断章ーカメリアー
普段は静かな石造りの地下牢が、複数の足音で突然騒がしくなった。
「……っ! 放して! 放して下さいっ!!」
二十代前半だろうか。その美しい女性は、腰まで届く金髪を振り乱し、腹部の前で麻縄で拘束された両腕を思い切り振り回している。その勢いに、燭台の炎が消えそうに揺れた。
「疑いが晴れるまでだ、頼むから大人しく入っててくれ!」
「どうかお願いします! この街のため、いや、貴女のためでもあるのです……」
女性を連行したとおぼしき兵士二人が、半ば懇願するように頭を垂れる。彼女が振り回した両の拳が当たったのだろう、それぞれの頬が少し赤く腫れている。
「……だからって、こんな所にずっと閉じ込められろ、って言うの? いつ出られるかもわからないのでしょう!?」
女性はその青い瞳で二人の兵士をギッと睨み付ける。
それに、と彼女は続けた。
「『魔法院』の勝手な判断で、魔力が強すぎるって理由でこんな事されて! これではまる……で、罪人扱い……よ……」
スカートを履いている事を忘れ、回し蹴りを喰らわせようとした瞬間、縄が微かな光を発したと同時に、彼女はフラフラと地面に膝をつき、そのまま倒れ、気を失った。
「……申し訳ない、カメリア。兄さんが早く出してもらえるように掛け合うからな」
身体が大きい方の兵士が、カメリアと呼んだ彼女を横抱きにし、独房の奥の粗末なベッドにそっと横たわらせ、鎧の中に隠していた薄手の毛布を、これまた粗末なかけ布団の上にかけた。
これがいま、兄として妹にできる、精一杯のことだった。
「……行こう」
「はい……」
鉄格子を厳重に閉め、二人が地上へ戻った後、カメリアの縄が淡い光を発して消えた。両手が自由を得た代わりに、細い両手首にシルバーの腕輪が現れる。表面に小さな青い宝石のような装飾が施され、傍目にはアクセサリーに見える。
だがそれは、どのような強大な魔力をも封じ込めるという、とんでもない代物であった――。
「お手上げね……」
脱獄防止の結界が張ってある小窓から顔を出し、潮風に鼻腔をくすぐられながらカメリアは嘆息をついた。眼下には崖が見え、波が繰り返し岸壁を叩きつけている。
温暖な気候のため昼間は寒さを感じないが、夜間は毛布とボロのかけ布団では頼りなく思う程に気温が下がる。どうにか一晩を過ごしたが、これを何日もとなると心身共に病に蝕まれてしまうだろう。
そもそも、なぜ自分が牢獄送りになったのか。これといった罪状も知らされぬまま、拒否権もなく疑いやら街のためやらでこんな所に放り込まれた。衛兵の兄・ディルも何も言わない。
(この腕輪さえ壊せば……!)
大人しく牢獄にいるつもりは毛頭ない。カメリアは意識を取り戻して即、銀色の腕輪の分析を始めていた。
巡回の兵士の目をかいくぐり、ピアスをわずかに漏れていた魔力でごく小さな刃物に変え、左手側の青い宝石を外す事には成功した。宝石が外れると同時に腕輪は砂のようにさらさらと崩れてなくなり、封じられた魔力が少しだが戻った。
仮眠をとったカメリアは続いて右手側に取りかかるが、何をどう弄ろうとびくともせず、気分転換にと外の景色を見たのだった。
青空に向かって腕を伸ばすと、手のひらにツルリとした壁のような感触を感じた。
「この結界、魔法院の上位の人のかしら……? 魔力が戻らない今の私じゃ壊せないわ」
長期戦を覚悟して粗末な寝具一式を魔法で格上げしようか。