こたえあわせ
なんと先ほどのパールの行動は、ヘレナが目覚めたら知らせるようにとシエルの指示によるもので、今はきちんと魔石のご褒美をもらって彼女もご機嫌だ。
シエルはパールの呼びかけを感知し、魔導士庁から瞬時に移転魔法で飛んで来たらしい。
この数日の間で屋根裏の魔方陣はもはや移転魔法の門として定着し、毎日コールとシエルたちのどちらかがバーナードの元へ通うだけではなく、こん睡状態のヘレナを診るために医療専門の魔導師も連れてきていたという。
ヘレナじたいに深刻なものはないけれど、これまでの経緯他魔改造生物も大変興味深いということで、長老が何人か勝手に転移してきたりもしたと聞いて、ヘレナは額をおさえる。
「ますます不思議な自治領になりつつあるのだけど・・・良いのかしら」
郊外と隣接したゴドリー伯爵邸の別邸は、千客万来の隠れ家と化している。
もはや衛兵と門番は意味をなさず、昨日はとうとうテリーをはじめラッセル商会がハーンから貰った術符を使って直接生活必需品を運び込んだとか。
確かにその方がずっとお手軽で、人件費も時間も手間も短縮できる。
だがしかし、良いのかそれで。
「ほら、病み上がり?みたいなもんなんだから、難しいこと考えるんじゃないよ、ほら、口を開けて」
ミカがスプーンですくったオーツ麦の粥を差し出してくる。
「ん」
言われた通りに口を開け、ありがたく受けた。
スプーンくらい自分で持てるのだが、五日も眠り続けた上に身体的な謎現象もあるのはさすがのミカにも衝撃だったらしく、過保護になっている。
ちなみに、せっかく駆け付けてくれたがシエルにいったん部屋を出てもらって寝間着は着替えた。
まだ正確には計っていないが、急速に全身が育ったと思われる。
とりあえずガウンも併せてミカのものを借りたが、体格が全く違うのでさすがにかなり大きい。
「おいしいなあ・・・」
すりおろしたりんごと牛乳とシナモンで煮た粥は、わざわざ裏ごしされてポタージュスープのようなのど越しで、軽く加えられたハチミツの甘さも相まってじんわりと優しい味だ。
「食欲もあって良かったよ。昏々と眠っているけどやせ細っていく感じではなかったから、大丈夫だろうと思っていてもね。心配にはなるんだよ」
せっせと親鳥のようにヘレナの口の中に粥を突っ込みながらミカは言う。
「ありがとう、ミカ」
「ま、面白かったけどね。爪がどんどん伸びてくるからさ。様子見に来ては切るんだけど、次に来たらもうとんでもなく伸びてて、何とかなんないのこれってシエルさんの首ちょっと絞めたよ」
「うわ・・・。そうよね。髪がこんなに伸びているのだから・・・」
思わずヘレナは視線を上げてミカの傍らに立つシエルを見る。
彼はにっこり笑うだけで何も語らない。
逆にそれが少し怖い。
「十匹の子猫にミルクあげるより大変だった。でもまあ、それでシエルさんがヘレナの全身に浄化魔法かけてくれたから万事解決?」
全身浄化魔法なんて、初耳だが、爪が伸びるなら皮膚組織や体毛もどんどん入れ替わるわけで。
「ああ、そうか。私って何度も脱皮したような感じなのかしら。ちょっとずつ大きくなるなんてまるで蛇みたいね」
納得して頷くと、二人は微妙な表情でヘレナを見下ろしていた。
「いやまあ、まちがいではないけどさ・・・。もっとこう他にさあ」
「まあ、発想は間違っていないと言えばそうなのですが・・・」
なぜそこで残念な子を見るような雰囲気になるのだろう。
「ヘレナらしいと言えばらしいけど」
その間も餌付け活動は続いた。
「では、順を追って説明しますね」
粥とコンポートを完食した後、ハーブティーを貰いながらベッドに腰掛けたままヘレナはシエルの話を聞くことになった。
シエルとミカは小さなテーブルと椅子を運んできて、ティーセットをそこに並べ、各々座る。
パールとネロはヘレナの右と左にぴたりとくっついたままだ。
「ヘレナ様はバーナード様を訪ねた夜に夢を見たはずですが、覚えていますか?」
「夢というと・・・」
左の黒猫をちらりと見ると、金色の瞳の真ん中の黒い瞳孔を真ん丸にし、ぱたぱたと長い尻尾を振っている。
「ええと・・・。ネロが人間語を喋って、かなり自由奔放に振舞っていましたが・・・」
そういえば、ネロをこんこんと諭したのを思い出す。
今の二匹を見る限り良好な関係を結んでいるという判断で間違っていないだろうか。
ネロが夢に出たと言うのはともかく、シエルも一緒だったとはなんとなく言いづらい。
しかも、願望としては・・・。
「私もご一緒したところは覚えておられないのでしょうか・・・」
沈んだ声にはっと目をやると、シエルが肩を落としている。
「え・・・、いや、ええと。あまりにも壮大な夢で。どう説明したものかと」
「その、壮大な夢は現実です。ネロの中に夢魔の血筋が一滴入っていまして、それが作用したようです」
「は?」
夢魔?
「先日、ネロがバーナード様の側にとどまった理由は、ヘレナ様のブランケットを通して彼と我々を夢の路でつなげるためでした。翌日からハーンたちと調べましたが魔導士庁の資料にそのような事例はなく、これは特異なことです」
ぐぐぐごごごう。
音の主を見ると、黒猫は得意満面の様子でのどを鳴らしている。
【ネロ デキル オテツダイ ネロ カシコイ ネロ イイコ!】
ふいに、あの時の若干下っ足らずな甘い声がヘレナの頭の中でよみがえる。
なので、頭を下げて彼の額に唇を落とした。
「び!」
長い尻尾の先が細かく震えている。
大満足らしい。
「きゅ・・・」
今度は右わきでパールがしょんぼりしているので、彼女の額にも同じように触れ、公平性を保つ。
ようやく無理なく手足を動かせるようになってきたので、ついでに両方の背中を同時になで始めることにした。
どうやら二匹は納得してくれたようで内心安堵する。
「なるほど。有言実行ですね」
「え・・・?」
「私が夢の中を歩いていたら、貴方がネロをたしなめているところに遭遇しました」
「・・・なるほど」
ヘレナはようやく、あれがただの夢ではなかったのだと実感した。