直、今もなんでなんだろうなと思う」
切り捨てることは決してできない。
彼女は、自分にとって。
「……そうか」
モルダーはふうと息をついた。
二人の会話を聞いているホランドはじっと眉根を寄せて、何か言いたげだ。
「……共依存か」
ぼそりと落としたモルダーの呟きは、暖炉の薪の弾ける音でかき消された。
「……は? 何か言ったか」
リチャードは聞き返すが長い金髪をふるりと振って、モルダーは苦笑する。
「俺もフィリスが清らかで正しい女だから惚れたたわけじゃない。むしろ逆だしな。愛し続けるのも理屈じゃないから、あれを見たくらいで揺らいだりはしないかもなとは思っていた」
「……モルダー」
「『彼女』についてはお前の問題だ。口出しは一切しない。だがな。ノーザンをはじめ、私刑に加わった連中は今すぐ切れ。マカフィーの信奉者もしくは残党をお前が抱え込んでいたなんて醜聞は、国の根幹を揺るがすことになるからな。故意に雇ったわけではないことはホランドからも聞いたし、立証できるだろう。だけど、一緒に仲良く帝都へ帰るのはなしだ。ここで追放しろ」
智将と呼ばれた男は、きっぱりと言い切った。