めざめ
しろい おはなを つんで
きいろい おはなを つんで
あかい おはなを つんで
うすべにの おはなも つみましょう
いいかおりの くさも つんで
いいかおりの おはなも いっしょに
たばねて あんで
くるっと まるめて
さいごに あおい おはなを さして
すてきな かんむりの できあがり
懐かしい唄につつまれた。
子守歌なのか、わらべ歌なのか、わからないけれど母と歌った曲の一つ。
母はよく歌う人だった。
古い祈りの歌から平民の間で流行っている恋の歌まで色々なものを、普段の話し声より少し低めに落として歌っていた。
弟と自分を寝かしつける時。
針仕事をする時。
布を織る時。
そして料理を教えてくれる時。
毎日がいつも優しい歌声に満ちていた。
母も、父も、弟も、使用人たちも。
誰もが笑っていた。
あの、幸せな時間に戻りたいと。
何度も思った。
だけど。
戻れない。
決して。
戻りたいとも思ってはならない。
母は。
母を。
母が。
私たちを忘れ、安住の地で眠りにつくためにも。
頬に、暖かい空気を感じる。
「いぬ・・・の、におい・・・」
手をなんとか動かして熱源の方にやってみると、ぬるりと濡れた。
「・・・パール?」
頑張って瞼を持ち上げたら、すぐそばで腹ばいになった真っ白で大きな犬が青い目をきらきらさせて見つめていた。
ふさふさの尻尾がばたばたと毛布を叩く。
「あ、起きたね。具合はどう?」
視線を向けるとミカが腰をかがめて覗き込み、顔にかかる髪を蒸しタオルでよけてくれる。
「・・・なんだろう・・・。体が重くて・・・」
指先一つ動かすのもおっくうだ。
「ああ。ネロが乗っているしね。ネロ。いい加減降りな」
「びゃー」
なんと胸の上に黒猫が乗っていたらしい。
しかも、どっしり香箱座りをし、断固拒否の構えだ。
「びゃーじゃないよ。あんまりわがままばかりやってると、ハーンさんに連れってってもらうからね」
「び・・・」
ミカの言葉を聞くやいなや全身の毛を逆立てて、そそくさと脇へ降りた。
最近、ミカが二匹のしつけにハーンの名を出す回数が増えたような気がする。
まるで悪戯っ子をさらう鬼のような扱いだ。
あの柔和でふわふわした印象しかない彼の中にどんな秘めた力が。
「ところで、顔色は悪くない感じだけど、起き上がれそう?手伝おうか」
「うん・・・。ありがとう。ほんと、どうしたのかな私」
背中を支えてもらいながら、ようよう体を起こす。
なぜだろう。
体中がみしみしと言っている。
腕も、足も、背中も、指先も。
どういうわけか、まるで無理な運動をした時のように。
「ん・・・?」
足を動かそうとして前かがみになった時に、更なる違和感を覚えた。
「かみ・・・」
髪が、変だ。
それと。
「なんか・・・寝間着が?縮んだ?」
腕を軽く曲げてはいるけれど、袖口の位置がおかしい。
ついでに言うなら緩く作られたはずの寝間着なのに、少し窮屈に感じる。
「うん。ヘレナがこれ以上目覚めなかったら、寝間着に鋏入れて脱がすしかないかと思っていたとこなんだよね」
これ以上目覚めなかったら?
ヘレナはベッドの周りを見回した。
カーテンが引いてあるが、隙間からの光が窓辺に映る。
外はまだ明るい時間。
時折、鳥の声も聞こえる。
昼…というか、夕方に近い午後?
「ミカ。私、どのくらい寝ていたの?」
両の手のひらをじっと見る。
自分の手の筈なのに、見たことのない形。
でも、イチイの指輪はきちんとはまったまま。
額からおりた前髪は、眉にかかるくらいで切りそろえていたのに、顎に当たっている。
「うん。今日はね。ウィリアムの叔父さんを訪ねた日から五日後の午後三時になったところだよ」
「・・・五日。わたし、どうしたの・・・」
帰着した晩は、移転魔法初体験と面識のない邸宅への突然の訪問で多少の気疲れがあったものの、五日も眠り続けるような不調ではなかったはずだ。
「まあ、シエルさんが言うには・・・。というか、そこのネロが言ったらしいんだけど」
黒猫がつやつやとした身体をぬるりぬるりとヘレナの脇に摺り寄せて「びゃああん」と鳴く。
「ヘレナの中に縫い付けてある糸が一本、切れたんだって」
「いと?」
何から何までわからない。
混乱して、人差し指を額に当ててヘレナは考えた。
そういえば、夜。
夢を見たような。
「わわわん!」
それまでおとなしくそばにいたパールがいきなり、天井を向いて吠える。
すると間もなく、階段を誰かが駆け下りてくる気配がしたかと思えば、すぐに寝室の扉を叩く音が聞こえた。
「ああ、シエルさんが来たね。説明はあっちにまかせようかな」
ヘレナの肩にガウンをかけて、ミカはベッドから離れる。
「シエルさん、お見立て通りだったね」
ミカはあっさり扉を開けて招き入れた。
「ヘレナ様・・・」
珍しく、彼の長い濃灰色の髪も魔導士のローブも風にあおられたかのように乱れている。
そしてずかずかと部屋の中に入り、ヘレナの側へ立つと、そっと頬に触れた。
「よかった・・・」
彼の指先は、ひんやりと冷たかった。