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勘違いから始まる親父のサクセスストーリー

大変お待たせ致しました。

 次に案内されたのは洋服屋だった。ユウキは何も考えずメンズコーナーへと進む。


「ユウキ、そっちはメンズ」


「メンズでいいんじゃ」


「こっちよ。ついてきて」


 優里に手を引っ張られ、ジャージ姿のユウキがトコトコと歩きだす。辿り着いたのはスカート売り場の前。


「はいてみて欲しいんだけど」


「いやだよ。恥ずかしい」


「絶対にだめ?」


「……絶対に」


 目が輝いている。せっかくのデートであるし、水を差す事は躊躇われた。


「はぁ……わかったよ。試着だけだぞ」


「あ、その前にショーツに履き替えて。雰囲気出ないから」


「どこを目指してるんだよ。あと、気になってた事なんだけど、その、ショーツって何」


「パ…ィよ」


「ん?」


「パン…」


「ごめん。良く聞こえなかった」


「パンティの事よ! 公衆の面前で何言わせるのよ!」


 恥ずかしがりながら怒るという器用な事をしている。せっかく大声でパンティって言ってもらったし穿いてあげよう。


―――


 渡された服に着替えたユウキを優里が見ると、白い歯を覗かせてとびきりの笑顔になった。優里は止まら。


「いっぱい持ってきちゃった」


 優里は買い物カゴを重そうに床に置く。


「何回試着すればいいんだよ……」


 結局、ユウキは着せ替え人形と化した。


「ラストだぞ」


「えー、もうやめちゃうの」


「そりゃそうだろ。次で15回目だぞ」


「仕方ないなー。とりあえず次で今日のところは最後ね」


「「今日のところは」ってなんだよ」


「そのままの意味だよ」


「おいおい……」


 そう言ったものの、当初と比べるとかなり楽しそうにしている。毎度同じく試着室に入り、着替える。そして勢いよく試着室のカーテンを開ける。


「どうかな」


 ユウキはとても楽しそうであった。


「ふぇ!?」


「ユウキさん、とっても可愛いです!」


なぜか目の前に薫とフィリアがいる。絶句した薫に、茫然としたユウキ。そんなことはお構いなしに、フィリアと優里はとても興奮した様子で感想を言い合っている。


「ねぇ、お兄ちゃん?」


「はい……」


「ごめんね。私、お兄ちゃんの心が本当はお姉ちゃんなんだって気づいてあげれなくて」


「なんでそうなるんだ」


「私がお兄ちゃんのことを男として接してたから、本当の自分を出せなかったんだよね。辛かったんだよね……本当は私知ってたの。たまに夜中になると女性キャラのコスプレ衣装でウィッグを被ってゲームしてた事。性欲にまみれたケダモノかと思って敬遠してた。ごめんなさい」


 ユウキのスカートがエアコンでヒラヒラと揺れた。冷や汗が背筋を伝う。


「は、はぁ!? なんで知ってんだよ」


 一呼吸遅れて反応したユウキに、優里はいたずらな笑みを見せた。


「これからは、お兄ちゃん。いえ、私のお姉ちゃんとして、ユウキ姉が女の子らしく自然に生活できるようにサポートしていきたい」


「だから、誤……」


「そうだったんですか。ユウキさんも悩んでいたんですね。私にできることは何でも言って下さい。私もこれからはお姉ちゃんと呼ばせて下さい」


「よし、かおちゃん、フィリアちゃん。ユウキに似合う可愛い服をプレゼントしてあげようよ。今日はユウキがお姉ちゃんになった記念日ってことでさ」


「優里ねぇ、それいいね!」


「私、頑張って選びます」


「誤解だって。いらないから」


「ふーん。そんなこと言っちゃうんだ」


「そりゃそうだろう」


「ユウキのコスプレ、見てみたいな」


「……プレゼント嬉しいな」


「素直でよろしい」


 優里にジャージを渡される。


「試着しっぱなしだったね」


「ああ……ありがと」


 カーテンを閉めたユウキは大きく息をついた。逃げないとまずい、そう感じたユウキは3人が服を選んでいる隙を突くことにした。その前に、半袖のブラウスを脱いでジャージに着替える。


「これだよ、これが楽でいいんだよ」


 服から頭を出して気が付いたが、渡されていたのは上だけ。渡し忘れただけだろうと深く考えなかった。


「おーい。俺のズボンってそっちが持ってるよね」


「そうだねー。とりあえず試着した服を全部脱いでもらいたいな」


「わかった。ちょっと待って」


「脱いだら、カーテンの隙間から服を出してね」


 隙間から優里に渡す。まずはブラウス。空色のような爽やかな色をしている。そして黒っぽいスカート。


「何をイメージしてコーディネートしたんだ」


「んとね、素敵なOLに憧れて背伸びしたけれども童顔のせいで雰囲気が出ない、清楚の皮を被ったガチゲーマーのぐーたら女子校生」


「俺のことバカにしてるだろ」


「気のせいだよ。そうだよ、気のせい」


「さあ、ズボンを渡してもらおう」


「だめ」


「なんでさ」


「逃げるでしょ」


「うっ……」


「何今の声」


「お腹痛い」


「それ、嘘だよね」


「どうして嘘だって決めつけるんだよ」


「女の勘ってやつ? どうする? コスプレした姿を親に披露してあげたい?」


「ごめんなさい。嘘です」


「すぐ戻るから待っててね」


 足音が遠ざかっていく。ユウキは改めて姿見で自分の恰好を確認する。隠れてるし良いよな。色白の太ももが妙に艶めかしいが、ギリギリパンツが見えていないので問題ない。カーテンを思い切りよく開け、一歩踏み出す。両手で裾を押さえてはいるが右足のふとともを上げたことで、ジャージの裾が段々とずり上がっていき、真新しいショーツが顔を覗かせた。


「お客様、いかが…? いかがわしいですわ!!! お待ちくださいお客様ぁ!!!!!」


 どうやら初手で詰んだらしい。リスポーン地点は試着室。装備がないので待機するほかなかった。


―――


 空が赤く染まる頃、ユウキ達はショッピングセンターを後にした。昼間よりも人数が減っており、駐車場に空きが目立つ。股下に吹き込む夏のぬるい風を感じつつ、頬を火照らし、少しばかり俯き加減で歩くユウキ。それが、暑さからくるものか恥ずかしさからくるものか。


今から少し前の事。ユウキはレゼントを受け取った。正しくは受け取らざるを得なかった。久しぶりの薫の笑顔を見れて嬉しいようなつらいような複雑な心境。1人には脅されているので服を渋々着替た。その姿を見た薫とフィリアは


「ユウキ姉、とっても可愛い! これからは自分を出していってもいいんだよ。私が守るから」


「ユウキさん! 私、少しドジなところありますけど、役に立てたみたいで本当に良かったです」


と、2人ともユウキに飛びつくように抱き着いた。周囲の視線はユウキに集まり、口元が緩むお兄さんやおじさんもいた。


「ち、違……」


 カーっと赤くなる顔を隠そうと必死だった。仲間内だけの遊びと割り切っていたが、意図せず公開プレイへと変貌した。それはユウキの心にある幾つもののメーターを簡単に振り切る事になった。


―――


 ユウキは頭を抱えて自宅の食卓に向かって座っている。食卓にはホールのショートケーキが鎮座している。蝋燭が1本とデコレーションのチョコには「ユウキちゃん お誕生日おめでとう!」と可愛く書かれていた。それを囲うように、ユウキ姉と連呼する薫、ショートケーキに釘付けなフィリア、少し自省したような優里、感涙している母親、困惑顔の親父がいる。主役が無言のまま淀みなく進行する誕生日会。蝋燭の炎は踊っていた。


 親父は理解が追い付かない。ユウキの状況への適応が早過ぎるのだ。これからどうするか昨晩ずっと考えていた。曲がりなりにも2人、いや1人増えて今は3人の親である。生まれた頃から接してきたはずで、性格も理解していたはずだった。隣に座っているのは、耳元で髪を結っている女の子である。服も夏を意識した爽やかなコーディネートだ。あれほどファッションに興味がなさそうだったユウキなのにも関わらず、今ならアイドルと言われても疑わない程になっていた。親である俺が無意識の内にユウキの本来の姿を心の奥底に押しやっていたのだろう。そ親失格だな……いい親になろうとしたが、それは独りよがりだったらしい。

 自らを嘲笑するようにハハッと乾いた笑い声を漏らした。


 ユウキは親父の袖を軽く引っ張った。疲れたような顔をして


「どうした」


と答える。それから、隣に聞こえないように小さな声で耳打ちをした。


「なあ、親父。助けて欲しいんだけど」


 親父の目に再び光が灯った。


勘違いが連鎖するそんな家族のお話。


次はオンラインゲームの回です。



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