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待ち人来たらず



「おーい、カルロース! どこだ~? 出て来いよ~!」


 ほろ酔い加減の男が口に両手を当て、月に向かって叫ぶ。

 彼の声に驚いたのか、近くの木から鳥が慌てて飛び立った。


「おいおい……。いくらなんでもさすがに月にはいねえだろう」


 宴会場から拝借した上等なワインを回し飲みしながら、給仕の制服を着崩した四人の男はアビゲイル伯爵家の敷地内に広がる林の中をぶらぶらと連れ立って歩く。



「おっかしいなあ。あの小屋で待っていれば女を連れてくるって言っていたのに……」


 宴会は明け方まで続く。


 しかし、この狩猟会のために短期契約で雇われた使用人は百人ほど。

 数人抜けたところでばれやしない。


 アビゲイル夫妻が招待客を迎え始めてもうすぐ十日になるが、彼らは規則正しく禁欲的に奉仕することに飽きてきた。

 しかし、狩猟目的に買い上げられたこの敷地はやみくもに広く、最寄りの小さな宿場町へ行こうにも徒歩で半日かかるため、下級使用人ごときが遊びに行けるはずもなく。


 事実上の軟禁である。


 そんなさなか、給仕仲間のカルロスが『好きにしていい女が手に入る』と誘ってきた。

 数年前まで帝都の歓楽街で働いていたという男だ。

 その伝手なのだろうと思い、彼らは酒を片手にやってきたわけだが、肝心のカルロスと女が見当たらない。



 そもそも、カルロスは不思議な男だった。


 招待客が到着し始めたころに急に秘密のもうけ話を持ち掛けてきた。


『とある人から情報が欲しいと頼まれている。この狩猟会で見聞きしたことを報告したら、ちょっとした小遣いが貰える。些細なことでも内容によっては高値が付くとのことだ』


 半信半疑だったが、彼らを含め、カルロスと仲良くなった従僕やメイドたちは招待客やアビゲイル夫妻のことについて打ち明けるようになった。


 紙片に書いて渡す者や字が読めないものはカルロスに耳打ちする者など様々で、それらは銅貨数枚、内容によっては銀貨が後で支払われ、やがて白熱していく。


 依頼人が誰なのかは、わからない。


 詮索すればよからぬ結末を迎えることは、支配される側の者なら誰でも理解している。


 なんにせよ、このささやかな臨時収入に味を占めた人々は、てきぱきと働いた。

 もし働きぶりを誰か貴族に気に入られれば、更に情報が手に入る。

 狩猟会でくつろぐ有力貴族たちは宝の山だった。


 今夜も、酔いに任せて気が大きくなった貴族たちの会話を、心を込めてもてなすふりをしながら聞き耳を立て記憶に記していたというのに。



「さっき、すんごい耳寄りな情報を手に入れたのによ~。カルロスがいねえと金にならねえじゃん」


「そういや、あの赤毛のバカでかい護衛騎士と金髪のキラキラ男爵。一度も引っかからなかったな。惜しいな~、アレに仕込めたら金貨一枚だったんだろ?」


「俺、キラキラの方は昼間にコーヒーで試したんだけど、絶対飲まねえし。アイツ、近衛ってホント?いっつもへらへらしてるくせに隙がねえよ」



「らしいな。カルロスが今夜こそ飲ませろって言っていたけど、無理だろ……。あんだけの顔だぜ。一服盛られて休憩室に連れ込まれることなんてとっくに経験済みなんじゃないか」


 ワインと同じく、どこからか失敬したらしい上等な葉巻を加えている男が冷静に答える。


「だよなあ。俺たちのせいじゃねえ」


 頷きあう男たちを吐き出した煙を通して眺めながら、ぽつりと尋ねた。



「……なあ。お前らがカルロスを最後に見たのっていつだ?」


「そうだなあ……俺は、飲み物に仕込んでいる時にちょっと話したけど……」


「あ、俺はあの赤毛が女王様のご指名を受けてエスコートしている時だな。ちょっと野暮用ができたから、侍従長をごまかしてくれって言われた」


 狩猟会の女王が手元を狂わせワインをドレスにこぼして退出した後、杯を重ねて酔った人々で宴はますます賑わった。


 今は盛り上がりも少し下火になってきたのと、カルロスとの約束の時間だったため四人はここにいるのだが。



「……ということは。あれって三時間くらい前か?いや、もっとか」



「そうだな。そっからたぶんカルロスは戻ってこなかったと思うけど?」


「まさかと……思うが。まずいかもな……」


「はあ?なんだよ、それ」



「多分、カルロスはもう戻ってこない」



 葉巻の男の言葉に、三人の酔いが一気にさめる。


「おい……。それって……」


 ごくりと唾を飲みこむ男の肩を、葉巻の男はぽんと叩く。



「そのあとに何か、ミスったんだろう。生きているか、殺されたかはわからん。なんにせよもうヤツは俺たちにイイ思いをさせてはくれない」



「え……。俺たちも、もしかしてまずいんじゃねえの?」


 ワインを抱えた男は心なしか震えている。

 ここにいる四人はおこぼれに預かるくらいには親しい。



「わからない。とりあえず、早い貴族は明日から帰り始める。俺たちは帰ってこないカルロスを心配しているふりをしながら、まじめに仕事をするしかない。あいつの『お客さま』が誰なのかわからない以上、手足になったけどなんのこっちゃわからねえってアピールしないと……」


 葉巻を地面に落とし、靴底で力いっぱい踏んだ。


「この世とおさらばになる」


 ギャーウ、と、鷺の不気味な叫び声があたりにこだました。




 男たちが解散し足早に去った後、木の影から赤い頭がぬっと出る。


「そういうことだったのか……」


 ハーンは彼らがここにいることを知っていてわざと転移の場所に選んだのか。


 それとも、偶然、いや幸運の一つなのか。


 どちらかわからないが、あの男が遺体になってしまった原因がおおよそ解った。


 コンスタンスは弱みを含めたさまざまのことをかき集めていたのだ。


 しかしカルロスが生け捕りにされて尋問を受ければ、アビゲイル夫妻を欺き諜報活動を行っていたことがばれてしまい、せっかく貴族の仲間入りをしたばかりだというのに立場をなくす。


 ことによっては、リチャードの寵愛も。


 瞬殺するのに何を用いたのかは魔導士庁にゆだねるとして、口封じという推測は当たっていた。

 



「さて……どうしたものかな」


 顎に手を当ててヒルはしばし考えたが、考えることが得意でない自分にうまい方策など見つかるはずもない。


 事情が分かったからと言って状況は何も変わらないのだ。



「仕方ない。正攻法しかないだろう」


 すたすたとヒルは大股で歩き出した。

 先ほど腹ごしらえをしたせいか、体中の力はみなぎっている。



 木々の向こうに別館の黄土色のどっしりとした石壁とゴドリー夫妻の部屋の窓の灯りがこうこうと光っているのが見えた。


 さすがにリチャードも戻ってきているだろう。


 騎士や侍従たちも。




「あ! いました! ヒル団長が北の林の中に!」


 部下だったものの声が耳に届く。


 聞きつけた者共が駆け付ける音が迫ってくる。




 さあ、捕まりに行くとするか。



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