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2話

 表面上は騒動が沈静し、期末考査がはじまった。僕はこっそりと古城の様子を窺い、元気そうな彼女の姿に胸を撫で下ろす。

 反対に津多は騒動のことを引きずっていそうだった。休み時間だというのに暗い表情のまま古文の教科書を見つめる。


 ふと、目が合った。


 津多は、家に発生する黒くて素早いあの虫でも見たかのように顔を歪める。


 僕は理不尽に思いながらも、目をそらした。



 午前中の内に試験が終わり、伸びをする。


「はぁ、やっと、終わった。俺、英語ヤバイわぁ」


 僕の机に近づきながら何気ない話をするよう見せかけ、至近距離まで来た藤並は声を潜めた。


「おい、ちゃんと泉と仲直りしろよ」

「……」


 不貞腐れた顔をする僕に、藤並は呆れの目を向ける。


「つーか、どうして勝成がおこんだよ?」

「言いたくない」

「ま、いいけどさ」


 ところでさ、と藤並は話題を変える。


「いいよなぁ、泉。古城ちゃんみたいな可愛い娘に告白されるなんて。古城ちゃん狙ってた奴結構いたから、泉、恨まれるかもな」

「何それ、僕は初耳なんだけど」

「えー、あ、そうか。お子ちゃま勝成は、そういう話になったら逃げるからな。僕には関係ないとか言って」


 逃げてないと反論すれば、藤並はからかうよう笑う。


「古城ちゃんはさ、大人しくて、男とあんま話さないけど、何か癒しつーか、ほんわかしてていいよな。何より、可愛いし、隠れ巨乳だし」

「っば!」


 怒鳴りそうになった僕の口を藤並が塞ぐ。


「一年の夏、違うクラスの奴らが騒いでたことあっただろー? あの時、女子のプールの授業を覗きに行った猛者がいたんだ。そいつの証言だから間違いなし」


 僕は顔を覆った。赤くなっている自覚があった。古城のあらぬ姿を想像してしまう僕は、本当に浅ましい。


「藤並、僕を殴れ」

「は?」

「いいから殴れ」


 帰り支度をするクラスメイトの賑やかな声に掻き消され、足音が近づいていることに、僕らは気づいていなかった。


「いいわよ、私が殴ってあげる」


 拳を構えた津多が側にいた。僕は青褪める。


 津多が空手の段位持ちだと聞いていたからだ。





 殴られることは回避したが、僕らは津多に捕まっていた。三人で駅近くのファストフード店で昼食を取りつつ、泉が古城の告白文を晒した経緯を話した。


 全てを聞いた津多は怒りが再燃したらしく、わなわなと震えていた。僕と藤並で何とか宥めたが、津多は怖い。般若のような形相である。


 半分、脅すような形で津多は自分に協力しろと言ってきた。


「泉みたいなクソ男、スズには相応しくない。なのに、スズはあいつにまだ気があるみたいで、諦めないって言ってた。そんなの……絶対、絶対、スズが泣くことになるんだから、私がそんなこと……」


 最後に決意するよう「させない」と言った津多は、友達思いの良い奴なのかもしれない。

 そんな彼女には僕の気持ちを伝えるべきだろうか。迷った挙げ句、言い出せなかった。





 津多に命令され、僕らは泉の行動を監視する。奴の日常は以前と変わりないように見えた。ただ、僕には泉が苛立っていることが分かった。

 奴は軽そうな見た目に反して神経質だ。細かなとこが気にかかるらしく、それを知り尽くす僕がいないと不便なことも多いのだろう。

 例えば、ジュースの回し飲みなんか極端に嫌がる。今までは僕がさりげなく、回避させてやっていたが、自分でどうにかするしかない。良い奴でいたい泉は、角が立たない断りの文句を必死で考えるしかないのだ。


 それぐらいの罰は受けやがれ。古城を傷つけた罰だ。



 それから数日後、またもや昼休みに古城と泉が接触する。古城の方は津多がどうにかすると言っていたのに失敗したようだ。

 息を切らせた古城が、泉を追ってきた。

 声をかける古城を無視して泉は歩く。それでも古城は、泉に話続けた。


 人通りの少ない別棟の廊下まで来たところで泉は立ち止まった。


 泉が近づき、古城が後ずさる。あっという間に壁際まで追い詰められた古城を捕らえるよう、泉は両手を壁についた。


 近づき過ぎると見つかる。そのため、声の聞こえる位置まで近づくことができなかった。


 二人は言い争っているように見えた。

 僕は止めるべきかと、身を潜めていた曲がり角を出ようと立ち上がった。


「っだよ! 知った風な口利くな!」


 泉が叫んだ。鬼気迫る、追い詰められた奴の声を久しぶりに聞いた。

 見れば泉が床に崩れ落ちていた。手で顔を覆って、肩で息している。


 古城が何か声をかけていた。泉を抱き締める。


 何だよ、これ。



 しばらくして落ち着いた泉が、顔を上げた。


 僕には一連のことがスローモーションのように見えた。


 泉が古城の頬に手を添え、顔を近づける。おそらく、唇が重なったのだろう。頭が角度を変え、少しだけ古城の見開かれた目が見えた。


 予鈴が鳴る。


 古城が走り去り、突き飛ばされた泉がその場に残る。


 一体、何が起きたのだろうか。


 こちらに走ってきた古城から身を隠すため、僕は放心も出来ず、その場から惨めに逃げ出した。

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