第31話 龍退治
龍…強大な力を秘めた自然の体現とも謳われる生物。火、水、風、土、雷の五元素からなるものや、光、闇と言った特質的なものもいる。
人や生命体がこの世に生まれる前の悠久の時から彼らはこの世界に住まう。偉大であり強靭な種それが龍。しかしそれらを人は良しとしない。
彼らは自然に準する者、逆に人はそれに抗う者、両者が分かりあうことはない。今の一度も人は龍を狩る。それが自然に組みし、繁栄の妨げになると知っているからこの地に後より生まれた人は龍に戦いを挑み抗い続ける。
他の種族も領地を土足で踏み荒らす龍を良くは思わない。だが人ほど愚かではない。その他種族たちは龍に畏怖の念を込め時には竜王神話とあがめ奉る。
止む追えず争うことを選ぶこともある。しかし人ほど欲深くはない。龍がもたらす恩恵を根こそぎ奪い取るが人、それを良しとしないのが他種族たち、人すなわちこの世界の人に最も近しきリジンヌ、彼らも数百年たった今も人の持つ欲深さを受け継ぎ、繁栄の意図を辿る。しかしそれもまた生きるための常、生きるために命を奪うは背負いし罪。
この世界に現れし選ばれし者の少年は何を選ぶのか…
グランドラゴンを目撃してから、早や数日が経過した。その間、ギルドから派遣された腕利きの冒険者たちがグランドラゴン討伐へと向かった…しかし誰一人として目標を討伐したものはいない。
やはり自然の体現と豪語される存在だけはあろう。いくらちっぽけな人が束になっても勝つことはできないのだろうか、誰もがそう思っていた。そんなさなかギルドマスターの伝令により皆が集められた。
「よく集まってくれた皆の衆よ。今回この場に呼んだのは他でもない、グランドラゴンについての現時点での情報を、更には皆に伝えなければならない事があるからだ。」
ギルドマスターの話に一同ががやがやと騒ぎ出す。まだ本題すら話してもいないというのにこの騒ぎよう、皆の注目はやはりグランドラゴンに存在に向いているようだ。
「まぁ落ち着け、我々ギルドはこの脅威を、レベル4に格付けした。」
「…レベル4だって…」「…おい嘘だろ…」
より一層、皆の不安は高まっていくばかりだった。レベル4…勘のいい人はおのずとその意味が分かるだろう。レベル4とは街や村など人が集落を形成した場所などに設けられるその場所に迫る危険度を1~5の五段かで定めたものだ。
1と2はさほど危険な状態ではない。3は注意を呼びかけるほどの危険度。4は街に被害が及ぶことを示している。最後の5は街の消滅、その街に住まう者や何もかもを対象と共に消し去る。いまだかつてレベル5に到達した事態は報告されていないが、この街を初にさせるわけにはいかない。
「そこで我々はある団体にこの事態の収束を依頼することにした。ここから更に北に行った、ラウンズに拠点を構えるエクシオン聖騎士団に龍退治の依頼を申し出た!」
「エクシオン騎士団だって!」「あの名高いエクシオン騎士団…!?」
一同その名にとても驚いた様子だった。しかし真琴にはピンときていない様子だった。
「エクシオン騎士団?」
「そうでしたね、真琴君には話していませんでしたね。エクシオン騎士団、元老院直轄の聖騎士団です。主にカテゴリーAのモンスターを討伐に特化した。最強の名高い集団です。」
アイリスの説明通りエクシオン騎士団は最強の名高い騎士団だ。主にカテゴリーAのモンスターや龍退治をメインに活動している。そして驚くべきことに騎士団に所属する名のある騎士たちは皆、聖剣の類を所持しているとか、この世界で聖剣一振りで兵士千人分にも匹敵するほどの力があるとか、それだけ強大な力を携えたのがエクシオン聖騎士団なのだ。
「そしてここに、エクシオン聖騎士団から文が届いた。今この場で確認しようと思う……」
ギルドの皆が、おそらくは協力を願っているだろう。エクシオン聖騎士団が来れば鬼に金棒、もはやグランドラゴンの脅威など無いに等しいと言えるのだが、ただ期待をするだけでは、もしその期待が弾けたときに大目玉を食らう。それは避けたいところではあるのだが、果たして…
「なぬ…」
ギルドマスターの表情はその言葉の後に一気に曇った。今までの威厳というか活気というのか、精魂が抜けたようにうなだれた。手に持っていた文はゆらゆらと宙を舞い地面に落ちる。それを拾った冒険者の一人が概要を暴露する。
「たくマスターは、そんなうなだれて…何々…要請は容認できないッぃィィ!」
大声を張り上げ皆に知らせる。一同驚いた様子で不平不満を垂れ流す。
「でたらめ言ってんじゃねぇだろーな!」「天下の騎士様がそんな…嘘だろおい!!」「じゃぁやっぱり!」「もおしまいだぁぁぁ」「所詮はお高く留まった野郎どもかよ!」
「奴ら俺たちの事や、この街の事なんてどうだっていいんだろうよ!」「クッソぉ!薄情な野郎どもだ。」
いくら待っても一同の不満は止むことはない。そのまとまりのない状況をギルドマスターの一声で静まりかえる。
「静かにせぇェェェッぇ!騎士団方にも事情がある。文の続きにはまだ続きがある!あの方たちは現在、ラウンズ平原に現れた。古龍と対峙中じゃ…そこに殆どの騎士を派遣しておる。」
「古龍だって…」「…」
その場が一瞬にして凍り付いた。古龍はカテゴリーSに分類される世界最強のモンスターで、殆どは古文書や神話、御伽噺でしか語られない。存在すら怪しまれる悠久を統べるモンスター、一般的に有名なのが古龍で、カテゴリーAの龍やカテゴリーBに相当する飛竜や獣竜などの祖とされる。
その脅威は天変地異を引き起こし、存在自体が天災とも恐れられる自然の驚異を実体化させたと存在とも言い伝えられる。もし進行を食い止められなければ世界の終わりといっても過言ではないだろう。そうなればグランドラゴンなど街一つで済むなら安いものだろうし、おそらくはそういう判断なのだろう。
「古龍が現れたとなれば力を貸せないのも無理ないですね。」
アイリスは諦めたような口ぶりだった。真琴も打つ手がないと握った拳を解き放とうと思ったが、やはり諦めきれなかった。自分に何かできればそう思った。だがたかが人間一人に何ができよう?そう一人なら…真琴は考えた。
一人の力は小さくても皆で力を合わせればその力は大きくなるのではないか?外からの助けが来ないなら内側にいる者たちで力をあわせ立ち上がればいいだけじゃないか?
「なぁ、聞いてくれぇッ!!」
一同が真琴をみた。真琴を見るや否や辺りがざわつきだす。ギルドでは腫物を扱うように見られる真琴たち、新参者が出しゃばった行為をしていると思っているのだろう。冷たい視線があらゆる方向から向けられる。普通ならこんな劣勢の立場で物が言えるはずはない。
しかし今の真琴はほんの少し前よりも変わった。少しは他者を気遣い寄り添うことができるようにもなった。生きていくうえで人の関りが必要不可欠な事も知った。今までの意地を張っていた自分が哀れな事も、命を張って生きる中で知った。だからこそこの場は一歩も引けない!自分の考えを伝えなければならないのだから。
「…この状況を皆で解決しないか?この中にグランドラゴンに挑んだ奴もいると思う。しかし悉く敗れた…外からの応援も来ない。ほんとの本当に危機的状況だ。まだ岩場に留まっているかもしれない、けどこのまま落胆するだけじゃ何の解決にもならない。なら!ここにいる皆でグランドラゴンに立ち向かわないか?」
真琴の言動に一同驚いた様子だった。しかし誰一人立ち上がるものはいない。けど必ず心は揺さぶった。皆の心には届いたが勇気が出せないだけだ。拳を強く握る真琴の隣で一人立ち上がった。
「皆さんこう思っているんじゃないんですか?自分には何も出来ないと…確かに私たち一人一人は、ちっぽけな力です。ですが、そのちっぽけな力も二人…三人…そして十…百…千と、増えれば増えるほど強く、大きくなります。ここにいる全員必ず果たせる役割があるはずです。ギルドの皆が一丸となればグランドラゴンの脅威も押しのけるのは可能だと思います。」
アイリスも立ち上がった。個々の力を一丸に合わせる、真琴が言いたかったそのものだ。一同の視線が更に煽いだ。あと一押しだあと一押しで消えかかった心火が灯る。だがその一押しは二人から出なかった。
決定的な信頼感が二人にはない。そんな中思いもよらぬ者が声を上げた。
「いいんじゃないか。その二人が言っていることに乗るのも」
いったい誰が声を上げたのか辺りを見回す。皆が向ける視線にはアイツがいた。このギルドに来た時、真琴に突っかかったあの男がまさか賛同するとは思いにもよらなかった。
「あのルードが…」「まさか…」
一同、更に心の揺らぎが見えた。その揺れ用は真琴やアイリスの言葉より格段に上をいっていた。そしてあの男…ルードは見ない投げかける。
「少年の言うように、今は危機的状況だ。助けもこないこんな中、ただ落胆するのは俺は性にあわない。皮肉なことに俺のパーティも一度敗北した。少数でダメならいっそ、ここにいる全員でかかれば可能性はあるはずだ。皆共に戦おうぞ」
ルードの呼びかけで、一気に皆の選択は決まった。
「俺も戦うぞ!」「私も戦うわ」「わしもじゃ!」
一人、また一人と声をあげ立ち上がる。たった一人の大きな存在がこうも集団を動かすことができるなんて、真琴は凄いと思った。けど、うかうかしてはいられない。まだ出発点に立ったに過ぎないのだ。これから脅威との対峙が始まる。ここからはギルドマスターが指揮を執ることになった。
「みなの心が一つになったのは、良いことじゃ。はじめに声を上げてくれた真琴。そして皆に感謝する。しかし出発点に立ったに過ぎん。これからどうやってグランドラゴンを討伐するか皆に案を出してほしい。なにかないか?」
早々に案をと言われてもそう簡単に案はでない。一同は黙り込む。やっと案が出たと思えば他愛のないものから、それほど効果のないもの数多くの案が出た。しかし、未だ解決となる案は出ない。かれこれ一時間はたった。ギルドマスターもため息を零すほどに強大な力に打ち勝つ案は思いつかないのか。そんな中真琴は何か思い当たる節があるのか、ダメもとで提案してみる。
「あの…使えるかどうか分かりませんが、幅の狭い岩場にグランドラゴンをおびき寄せるのはどうでしょうか?」
「狭い岩場とな。なぜそこに?」
「もっともらしい理由としては、グランドラゴンの動きを少しでも制限できるんじゃないかと思って…高さがあれば落石で動きを止めて…なんて思っただけです。」
ギルドマスターは少し驚いたような顔をして、隣にいる受付嬢に地図を持ってくるように指示を出した。
「…あるぞ、狭い岩場。南下した先にしかも構造的に谷のように固定差もある。それにこれは…湖畔…こんな岸壁に上に湖畔が…これは使えるかもしれん。」
ギルドマスターに何か妙案が思いついたようだ。
「皆の者。一つこの作戦に乗ってはくれぬか?」
説明なしの問答だが皆その作戦に乗ると、声を上げた。
「ここからが、作戦内容だ。まずは三班に別れ行動を行う。一つは陽動班、続いて施錠班、最後に落石班だ。陽動班は文字通りグランドラゴンンを所定の場所まで陽動してもらう。次に施錠班が谷に今回の作戦で使う現在設置予定の水門を閉じてもらう。最後に落石班が湖畔を決壊させ水を流し込み岩を落とす。それでグランドラゴンを水の中に沈める。」
まともな作戦だ。生身で戦って勝てないのなら、地の利を活かし相手を罠に嵌め奇襲する。もっとも理に叶った戦い方だ。そしてすぐさま三班に分かれた。真琴たちは落石班に任命された。残りは陽動、施錠の二班に分かれた。
だが、万が一落石でグランドラゴンをやれなかった場合、確実に戦闘になる。それを考慮してルードを筆頭に腕利きの冒険者で中隊程度の人数ではあるが戦闘班を加えた。
それから数日の間、水門の建設や、グランドラゴンの追跡など、着々と作戦の準備が進められた。いまだグランドラゴンはあの岩場から立ち去ることはない。だが、それが原因で岩場に住まうモンスターが住処を追いやられ頻繁に村に押し寄せてくるようになった。
毎日毎日、街に残る冒険者や自警団と協力して撃退していった。作戦計画から早一週間。ついに水門が完成した。そしていよいよ明日グランドラゴンとの戦いだ。
「皆いいか、いよいよ明日が決戦の日だ。この戦いは我々の全てを懸けた戦い、しくじればその先はない。しっかりと役割を果たし奴の息の根を止めるのだ!」
「「うおぉぉぉぉ!!」」
いよいよ明日がグランドラゴンとのすべてをかけた戦いだ。この戦いに敗北すればギルドに未来はない。明日の戦いのため今日は早めの解散となった。
その2へ続く。




