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見た目は剣豪!中身はコドモ!な、ベージル・ヒル騎士団長


「うわ、相変わらずちっさいなあ」


「…数日程度で大きくなれるなら、魔物として貴方様に処されるのでは?」


「そりゃそうだ」



 豪快に笑い飛ばす赤毛の騎士をヘレナは見上げる。

 彼の名はベージル・ヒルと言うらしい。

 男爵家の四男でリチャードの乳兄弟というのもヘレナの読みが当たった。


 それにしてもこの男は相変わらず身体も声も途方もなく大きい。

 赤い熊だ。

 そんな身体に乗っている顔は貴族らしく上品なのが残念至極。


 同行するはずだった執事は主人の呼び出しを受けて、直前で戻ってしまった。


 結局独り馬車にのせられて着いた別邸はずいぶんと様変わりしていて、雑草と建物に張り付いていた蔦が全て取り除かれ寂れた雰囲気が一掃され、ヘレナが依頼した境界線も早々に決定したのか杭の打ち込みと横木の取り付けの最中だった。

 地面に降り立つと、そこかしこから木を打つ音と話声が聞こえてにぎやかだ。

 服装から推測するに、駆り出されたのは庭師、下男、騎士といったところか。


「ずいぶん仕事が早いですね。昨日の今日でここまでしていただけるとは思いませんでした」


「今日は天気がいいからな。それにやるならさっさとやった方がちびも落ち着くだろう」


 どうやら、この男に『ちび』とあだ名されたらしい。


「ヒル騎士長、裏は終わりました。あとはこの表側だけです。確認願います」


「おう、わかった」


 軽く返事を返すなり、ひょいと腕を伸ばしいきなりヘレナを掴んで片腕に抱え上げた。


「え…」


 地面が、遠い。


「掴まれ。ついでに案内する」


 両足を揃えたまま赤毛の騎士の腕に腰を下ろし、縦抱きにされる。

 恐る恐る広い肩に手を添えた。


「こうですか」

「ああ。それでいい」


 幼いころ、父に同じように抱かれて祭を回ったことがある。

 あまりに小さいから道行く人とぶつかったら危ないと。

 今、まさにその状況だ。


「あの…」


「こんなに小さかったら歩くのに時間かかるだろう。意外と広いからこうしたほうが早い」


「はあ」


「ほんっと、見た目通り軽いな。十歳の姪の方がずっと重いぞ」


 やはり彼の中でヘレナは子供認定なのだ。


「そうですか…」


 そもそも、この男の姪ならば赤ん坊の時から規格外なのではと思う。


「すまんが腕を肩と首に回してもっとしっかり掴まってくれ。あまりにも軽くて抱えている感覚がない」


「ああ、すみません。こうですか」


 まるで親戚の叔父さんのような物言いに、ヘレナは観念して遠慮なく身体を預けることにした。


「うん。これなら俺も怖くない」


 誰の目から見ても、自分がリチャードの側近を誘惑しているとは到底思えないだろうから。


「ヴァンに聞いた。飯を抜かれていたらしいな」


 ざっざっざっと、ヒルは大股に進む。

 風がヘレナの頬をかすめていく。


「ああ、まあ、そうですね」


「腹が減っただろう」


「今朝、執事殿に豪華な朝食を振舞ってもらいました。だから十分です」


 こんな高い位置からものを見たことがないので、少し怖かった。

 しかも、速い。

 いや、人間語を話す馬だと思えばいいかと思い直す。


「うん、大丈夫そうだな」


 見回る限り、柵は綺麗に設置されていた。

 時々、空いている方の手でヒルが出来を確かめているが、緩んでいるような場所はないようだ。


「こうやって立ち会えばちゃんと仕事するんだがなあ…。ここのやつらの見分けがまだつかない。すまなかった」


 やはり、この人も偽装結婚の案件はちょっと乗っかった側か。


「初日の俺たちの態度のせいだな。たかだか名義貸しに二千ギリアもふっかけたって聞いていたし、契約に来た奴らがいかにもな感じだったから、娘もろくでなしでカネカネいう女狐が来るんだろうって思っていたんだよ。そしたらなんかチビでなんかちんまいし、口を開いたら契約とか確認とかなんかツケツケうるさいし」


 根は悪くないと思う。

 五人の中で一番正直なのだろう。

 彼もおそらく二十代半ばの良い大人で騎士として恵まれた体格をしているのに、喋ると全て台無しだ。

 そもそも偽装結婚を『たかだか名義貸し』と言ってしまえる呑気さに、この男の正気を疑う。


「そんな感じだろうと思っていたので、まあ、べつに」


「まあ、別に?」


 ヒルがひょいと形の良い眉を上げる。

 今更だが、抱き上げられると顔が近い。

 いいのかこれは。


「二千ギリアを父が受け取ったのは間違いありませんから。あとはいかに二年間を平和に勤め上げるかが、私の中で一番重要です」


 じっと赤茶の瑪瑙のような瞳に見つめられた。

 ヒルも、とても綺麗な顔をしている。

 しかし美形とやらはもう見飽きているので、恋愛小説のようにときめくことはない。

 騎士のたぐいは初めてだが、ヘレナの心臓は平常通りだ。

 『少年の心』とやらを持つ大人ほど始末に負えないものはない。


「そうか。とにかく、境界線はウィリアムとライアンが決めて、割と広めにとっている。これなら石もそうそう投げられないだろう」


 まだ石が投げられる可能性があるということか。


「ええ、そうですね。ありがとうございます」


 やがて屋敷の裏側へたどりついた。


「建てた当初から水は引いてある。この扉は使用人が外で用事を済ませるときのために作られた」


 裏口にはすでに薪が積んである。


「なるほど。できれば山羊と鶏が欲しいのですが、可能ですか」


 小さな飼育小屋をついでに建ててくれたらありがたい。

 ネズミ対策のために猫はこっそり連れ込むつもりだ。


「山羊と鶏? なぜだ」


「念のためです。この数年間、実家では自ら飼育していたのでよこしてくれたらあとはなんとでもなります」


 いざとなったら、屋敷内に入れてしまおう。

 ランドリールームで飼うという手がある。

 ヘレナの頭の中で、これからの生活の計画図がちゃくちゃくと描かれていく。


「そういや、使用人はいらないって言ったんだって?」


「ええ。貧乏生活が長いので使用人なしで暮らせます。というか、いない方が良いです」


 とにかく一にも二にも使用人はいらないと答えると、ヒルはまじまじとヘレナの顔を覗き込んだ。


「…ちびはずいぶんと苦労しているんだな」



 だから。

 まずはそのチビをやめろ。


 ヘレナは心の中でヒルに鉄拳を食らわせた。


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