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「やはりこうなってしまうのね……」



 木々の葉がとりどりに色づき、強い風にさらわれ散らされていくのを窓辺に立って眺めていたヘレナは独り言ちる。


 挙式の夜にこの部屋へ案内されてから、すでに三日経っていた。


 この屋敷はタウンハウスの割にはかなり大きく、部屋数も多い。

 そんな四階建ての本邸で三階の北の端にヘレナは押し込まれ、軟禁状態だ。

 部屋の様相は等級で言うなら五段階のうちやや中よりの下程度。

 寝台と小さなテーブルセットを配したコンパクトな一室とぎりぎり簡易的な浴室が付いているのでましな扱いだ……というより、そうすれば閉じ込めておけるという判断なのだろう。

 窓があるだけましだ。

 こうして外を眺めていれば気がまぎれる。

 それに、簡易的な暖炉もついていてありがたい。


 だがしかし。


「そろそろ、まずいかも……」


 念のため工夫して使っていた薪がもうすぐ尽きそうだが、使用人たちが補充してくれる気配がない。


 連れてこられた時は執事のウィリアムが大勢の使用人を駆使して体裁を整えてくれたが、それがこの家で受けた最高のもてなしだった。

 ぎりぎり翌日の昼間に侍女頭のような女性が既製のワンピースを数点と下着など、ヘレナの持ち物の代替品に当たるものを持ってきてくれたので、その折に己で調整するために裁縫道具を頼んでみたらすぐに貰えたのが最後の親切。

 その後は下級侍女しか関わりがなく、雑な扱いが始まった。

 そもそもはヘレナが意図的にリチャードたちを別邸へ導き、事実確認した執事が使用人たちを叱責したことが原因だろう。


「逆恨みされるだろうとは思っていたんだけど、なんだかな」


 まず薪。

 そしてだんだん粗末になっていく食事。

 ランドリーなど望むべくもない。

 もう今夜から食事は抜きになる予感がする。


「これは、早々にあの別邸へ移った方がましかな」


 しかし、あれっきり音沙汰がないのである。

 リチャードを始め、件の四人は今に至るまで全く顔を出さない。

 執務室は二階の中央だった。


「……行ってみるか」


 この部屋でミイラにされてしまう前に。



「あ……」


 取っ手に触れる直前、いきなり扉が勢いよく開いた。


「……お前、どこへ行くつもりだ?」


 マホガニー材のような茶色の髪に深緑の眼。

 高い位置から見下ろすのは、確かヴァンと呼ばれていた侍従だ。

 そして、挙式前の会合でヘレナを無視した男。


「どなたからも接触がないので、そろそろこれからのことをお聞きしようかと」


 監視していたわけではないだろうけれど、彼の中の自分の立ち位置はその口調からおおよそ推測できる。


「その件できた。中に入れ」


「はい」


 素直に扉に背を向け、部屋の中央の小さなテーブルと椅子が配置されているところへ向かう。


「おい、寒くないのか。暖炉もつけずによく平気だな」


 今日はどんよりとした曇り空で、冷たい風が吹き日もささない分気温が低い。

 しかし夜よりかましなので、いったん消している。


「ベッドに入れば何とかしのげますから」


 幸いベッドは執事が指示した時の装備で、ゴドリー伯爵家の客人へのもてなしとして恥ずかしくない、質の良い柔らかな布団が使われていたため、もぐりこんでおけばそれなりに温かかった。


「……おい、ちょっと待て。まさか……」


 そこでバタバタと誰かが走ってくる音がする。


「く、クラーク様。まさかこちらにお越しになるとは……」


 ノックもそこそこに若い下級侍女が飛び込んできた。


「……。『ヘレナ様』にお尋ねします。今日は何を召し上がられましたか」


 ヴァンは突然姿勢と口調を変え、ヘレナに対し礼をとる。


「あ……っ!」


 侍女は一気に青ざめる。


「……。そうですね。黒パン一つ、頂きました」


 テーブルの上には空の小さな皿が一つ置いてあるきりだ。

 昼頃に渡された、拳一つ分の古びたパンをゆっくり味わって胃に入れたのが今日の食事。

 水分はこっそり生活魔法で補給した。


「……。そうですか。何かの手違いがあったようです。そうだな。トニ」


 トニと言われた侍女はガタガタ震え、こくこくと頷く。


「今すぐ、スープとサンドイッチとスナックとデザート、それに茶を二人分用意しろ。話し合うことがあるから、俺もここで相伴させていただく。それと、別の者に薪を運ばせろ」


「は……はははい。ですがあの」


 両手をもみ絞り、上目遣いでヴァンに何事か言いかける。


「何をしている、直ぐにだ!」


 一喝すると、ひっと悲鳴を上げて身をひるがえした。


「は、はい、ただいま……っ」


 扉を大きく開けたまま走り出す。

 トニが足音も激しく廊下を駆け抜けていく様と、それを見て動揺する幾人かのざわめきが聞こえた。


「……ずっとこんな状態だったのか」


 プラチナブロンドと整いすぎた顔立ちから氷の貴公子と称されるリチャードに比べると、ヴァンはかなり表情も豊かで人間らしい。

 執事が改めて申し送りをしたにもかかわらず、ヘレナへの扱いが三日前と似たような状況になっていたことに少なからず衝撃を受けているようだ。


「そうですね。初日の午前中くらいまではまともでしたが、リチャード様側からなかなかお声がかからないので、まあ、こんな感じになりました」


「……すまなかった。わざとじゃない」


 口調はまたぞんざいなものに戻っていたが、彼の方が爵位も上でおそらく十歳くらい年上であろうことを考えたらまあこんなものかとヘレナは思う。


「そうですか」


「あのな」


 ヴァンがさらに言いつのろうとしたときに、薪を抱えた男たちが飛び込んできた。


「クラーク様!誠に申し訳ございませんでした!」


 若い男たちは半泣きだ。

 ヴァンの職はリチャードの侍従だと思っていたが、彼の態度と使用人たちの様子を鑑みるに執事並みの立ち位置と推測する。

 もしかしたら、当主に割と近い血筋なのかもしれない。


「……。言い訳は後で聞く。とにかく、暖炉の火をおこせ。それから俺たち二人で食事ができるだけのテーブルを運んで来い」


「はいっ。ただいま!」


 あまりの変わりように、ヘレナはあっけにとられた。


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