ごくろうさん
ある病院での話。
その病院(には限らない話だと思うが)は、正面ロビーとは別に、休日や夜などに見舞客が出入りする玄関があり、そこには警備員が詰める警備センターがあった。
そこは、昼夜問わず警備員がおり、常に出入りする人間を確認し、不審者が入り込んだりしないようにしている。
同時に、入院している患者が勝手に出ていかないように監視もしていた。
ある夜。
一人の警備員…仮にCとする…が、夜勤に就いていた。
警備センターには院内の廊下をくまなくカバーする監視モニターがあり、目視での巡回以外に、電子的にも警備を行えるようになっていた。
Cは、雑誌や新聞を見ながら、時たまモニターを点検し、院内に異常がないか確認していた。
そうして、時刻が深夜を回った頃のこと。
ぺたぺたぺた…
ぺたぺたぺた…
センターの窓口がある廊下の奥から、そんな音が聞こえて来た。
誰かが、スリッパで歩くような音である。
ちょうど、巡回に行こうと思っていたCは、患者か泊まり込みの客が起き出して、迷っているのかと思い、ライトを手にセンターを出た。
そして、音のする方にライトを向けてみる。
しかし、そこには誰もいない。
ちょうど、突き当りが丁字路だったので、角を曲がったのかとも思ったが、それにしてはあれだけ響いていたスリッパの音が聞こえない。
さては、トイレでも入ったかと思い、確認するが、男女トイレ共に無人だった。
少し薄気味悪くなったCは、早々に巡回を終わらせ、センターに戻った。
そこで、ホッと一息ついたC。
が、
ぺたぺたぺた…
ぺたぺたぺた…
また、先程の足音がする。
仕方なく、再びライトを手に、廊下を覗き込むが、やはり誰もいない。
一瞬、放っておこうかと思ったCだったが、万が一があれば、責任は自分にやって来る。
ライトをかざしたまま、先程の丁字路までやって来た。
今度は、まだスリッパの音がする。
そこで、Cは角を曲がり、音のする方へライトを向けた。
だが、やはり誰もいない。
ついさっきまで、すぐ目の前でしていたスリッパの音が、一瞬で消えてしまったのだ。
静まり返った廊下に、Cはぞっとなり、慌ててセンターへ帰ろうとした。
すると…
ごくろうさん
不意に耳元で、かすかな声でそう囁かれる。
飛び上がらんばかりに驚いたCは、後も見ずにセンターへ逃げ帰り、朝まで一睡もせず、布団を被って震えていたという。
後日、Cはあの夜に遭った怪異の件で、監視カメラに何か痕跡が無いか確認しようとしたらしい。
が、何故か、その日の監視データだけが初めから無かったかのように消えていた。
不審に思ったCが、会社に確認すると、上司が「データは削除した」と答えた。
驚いたCは、上司に理由を質問した。
が、上司は、
「お前は見ない方がいい」
と言い、それ以上は取り合ってくれなかった。
結局、Cはすぐに会社を辞めた。
何故なら、あれ以来、スリッパの足音がトラウマになり、警備業務が出来なくなってしまったという。