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前を向いて

よろしくお願いします。

 食後、薫はフィリアと一緒にお風呂に入った。フィリアは同じ蛇口から水が出たりお湯が出るのが不思議でたまらず、いろいろな角度から観察している。家に来た時から、フィリアは目に入った物について何でも聞いてくる。目に入るものすべてに興味を持つ勢いだ。無邪気な子供のように目がキラキラしている。


「そろそろ上がろうよ。ところで、フィリアって着替え持ってたっけ?」


「今日着ていたものを着るつもりですよ」


「えー折角お風呂に入ったのに。そうだ、下私の使ってないパジャマがあるから、それを貸してあげる」


「薫さんに申し訳ないですよ! 私の世界では同じ服を最低3日は着続けるんですよ」


「え……匂いとか気にならないの?」


「意外と平気ですよ。ねえ、なんでそんなに顔が引きつってるんですか? 」


「これが文化の違い、なのかな……よし!私がこの国の生活スタイルを教えてあげる」


 こうして、フィリアと薫のマンツーマンのレッスンが始まった。終わる頃になると、2人とものぼせて顔が真っ赤になっていた。結局フィリアは薫のパジャマを借りたのだが、いつも着ているものと比べてとても軽くて驚いた。そして2人ともフラフラになりながら、エアコンが効いた薫の部屋に入り、ベッドにダイブした。


「それじゃ、明日はフィリアの服を買いに行こっか。色々紹介してあげる」


「明日が楽しみです。……ただ、お金を持っていなくて」


「明日になったら、2人でお小遣い貰えるか頼んでみようよ」


「そんなの貰ってもいいのかな。……はぁ、みんなに迷惑ばかりかけちゃってますね」


「全然そんなことないよ。フィリアは家族だもん。家族なら助け合うのが普通でしょ」


 ―――本当に家族として受け入れて貰えてるんだ。迷惑だと思われているんじゃないかと心配だった。追い出されたらどうしよう、どうやって生きていけばいいのかずっと考えてた。けれど、そんな事は忘れよう。薫は私の事を認めてくれた。家族として。


「ありがとう。これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくね」


 ―――――


 空が明るくなってきた。鳥のさえずりが聞こえる。ユウキはベッドの上で仰向けになり、自分の腕を天井に向けて眺めていた。


「目が覚めたら元通りってわけにはいかないのか」


 男のときより白く、細くなった腕は少し頼りない気がした。そろそろお腹がすいてきたので、携帯で時間を確認しようと思い手を伸ばす。しばらくすると、登録していない番号から電話が掛かってきた。


『もしもし、どちら様ですか』


『優里です。突然ごめんね』


『なんでこの番号知ってるんだよ』


『えーっとね、前にユウキのお母さんから教えてもらったの。優里ちゃんなら大歓迎だよーって』


『何て勝手な……それはいいとして、どうして電話なんか』


『そうだねー。ユウキは今日暇か聞こうかなと思って』


『す、することは沢山ある。それに、それにだよ、服はどうするのさ』


『嘘でしょ。昔から嘘ついてるときは声が高くなるの変わってないね。服はジャージでも着といてよ』


『わかったよ。何するのさ』


『買い物に行こうよ。私がいい店教えてあげるから』


『それって、デ、デートってこと?』


『デートだよ。9時に迎えに行くから。それじゃ、また後でね』


 優里は、顔を真っ赤にして通話をしていた。一方的に電話を切ると、布団に顔をうずめて脚をジタバタさせた。たまに、ベッドの縁に指をぶつけて悶絶するのであった。


 ―――――


 数時間後、ユウキと優里はショッピングモールにいた。土曜日ということもあり、かなり混んでいる。優里に連れてこられたのは下着のお店だった。


「な、なんで俺が着けなきゃいけないんだよ?」


 色とりどりの下着が、眩しく光を放っている。ユウキは狼狽えてしまった。店舗と通路の間には遮蔽物がないはずなのに、近づけば近づくほど体にかかる抵抗が増す。それを優里は隣で見ていた。


「ふーん。ビビってるの?」


「バ、バカなこと言うなよ。違うって」


「私は良いんだよ。だぼだぼのシャツで乳首が擦れて、数十メートルごとに『はうっ』って言ってるの面白いし」


 優里に下着を選んでもらう事にした。まずは採寸からのようだ。店員のお姉さんと一緒に試着室に入る。シャーっとピンクのカーテンを閉めて2人だけの空間が作られた。指示に従って服を脱ぐ。トランクスと白シャツを身に着けていたので、お姉さんは驚いたような顔をした。


「もしかして、ブラジャーつけたことないの?」


「これには深いわけがありまして」


「そうなの。なら、あまり詮索はしないわ」


 営業スマイルに戻り、測りますねとお姉さんが言う。メジャーが冷たく、下着越しでも触れるたびに身体がビクッと反応する。どうにかならないのか。そんな事を考えていると、測り終わったようで、お姉さんがメジャーを片付け始めた。


「ブラサイズはF70だから、何点か持ってきてあげる。ショーツはどうする?」


「とりあえず、お願いします……」


 ショーツはなんだろうか。シャツの女性版とかだろうか。お姉さんが出ていったあと、優里がカーテン越しに興味津々に聞く。


「ねえ、どうだった?どうだった?何カップだった?」


「わからない。ただ、F70と言われたんだが」


「なんかムカついてきた」


「喧嘩売るような事言ってないぞ!?」


 優里は自分の胸を見下ろす。毎日頑張って作っている谷間が虚しかった。


 結局、水色、ピンク、白の3セットを買った。正直、下着で1万を超えると思っていなかった。母から3万円あれば一通り揃うでしょ、と言われポンと渡されたので驚いたが、ようやく納得できた。

 次に案内されたのは洋服屋だった。ユウキは何も考えずメンズコーナーへと進む。


「ユウキ、そっちはメンズ」


「メンズでいいんじゃ」


「こっちよ。ついてきて」


 優里に手を引っ張られ、ジャージ姿のユウキがトコトコと歩きだす。辿り着いたのはスカート売り場の前。


「はいてみて欲しいんだけど」


「いやだよ。恥ずかしい」


「絶対に?」


「……絶対に」


 目が輝いていた。とても断りづらい。


「わかったよ。試着だけだぞ」


 着替えたユウキを優里が見ると、ますます目が輝きだした。こうなると優里は止まらない。結局、ユウキは着せ替え人形と化した。


「ラストだぞ」


 嬉しそうな優里は大きく頷く。無邪気で素直な少女がそこにいた。少し可愛いと思ってしまった。毎度同じく試着室に入り、着替える。そして扉を開けて感想を聞く。


「どうかな」


「ふぇ!?」


「ユウキさん、とっても可愛いです!」


 なぜか目の前に薫とフィリアがいた。


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