みんなの新生活
色々とドタバタしてまして、やっと更新できました。
お待たせして、申し訳ありません。
今、ユウキと優里は先生の車で送ってもらっている。2人とも後部座席に座ったのだが、長いこと接してこなかったので、どう話しかければいいのか分からなかった。車内はラジオの声ばかりが響いている。いつの間にか、ユウキは無意識に窓側に目をやっていた。何に焦点を合わせるでもなく、ただ見慣れた景色に幼い頃の記憶を重ねていた。
不意に先生がユウキに声を掛けた。
「ちょっと東雲ちゃ、君に聞きたいんだけど……」
「なんですかそれ」
「ごめんなさいね、あまりに女の子だから気を抜くとこうなっちゃうのよ」
それを聞いた優里が頷いている。誰が見ても、ユウキ君よりもユウキちゃんの方がしっくりくる。こほんと咳払いをして、先生はルームミラー越しにユウキを見つめた。
「あなた、胸大きいわよ。女性用の下着を買った方がいいかも」
「そ、そ、そんな事できるわけ、な、ないじゃないですか」
ユウキは顔から顔を赤らめつつ、必死に拒否する。
「そうなの? 分かったわ、東雲君。一人で行くのが恥ずかしいなら、白石さんと一緒に行けばいいじゃない」
「「ふぇ!? 」」
2人とも素っ頓狂な声を上げ、顔を見合わせた。
「なんで、あんたなんかと……まあいいわ。私に任せときなさい」
てっきり拒絶されると思っていたユウキは、肯定でも否定でもない曖昧な答えしかできなかった。
「なんだよもう」
頬を染め上げて少し嬉しそうなユウキを見て、先生はフフッと微笑んでいる。それから、10分ほど車に揺られて、自宅の前に到着したのであった。
優里の家は自宅の2軒先なので、俺の家の前で一緒におりた。
「明日も会話してくれないと、部屋まで押しかけるから。それじゃ、明日ね」
優里はクルリと背中を向け、嬉しそうに帰っていった。
ユウキは先生の方に向き直って頭を下げた。今日一日色々とお世話になった。優里との間にあった溝を埋める手助けをしてくれなければ、正直なところ、優里と二度と会話することはないんだろうと思っていた。感謝してもしきれない。
「先生、ありがとう」
「いいのよ」
ユウキがそう言うと、先生は微笑んだ。
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「ただいま」
「お帰りなさい。事情は聞いてるわ。だけど、ほんとにユウキなの? 」
「そうだよ」
「あら、こんなに可愛くなっちゃって。姿は変わってもユウキはユウキよ。だから心配しないで」
笑顔になった母を見て、ユウキは思い出してしまった。以前、母がもう一人娘が欲しいと言っていたことを。
「俺って、あなたの息子だよね」
「難しいことを聞いてくるわね。あなたは私の子供よ」
完全にはぐらかされてしまった。完全に娘として認識されてる。ユウキを見る目がキラキラしている。
「先生、お待たせしてすいません。今日は大変お世話になりました。ご飯が出来たばっかりだから先生もどうぞ」
「申し訳ありませんが、職務規定で禁止されていますので」
「大人数のほうが楽しいんですけど、仕方ありませんね」
それからしばらくして話が済み、俺は食卓に向かった。母はまだ話があると言って先生と話している。ドアを開けると、親父の良治と妹の薫が俺を待っていてくれた。食事はかなり豪勢で、ローストビーフやカルパッチョが並んである。みんなも心配してくれたみたいだし、今日くらいは一緒にご飯を食べよう。そう思い一歩踏み出すと、親父の隣に誰かいた。
―――は?
見知らぬ茶髪の女の子が、ニコニコしてこちらを見ている。家族とどういう関係なのか見当もつかない。
「あなたがユウキさんですね! 今日からお世話になります! 魔女のフィリアです。よろしくお願いします」
―――魔女って言ったな。それにフィリアという名。俺の心と身体をメチャクチャにした張本人である。ギルティである。
「お前が事件の黒幕か!」
フィリアはビクッと震えて、ユウキから目を逸らした。
「家族の一員に対してなんてことを言うんだ」
理解できない事を親父が言い出す。
「そうよ、お姉ちゃんに向かってなんてこと言うのよ、クソ兄貴」
「なんでそうなるんだよ! フィリアは他人だろ」
フィリアは家族という事になっている。どう考えても腑に落ちない。確かフィリアは魔女である。魔法が使えるのである。そうすると魔法で操られているとしか思えなかった。家族を助けなければいけない。
「おい、フィリア! 魔法を使って家族を洗脳したな! 元に戻さないと、こっちにだって考えがあるんだぞ! 」
その場が静まり返った。フィリアはきょとんとしている。どうやら、理解できていないようだ。ユウキが一歩踏み出そうとしたその時、静寂が薫の笑い声で破られた。
「せ、洗脳? エッチな本の読みすぎじゃない? アハハハハハハハハハハ、助けて、腹筋がいたたた、アハハハハ」
「止めなさい薫。崇高な洗脳系を笑いモノにしてはいけないよ」
親父は言ってる事がメチャクチャだ。確かにユウキと薄い本の貸し借りはしている。だけど今フォローする事ではないだろうと、ユウキは家族として、1ファンとして思うのであった。
「まず言っておかないといけない事がある。ユウキは勘違いをしている。俺達は洗脳などされていない。」
「なんで、そう言い切れるんだよ」
「数時間前に先生から母さんへ電話があったのさ。その時フィリアの事を聞いて、母さんは家に住まわせる事を即決したのさ。当然フィリアに会う前にな」
よくよく考えてみれば、玄関で答えが出ていたらしい。母は娘がもう一人欲しいと。母は、5人兄弟のたった一人の女の子として育った。昔から姉妹で生活するのが夢だった。だから、フィリアが家族になる事だって何も不思議な事ではない。
「……わ、分かったよ。ちょっと一人にさせて欲しい」
皆に落ち込んだ背中を向けて、2階にある自室へととぼとぼと歩き出した。
「ちょっと待ってユウ兄、ご飯は? 」
「ユウキさん、ごめんなさい! いつか必ず元に戻しますから」
誰の声も今のユウキには届かなかった。親父はただ黙って、その背中をずっと見守っていた。突然始まる新生活に戸惑うのは仕方がない。親父も、女の子になった自分の息子や、魔女のフィリアに対してどう接すればいいか分からなかった。妻の長年の夢を壊す事は出来ないし、彼女ならばいつか実現させるだろうと心の片隅で感じていた。ユウキには申し訳ないが、母の夢に付き合ってもらおう。今日から始まる新生活が、皆にどういう変化を与えるのか。不安半分、期待半分と言ったところだ。
「ユウキは落ち着くまで一人にしておこう。母さんが来たらご飯にしようか」
こうして、東雲家の新生活が始まった。