ホンモノの妖精はヤバい娘だった
ライホ子爵家令嬢ヘレナは確かに学園の2年生として在籍していた。
マリッカは生徒会長を務めているだけあって学園では顔が広い。
学年違いの2年生でもお願いしたら簡単に調べがつくというのに、この娘についてはよく分からなかった。
しかたがないので自ら動くか。
教室での彼女を観察したところ…何もない。
ってか、なさすぎ。
誰とも会話しないで常に1人でいる。
ハブられてるのではなく他人を避けているようだった。
そして放課後には必ず図書室に行って本を読んでいた。
生徒会長特権で図書係に彼女の貸し出し履歴を見せてもらうと…
うん、そうか成程。
戦記、冒険譚、騎士物語…色々あるが血腥いお話大好きっ娘みたいね…
こいつは迂闊に接触出来ないってことで予習をしよう。
とりあえず履歴にある本を片っ端から読んでいく。
このジャンルはお初だが読書自体は好きだし速読も出来る。
面白いじゃないか。
ハマれば強い。マリッカは頭が良い。
だてに生徒会長やってない。
入学以来学年首位の座を明け渡したことはなかった。
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「それはアルテュール・ボンネフェルト大王の遠征記ですね。歴史が好きなのですか?」
ヘレナがいつものように放課後に図書室で本を読んでいると学園に入学して以来初めて他人から話しかけられた。
「…」
とっさのことに声が出ない。
「失礼しました。私はマリッカ・アッカネンと申します。
アルテュール大王について調べものをしていたのでつい話かけてしまいました。」
「あなたは歴史が好きなのですか?」
「ええまあ。昔の国の興亡とか戦場での駆け引きとかロマンがありますからね。」
「戦場」のワードにヘレナの目付きが怪しくなる。
「アルテュール大王の何を調べていたのですか?」
「アムステル川渡渉作戦。
ボンネフェルト帝国の大遠征失敗の嚆矢でしたね。
大王は向かうところ敵なしで作戦も順調に推移していたのになぜ突然、作戦を放棄したのか?
私なりに仮説を立てていて、それの状況証拠を積み上げているところです。
完全な趣味ですのですべて自己満足に過ぎませんが。」
「大王はそれまで目を背けていた戦場の惨たらしさにその時向き合って戦意を失ったのではなかったのですか?」
「それが通説ですがおかしな話です。なぜそのタイミングで?
とってつけたようではありませんか。とても納得できません。」
「でも大王はすぐに譲位して僧侶になっています。犠牲者への贖罪と考えるのが自然では?」
「名前も知らぬ者への贖罪なんてピンときません。
もっと身近な誰か、とは思いませんか?」
「そういう人がいたのでしたら…しかしそんな史実はありません。」
「戦場から少し離れたところにマルケーレムという町がありました。
小さな町なのでほとんど歴史書には出てきませんが。
大王はたびたびそこに立ち寄った記録があります。
渡渉作戦開始の数日前にも。
実は大王が作戦を放棄したその日にマルケーレムが敵の奇襲で呆気なく落ちたという記録があるのですよ。
戦場から離れた小さな町に大王の大軍勢を前にした敵軍が奇襲をかける…不思議でしょう?」
ヘレナは夢中で聞いていた。
「で、その町に何があったのですか?」
「分からないんですよ。まさにそれを調べているところで。」
急に梯子を外されたカタチのヘレナはなんとも言えない表情をした。
「しかし仮説は立てられます。
そこには大王が護りたいものが確実にあった。
それが失われたため大王にとって戦争は意味のないものとなってしまった。
僧侶になったのはその失われたものを弔うためではないのか、と。」
ヘレナは目を見開いて頷いた。
「すごい!すべての符号が一致する!」
「弔うくらいだから人なのでしょう。
隠された家族ですとか。
妃とはうまくいってなかったようですから。
思うのですが、人はなぜ戦うのか?なんのために?
まず護るためですよね?褒賞とか栄誉とかはその後の話で。
護るのは国ですか?王ですか?家族ですか?恋人ですか?子どもですか?
身近な者ほど護りたいじゃないですか。
それが戦う動機というものでしょう。
人と向き合わない人は戦えない。私の勝手な戦争論ですが。
済みません。読書の最中にお邪魔しました。」
ヘレナは感動のあまり動けなかった。
(そうか、人と向き合わない人は戦えない。言われてみれば確かに…)