咎人の護送
林の中を、もくもくとゴドリーの騎士たちは移動した。
総勢二十名あまり。
物々しい数だが護送するのは団長であったベージル・ヒル。
逃げられてはならないとノーザンが主張し、装備も厳重になった。
しかし昨夜の事件を周囲の貴族たちに知られればコンスタンスの名誉にかかわるため、静かにかつ素早く領内を抜けるよう命じられている。
狩猟会を行う為だけに手に入れたというこの広大な私有地は、各所に魔道具を設置し魔導士が施術したため、魔物は一匹たりとも入れない。
狩るのはあくまでもキツネやウサギ、野鳥などの貴族のたしなみに値する動物のみだ。
こんな安全な狩猟地は国中にそれほど多くない。
いかにアビゲイル伯爵家が富を有しているかを示していた。
アビゲイルの一門は数代前に領内の山から強固な刃物をつくるのに適した鉱物を発見し、産出しだした時に国も転換期を迎えた。
他国間とのささいな争いからの戦争、そして植民地支配。
先代の王は好戦的で、周辺国も次第に未開の地を所有することに熱中した。
そうなると当然、騎士や戦士、傭兵といった人材と、防具や魔道具、武器が大量に必要となる。
さらにそれに呼応するかのようにアビゲイルに連なる者たちが武器に関わる工房と商人を抱え、ますます裕福になっていった。
その一方で戦争による犠牲者は増え、食料の生産が追い付かず、不自由なことが増えると平和を熱望する声が上がり始め、近隣国との諍いについてはここ数年でほぼ収まった。
どの国も争いに疲れ、それぞれの王の危険な遊びのしりぬぐいと後片付けに追われている。
ただし。
為政者の負の遺産に苦しめられるのはいつでも。平民や低位貴族の子弟たちばかり。
国の中心に位置する安全な帝都で暮らす上位貴族及び富豪たちにとって、辺境で何が起ころうとも日々は至って変わらず、関わりのないことだ。
いつものように夜会で戯れ、安全な場所で避暑を楽しみ、狩猟会も行う。
そして―――。
それは、帝都の私邸に仕える騎士たちも同じ。
ベージル・ヒルは先頭を黙々と歩かされていた。
数メートル先には誘導の騎士が馬でゆっくりと進み、数人の下級騎士が囲むように歩く。
ホランドの指示のせいで縄をかけることがかなわなかったが、二人がアビゲイルから槍を借りて持参していた。
隙を見て逃げようものなら使うと脅してきたのを、ヒルは内心呆れていた。
本邸の騎士団には確かに同じ型の槍があったが、彼らがそれで稽古しているのを見たことがない。
使いこなせないことは明白だ。
林を抜け、開けた場所に出た。
枯草の原をぐるりと見渡すと、少し先に魔獣除けの石碑が見える。
アビゲイルの私有地の境界線近くに来たらしい。
あの先からは何があってもおかしくない。
さらにそのまま進むと起伏の変化に富む場所が現れ、崖もある。
真っ赤に染まった夕暮れの空を数羽のカラスが旋回していた。
「……さて。そろそろいいか」
ノーザンの呟きが風に乗って届く。
「止まれ」
彼の号令を聞くなり、上位騎士たちが馬を走らせた。
ざっ……っ。
ガチャン……ッ!
キ……ン。
風が一瞬、止まる。
「なるほど。やはり簡単には解放しないつもりなのだな」
ヒルは表情を変えずに呟いた。
上位騎士たち十数名はヒルを中心に円形に取り囲み、馬上からクロスボウを構えている。
徒歩の下級騎士は己の剣を抜いていつでも切りかかれるよう腰を低く落とす。
「こんな果てではもう、ホランドの坊ちゃんも助けてくれねえぞ。どうする? ヒル」
馬の上から降り、にやにやとノーザンとギゼルが笑った。
「身一つで追い出すってことは、死んでも構わねえって宣言したようなものだろう。だからリチャード様は顔を出さなかった」
得意気に語り始めたノーザンに、騎士たちは同意の声を上げる。
「主の真意を慮るのが、俺たちの仕事だ。本当ははらわたが煮えくり返ってその場で殺したいのをなんとかこらえておられたリチャード様のために、代わって手を下すしかないだろう。たとえそれが元上司でもな」
「そうか。それがお前たちの総意か」
「そうさ。リチャード様の乳兄弟というだけで身分不相応な地位でふんぞり返っていたお前に、とうとう神が罰を下したんだ。有り難く受けるんだな」
「それで? どうするつもりなんだ?」
全員から殺意を向けられてもなお平然と対峙するヒルに苛立ちを覚えつつも、ノーザンは答えた。
「送別会をしてやる。その綺麗な顔でせいぜい泣きわめきながら喜ぶといいさ」
カラスの鳴き交わす声と、枯草のさざめきが通り過ぎてはまたやってくる。
空の朱はますます血の色に近づいていった。




