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黒猫道案内の顛末



 手をしっかりつないでいたはずなのに。

 今は、跡形もない。


 シエルは呆然として己の指と手のひらを見つめる。



【オシゴト カンリョウ オツカレサマ】


 黒猫の呑気な声に、我に返った。



 ここは夢の中。

 しかし、夢ではない。





 シエルがバーナード・コールの核への治療魔法を終えたころに、ヘレナが予想外の術を繰り出した。


 しろい おはなを つんで

 きいろい おはなを つんで

 あかい おはなを つんで

 うすべにの おはなも つみましょう・・・



 彼女は、手仕事に集中している時に無意識のまま歌を口ずさむ。

 それは、術をかける時も同じなのか。


 糸のように細く、かすかな歌声。

 とても心地よい音で、ずっと聞いていたくなる。



『ローズマリーを主にした草花の布』



 驚異的な集中力で草花の布を作っていく。

 

 それは、ハーブを主にした美しいタピスリー。


 夢だから。

 それでは説明できない程、しなやかで清らかな魔術に満ちていた。


 幻の空間に唄が流れる。


 とりどりの、善きもので埋め尽くした花冠。


 優しい気持ちで編み上げられた贈り物。



 

『バーナード・コール様へ贈ります。これは花の衣』



 彼女は小さな手をかざしてその緑の膜でバーナードを包み込み、さらにそれを魔力の糸で固定し終えた瞬間に、事態は急変した。



『あれ?』


 ヘレナが戸惑ったようにつぶやく。


 シエルの魔力が突然彼女の中へ大量に流れ込んでいった。



「な・・・」


 制御が効かない。


 つないだ指先からものすごい勢いで吸い込まれていく。


 シエル自身の魔力量は潤沢にあるのでどれほど吸い取られても大丈夫だが、問題はヘレナだ。


 彼女の小さな器を破壊しかねない。


 慌てて手を振りほどこうとしたとき、ぷつ、と小さな音を聞いたような気がした。


 まるで、糸を切るような。


 そして、あり得ない量の魔力を一瞬で吸い取られ・・・、突然、路が閉じた。



「ヘレナ様!!」



 叫んだ時には、もう遅く。


 黒髪の小さな少女はすうっと霧散した。




 あたりは真っ白になり。


 ヘレナ・リー・ストラザーンのいた形跡はどこにもない。


 あるのは、花衣に包まれたバーナード・コールの核と、自分と、そして。




「ネロ!!これはいったいどういうことだ!」


 シエルが声を荒げても、黒猫はすまし顔で背筋を伸ばして座っている。


【ドウ・・・ッテ】


 ぱたりぱたりと規則的に動く彼の長い尻尾に苛立ちを感じそれをあらわにしたところで、小さな頭をきょとんとかしげ、全く意に介さない。


【ダイジョウブ ヘレナ カエッタ ダケ】


「え?いや、でも、今のあれは・・・」


 ここは、バーナードの身体の中だと言ったではないか。

 彼女と出会った場所ではない。



【ヘレナノ ナカノ イト ヒトツ キレタ

 ソコニ シエルノ マリョク ソソガレタ

 ダイジョウブ

 ヘレナ ママ イクツカ ツクッタ

 マリョク ワケル ヘヤ】



「それはヘレナ様の能力を意図的に抑えていたということですか」



 彼女の潜在能力には前から疑問を持っていた。

 そもそも簡単に五大魔法を操る上に、魔力の回復が早く、他者への注入までできる。

 それなのに、器は生活魔法ができる程度という矛盾。



【ソウ ソウ

 ヘレナ サラワレナイ ヨウニ

 ママ ガンバッタ】


 まるで自分の功績かのように自慢げに黒猫は口元をぴくぴくとさせる。



【チナミニ

 フタツメノ ヘヤ

 ナジム ノニ ジカン ヒツヨウ

 シバラク ヘレナ ネンネ】



「寝たきりになる・・・ということですか」


【ウン】


「どのくらい」


【ヘレナ ト ママ シダイ ダケド

 ナナツノ オヒサマ マデ ナイ】



 長くても一週間と言ったところか。


 情報をできるだけ多く引き出すために問うた。



「先ほどのように、夢の中でヘレナ様にお会いすることは可能ですか?」



【デキナイ

 ヘレナ チョット オオキク ナル

 オヤスミ ヒツヨウ】



「大きく・・・?」



 時々、ネロの説明は分かりづらい。


 しかし、彼女の身に危険が及ぶようなことではないことだけはなんとか知ることができた。



【アア・・・

 オヒサマ オハヨウ イッテル】


 ネロは空を見上げ、眩しそうに目を細める。


【ジャアネ バイバイ シエル

 アシタ ジョセフノ オウチニ

 ムカエニ キテネ】



 言うなり、ネロはなんと草花の衣に包まれたバーナードの核めがけてぴょんと跳んだ。


 彼の頭が入ったように見えた瞬間、白い光が飛散して、消えた。


 天から降りそそぐブランケットの霧雨も、黒猫が言っていた『バーナード・コールの中』も。



 ただ、白銀の空間にぽつりとシエルは取り残された。






「こうしてはいられない・・・」


 瞼を閉じ、自らに強く念じる。


「覚醒」



 強制的に目覚めたシエルはすぐさま屋敷の屋根裏へ移転した。



 着地した瞬間、ただならぬ気配をパールが察知し天井に向かって吠え、聞きつけたミカは飛び起きて来襲に備える。


 ヘレナの横たわるベッドの傍らで剣を抜いて構えたのと同時に、寝室の扉が乱暴に開いた。



「ヘレナ様!」


 勢いよく繰り出された剣の切っ先が途中でぴたりと止まる。


 ミカは侵入者の顔をまじまじと見て、ため息をついた。



「・・・なんだ。シエルさんか。危うく殺すところだったよ」


 肩をすくめて剣を鞘に戻す。




「シエルさん、もしかして夜這い?悪いけど、ヘレナにはまだ早いよ」


「いえ、違います・・・。すみません、突然」



 ベッドの上では、ミカの殺気を目の当たりにしたパールが、こんな最中にも穏やかに眠り続けるヘレナにペタリとくっついてカタカタと小刻みに震えていた。



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