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危険な遊び



「さあ、始めようぜ!」


 ノーザンが手を上げると、下級騎士たちは構えを解いて、剣を地面に垂直に突き刺した。


「ヤア! ヤア! ヤア! ヤア!」

「ホウ! ホウ! ホウ! ホウ!」


 全員手拍子をしながら力強く足拍子をとり、口笛を鳴らす者もいる。


 騎乗の騎士たちもクロスボウを構えてはいるが、同じように囃し立てた。


 槍を構えていた二人も柄の底で地面を叩く。



「これほど馬鹿だとは思わなかった……」


 ぼそりとヒルは呟くが、興奮している騎士たちに聞こえるはずもない。



 一対二十数名。


 しかし多数で囲んでいることに油断しきっていて、丸腰同然だ。



 どうするか。



 機会を狙っていることなど気づきもしない彼らは、ノーザンが拳を天に向けて突き上げると歌い始めた。




「俺たちの~♪」


「俺たちの~、女がきた~♪」


「かわいい、かわいい、おんなあ~♪」


「ヤア! ヤア! ヤア! ヤア!」

「ホウ! ホウ! ホウ! ホウ!」


「その綺麗な髪をぺろり」


「ヘイ!」


「そのちいさなつまさきをぺろり」


「ヘイ!」


「足首をつかんで」


「ヘイ!」


「ふとももさすって」


「ヘイ!」


「俺は尻をもらう」


「ヘイ!」


「おれは乳がいい」


「ヘイ!」


「そのかわいいくちびる、もっとみせろ」


「ヤア! ヤア! ヤア! ヤア!」

「ホウ! ホウ! ホウ! ホウ!」


「なかよく、なかよく、みんなでたのしもう♪」


「時間はいっぱいあるさ♪」


「キャンディみたいに舐めて、たのしもう♪」


「ヤア! ヤア! ヤア! ヤア!」

「ホウ! ホウ! ホウ! ホウ!」


「俺たちの女は、すばらしい!」


「イッエーーイ!」



 歌声や拍子から身振り手振りまで全て息が合っていて、これがあれほど卑猥な歌詞でなければ、騎士団歌と勘違いしてしまいそうなほど馴染んでいる。




「久々に聞いたな……。この、とてつもなく悪趣味な歌を」



 ヒルは、この歌を知っている。


 嫌というほど。


 どんな時に、誰が、歌わせていたのかも。



「ヤア! ヤア! ヤア! ヤア!」

「ホウ! ホウ! ホウ! ホウ!」


「俺たちの~♪」

「俺たちの~、女がきた~♪」


 はしりの部分を繰り返し歌って囃し立てる。




「さあ、ショータイムだ!!」


 ノーザンの咆哮に、下級騎士の一人がにやにやと下卑た顔で近づいてきた。



「ベージル・ヒル。俺たちに無理やり脱がされるのと、自分で脱ぐのはどっちがいいか? 昨日までのよしみで選ばせてやるよ。さんざんこき使われたってのに、俺って心が広いだろう?」



 この男は、別邸の柵を作る時にやる気のない仕事ぶりだったことを思いだす。



 木工は騎士の仕事でないと不満を言った。


 戦場では橋を架けることも敵襲を防ぐために防護柵を作ることもある。


 知っておいて損はないと言い聞かせたが、納得していないのは分かっていた。




「俺の、不徳の致すところだな……」



 コートのボタンをゆっくり一つずつ外し始めると、冷やかしの口笛と歓声が上がる。


 脱いで投げ渡すと、甲高い声を上げながらそれを掲げてヒルの周りを一周して放り投げた。




「今度は、剣だ! 剣を取り上げろ! 今度こそ、それは俺のものだ!」



 黙ってヒルはノーザンに従う。


 剣を帯から外して男に渡すと、彼はすぐさまそれを持って新団長の元へ駆け寄り、芝居がかった仕草で首を深く垂れ跪いて捧げた。



「オオ――――ツ!」


 更に強い歓声が上がる。



 上から掴み取ったノーザンは地面に投げ落とすと、柄頭に向かって己の剣を突き立てた。



「オオ――――ツ!」


「イッエーーッ!」



 何度も何度も柄頭の紋章に向かって剣先を突くノーザンと、熱狂している男たちの様は、異様だ。


 それが、この歌の効果なのかもしれない。



 ヒルは冷めた目でゆっくり周囲を眺める。




「これで、もう、誰のものだったかなんてわかりゃしないさ。あとは帝都に戻ったら柄と鞘を作り替えればいいんだ」



 はあはあと興奮しながら勝ち誇るノーザンはただの盗人でしかない。



「次は、シャツだ。シャツを脱がせろ~ッ!」


 ヒルの剣を鞘から抜いて天に向かって掲げた。



「ほら、団長の命令だ。脱げよ、ベジーちゃんよう~」



 ため息を一つついて、ヒルは手早くシャツを脱ぎ、また手渡す。



 すっかり露わになったヒルの見事な身体が夕陽に赤く照らされると、ますます興奮した騎士たちは口笛を鳴らし、罵声を浴びせ、囃し立てた。



「次は靴を脱いでもらおうか。その中に入れているんだろう? ホランド坊ちゃんの『お餞別』!」


「……なるほど。見張りはお前だったのか」



 ふっと、ヒルは笑いを漏らす。


 金を握らされても、聞き耳を立てているだろうと思った。



「なあ。どうせこれからお前は俺たちに犯されて、用済みになったら崖下で魔獣の餌になるんだよ。金なんか要らねえよなあ」



 すでに林の中で一度身体検査をされ、上着とズボンのポケットに入っていた銀貨と時計は取り上げられている。


 ないなら足の裏にでも隠しているのだろうと思ったのだろう。



「……そうきたか」


 膝をつき、編み上げブーツの左を脱いで放る。



「あ。こっそりくれよ。そしたら俺は優しく可愛がってやるよ」



 右足の紐を解いている最中、男はねっとりした声で囁きながら、背後からゆっくりとヒルの尻を撫で回す。



「…………はあ。まったく何してくれるんだか」


「はあ?」



 ヒルはブーツから足を抜くなり金貨を一枚取り出し、指ではじいた。



 ピン……と音を立てた後、天へ向かって回転しながら金貨は舞い上がる。



「あああっ!!」


 男がきらきらと光を放つそれに向かって手を伸ばす。




 ―――今だ。



 ヒルは拳を突き上げた。



 するとそれは金貨を追う男の顎に当たり、彼の身体は弧を描きながら飛んでいく。



 一瞬、何が起きたかわからない男たちは口をあんぐりと開けたまま、一人の下級騎士が頭から地面に音を立てて落ちるのをただただ見ていた。



 ドサ……。



 男はぴくりとも動かず、枯草の屑が風にさらわれていく。




「…………っ! ヒルッ! てめええええっ―――!」



 いち早く素に戻ったノーザンの怒号に、騎士たちは慌てて武器を構え直そうとする。



「遅い」



 ひゅんと剣を留めていた皮帯を外し、端を握って鞭のように大きく振ると、槍を握っていた男の顔にバックルを命中させた。



「グハッ……ッ!」


 鼻が折れたのか両手でおさえてうずくまったところで槍を取り上げ、そばにいた男の胸に素足のまま右で蹴りを入れる。



「グガッ!」


 一人は一撃であばらをやられ横倒しになった。


 ヒルは右足を地面におろすと今度は剣を構えようとした男の顔面に左足を突く。



「ガ!」


 そして、槍を回して一気に及び腰の男たち二人の首を次々と強打した。



「う、打て!!早く!!」


 ノーザンの悲鳴に呼応した馬上の騎士たちが慌ててクロスボウを構えて放つ。



「……はっ」


 ヒルは全身を低くかがめ、素早く槍をくるりと振り回した。


 彼の下半身めがけて飛んだ矢は全て弾き飛ばされて落ち、高い位置を狙ったものはそのまま素通りして飛んでいく。



「ウワアアアッ!」


「ぎゃああ!!」


「ヒィイイイ―――ン!」



 騎士たちの悲鳴が上がり、馬のいななきが草原を飛び交う。



 焦った上位騎士たちのほとんどが的を外し、円陣を組んでいたせいで同士討ちになった。


 体に刺さり驚いた馬が後ろ足で立ったため転げ落ちる者や、騎士自身の身体に刺さり痛みに叫ぶ者。



 そして被害はなくとも状況に驚いた馬たちは動揺して暴れ始めた。


「うわ、落ち着け、おい! やめろ!」



 強引に手綱を引いてますます興奮させてしまい、振り落とされ、さらには己の馬にそのまま踏まれる者もいる。


「あ゛あ゛あ゛-----っ!」




 あっという間に地獄絵になった。



「こんちくしょう、動けるやつはかかれ!!こいつ一人に何してんだよお前ら!!」



「ヒル----ッ!死ね―――!」



 無事だった副団長がまず剣を振りかぶって襲い掛かった。



 キン……。



 ヒルは槍の刃で剣を軽く受け、そのまま腕を振り上げる。



「あ……!」



 あっさりと副団長の剣は手から離れて飛んでいった。


 驚きに目を見開いた瞬間、もうヒルは目の前に迫っていた。



「遅いんだよ」



 左の拳が副団長の顔に思いっきり入り、彼は衝撃に白目をむき血を飛ばしながらそのまま後ろへ飛んでいく。



 それを見送ることなくヒルは更に動けそうな騎士を次々と倒していき、場合によっては骨を折るくらいの傷を負わせていった。



「な……」



 団長の剣を握りしめたまま、ノーザンは立ち尽くす。



 あっという間のことだった。



 気が付くと矢傷から逃れられた馬は逃走し一頭もいなくなり、あるのは地に沈んだ部下たちと負傷して苦しむ馬だけだ。




「一応、全員生きているはずだ。今のところは」



 低く、静かな声が耳に届く。



「は……」



 ちくりと、喉元に痛みが走った。



 ベージル・ヒルが右手で軽く槍を持ち、ノーザンののどに刃先を向けている。



 彼は、たいして息も乱れておらず、空いている左手はだらりとおろしたままだ。

 




 このわずかな時間の戦いは、ヒルにとって児戯にも等しい。


 いや、それ以下か。




 ノーザンは、己が今、絶体絶命であることをようやく悟った。




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