目覚める力 その2
遂に騎士との戦いです。
両者とも攻撃の合図を待つ。風が広間に吹き抜けるその時どこから運ばれてきたか分からない葉が、ゆらゆらと舞う。そしてその時は訪れた……揺らめく葉が地面に落ちた瞬間、両者の剣が音を立て重なり合う。
金属が反発し合い、火花を散らす。力は互角か、いや!?その一瞬、騎士が仕掛ける。先の戦いと同じく、盾を使って殴る。
それを後ろに仰け反り交わす。すかさず真琴が左から右へ大振りに剣を振る。騎士はバク宙回避で容易く交わす。
言葉すら放つことなく、両者とも構えを整える。真琴は左手を前に突き出し、剣を持った右手を顔の高さまで引き戻す、そんな構えをとる。
騎士は盾を水平に構え、盾に剣の腹を据えた変わった構えを取った。
両者の剣がぶつかり合うかに思えたが、切り込む瞬間に、騎士は異様な構えから攻撃に出た。剣を盾で擦らせて勢いよく、回転斬りを浴びせる。
運良く真琴の剣に衝突し、剣ごと左舷の方向へ吹き飛ぶ。絶大な威力だと言うことが一目で分かった。
まともにくらえば即死、たとえ防いでも武器が吹き飛ぶ。今回は運良く武器を掴んで居られたが、次がそう上手くいくかは分からない。
真琴は立ち上がり、回転斬りを打てないよう、間合いを詰める。騎士に反撃が通じないは前の戦いで知っている。だが、いなし技の反撃・閃なら攻撃が通るかもしれない。その可能性に掛けて真琴は好機を窺うように応戦する。
「…どうした、剣が乱れているぞ」
「何!?」
騎士には真琴の心理状態が恐らくながら、分かっていた。先の戦いでの敗北、屈辱。そういった感情が内面から漏れ出し、剣にまで現れていることが手練れである騎士には剣を交えることで伝わったのである。
「…所詮は女一人守ってやれない半端な力…」
真琴のその感情を逆手に取ったか、騎士は挑発を仕掛ける。
「黙れぇ!」
その一言と共に、真琴のリミッターは外れ、更に剣が乱れる。
(あいつだけは……何があっても殺す!)
「はぁぁッ!!」
一撃、二撃とたて続けに剣を振るうが、容易く受け止められ、盾や鍔で殴られる。その度に地面に倒れ起き上がり、また倒れ起き上がりと何度もそれを繰り返す。時に反撃で攻撃を変えそうにも、盾の固有技「神の盾」により悉く攻撃は相殺される。
ならばと怒り交じりで反撃・閃で攻撃をいなし派生するも、「神の盾」の前では攻撃事態が無力にも思えた。最早その決闘は見るに堪えないものだった。傷つきながらも決してあきらめることなく格上の相手に挑み続ける。
もう体は限界に来ているはずなのに、‘騎士を殺す‘という殺気だった執念が真琴を掻き立て、何度も立ち上がらせる。まるで復習にかられた鬼のように…
そんな哀れな姿を見かねた、騎士が真琴に止めをさす。
「…哀れな奴だ。」
最後の言葉を言い残し、真琴に渾身の一撃をお見舞いする。真琴はそんなことも知らずに、ただ目の前にいる騎士を倒すことだけしか、頭になかった。少しでも冷静さが残っていたなら、ほんの些細な異変に気付けていたはずなのに…
真琴の一撃は「神の盾」ではなく盾本体で受け止められた。そしてタイミングよく弾き替ええされる。その次の瞬間!?騎士がバツ字に真琴を切り裂く。よけることなどできず、胸元にX字の裂傷をおい、大きく後ろへ吹っ飛び壁に激突する。
「ぐあぁぁ…ぁ…ぁ……ぁぁ…」
真琴の右手から、刃折れの剣が落ち、地面に転がる。真琴は壁に埋まったままだった。そこに誰もが死んだのだと思った。真琴は薄れゆく意識の中で確かに聞き取った。アイリス悲しむ声が……
しかし、風前の灯火の意識はいま消え果た。
そんな時だった、どこからか声が聞こえた。聞いたことのある言葉が何度も繰り返される。
「…光を見失うな…光を見失うな……光を見失うな」
微かな意識で言葉に反応する。
(…光を見失うな…光……?)
その光という言葉に真琴は、何かを連想した。それはアイリスのことだった。前にも同じことがあった、走馬灯のように彼女のことが頭をよぎる。
(前にも確か……!?)
その瞬間、真琴の中で何かが変わったその何かとは、‘騎士を殺す‘ということが、本来の‘アイリスを助ける‘ということに移り変わった。
同時刻、壁に埋まった真琴の体は地面へと転落する寸前だった。誰もが死んだと思っていたが……
なんと、寸前で手と膝をつき着地した。この場にいた者たちが全員驚愕する。
「ば、馬鹿な!君に止めを刺したはずだが……!?」
真琴は何とか生還した。
「思い出したよ……俺が戦う理由。何故か気付かぬうちに忘れてた……俺はあんたを殺すためにここにいるんじゃない!アイリスを助けるためにここに来たんだ!」
「それがどうしたと言うんだ?」
真琴は自分の気持ちを素直に述べる。
「…分かってたつもりでも本当は分かってなかった。気付かぬうちに光ってやつを見失っていたんだ……だけど今はその光ってやつが見えたよ、」
「いったい何が言いたいんだと聞いている!」
真琴が唐突に話し出す事に騎士や、その場にいる一同が困惑している。
「…要はあんたのおかげで、少しは冷静になれたって事かな?」
「なんだと?」
「それを踏まえて、今の俺はあんたに負けない!例へ命に代えても俺はアイリスを救い出す!!」
真琴の見出した答えは、確かな力となり今やっとその前に姿を現した!
突如として真琴の剣が光に包まれる。そして刃折れの剣の姿が変容していく……折れた刃先は倍以上の長さに伸び、鍔や持ち手部分が大幅に変容、見事なまでの長剣へと変化した!
この事については真琴自身が一番驚いていた。
「…剣が、変わった!?」
へしゃげた剣から見事なまでの長剣へと変化した事に騎士は驚いた。
「…あのへしゃげた短剣から、どうやって長剣に変わったんだ?よもや術の類か……?」
術の類と言うよりかは、これが真琴の中に眠る本来の力なのかもしれない。今まで何度も不思議な事が、戦いの中で起こった。
それ自体が力の片鱗であったのかもしれない。真琴は今、内側からとてつもない力が沸き立つのを感じていた。
そしてそれに連動するかのように剣も真琴の意思に応えたとも、言えるかもしれない。
「…なにわともあれ、行くぞ!」
「…どんな術の類かは知らないが、所詮は見かけだおしだろ!」
叫ぶと同時に互いの剣がぶつかり合う。そして先程までの戦いとは違い、剣が重なり合うと、とてつもない衝撃を生み出す!
近場にいた衛兵達が尻もちを着くほどの衝撃……その余波は二階のテラスにも及ぶ、アイリスの髪が靡くのが目に見えた。そして小太りの王ベルナールも風圧のあまり顔を逸らす。
「…馬鹿な、今の君にどうやったらこれ程の力が出せる…!?」
「この原動力が何かは良くは分からない。けど胸の内側から沸き立つのは分かる!」
「小賢しい!」
騎士は盾で攻撃を仕掛ける。その攻撃を剣の腹で受け止め、二激叩き込む。しかし二激とも「神の盾」によって阻まれる。
その後に剣での振り下ろしが来ることを察し、一度後ろに避ける。そして大きく踏み込み切りつける!
「はぁぁッ!」
騎士はそれを剣で受け止めた。今まで余裕そうだった騎士の顔にほんの少しの曇が見えた。
急激な力の変容に、騎士は驚き、対応が間に合っていないと真琴は思った。
「…あんた、少し焦ってんだろ?」
「…何を言うかと思えば……そんなはずはない。格下の君に、焦りだと?バカバカしぃ!」
騎士は真琴の剣を払い、盾で吹き飛ばす。ゼロ距離から繰り出された盾バッシュは初速も早く、いくら力が漲る真琴でも一撃を貰う。
しかし剣を地面に刺し、攻撃に耐える。地面から剣を抜くと真琴は騎士に切っ先を向けた。
「…心に魔が差したあんたの攻撃じゃ、今の俺は負けない。」
「…ならば、来い!」
「言われなくとも、こちらから行く!」
真琴はこの一打に全力を注いだ。今までよりも強く地面を蹴り加速度の限界まで高め、まさに全身全霊の一打を放つ。騎士はあまりにも単調な攻撃だと、容易く神の盾で受け止めるが…
あろうことに、真琴の一撃は食らいつく、盾を砕かんと言わんばかりに気迫する。
「…くぅ!!」
流石の騎士も、この一打は堪えたようだ。その証拠に真琴の攻撃を相殺できていない、何より一歩もその場から動くことができないほどその一撃は堪えている。
「…何としても、俺はあんたを倒し、この場でアイリスを救う!」
真琴の意志に共鳴してか、剣が輝きだし更に力を増した。そして騎士の足が後ろに下がる。最早耐えることすら容易ではなくなってきていた。
「…ぬうぉぉぉ!」
騎士は叫び、必死に耐える。しかし、騎士の心は折れずとも他の物が音を立てて崩れ始めていた。じわじわと盾に亀裂が生じる。「神の盾」はあらゆる攻撃を防ぐ、しかし絶対ではなかったようだ。そしてついに盾は飛散した。
その刹那の一瞬に騎士は剣の軌道上に自身の持つ剣を侵入させるも、あっけなく粉砕される。その直後に騎士は本能的に後方へ回避行動を取ろうとするも、刹那の時間では完全に剣の軌道から外れることはできなかった。胸元に袈者の傷を負い、反動で後方へ大きく吹っ飛ぶ。その直後、途轍もない轟音と共に壁に激突し石レンガが崩れ落ち砂煙が舞う。
真琴は騎士との決闘に勝利した。騎士の武器の破壊時点で真琴の勝利は確定し、おそらく壁への激突で再起不能であろう。近くにいた衛兵が、勝負の勝敗を告げた。
「…この決闘は、反乱者真琴の勝利。」
真琴は騎士を打ち取り、今にも感極まりたい気分だったがその結果に不服を申す者がいた。
「我は認めん、認めんぞぉ!こんな結果我は認めん。衛兵どもその反乱者をさっさとひっ捕らえろ!!」
王の突然の激情と命令に衛兵たちは互いに顔を合わせる。この中に誰一人として王の命令に逆らえるものなどいなかった。
そして真琴に対して矛先を向ける。その数は数十人ほどだが、真琴の体は限界に来ていた。
剣を構えようとすると、剣の重さに体がよろめく。先程の戦いで受けたダメージが今になって真琴の体に全て回り出す。
この状態ではまともに相手も出来ない。まさに絶対絶命の危機とも言える。
「…くそォ!」
打つ手はないのか?もはや諦めかけた時、大声を張り上げ奴が目を覚ます。
「静まれぇぇええええ!」
その場にいた衛兵たちは、あまりの気迫にその場で静止する。ベルナールも額から汗を流すほどに、猛々しい叫びだった。
騎士は腰に隠し持っていたナイフを真琴の方に向けて近づいてくる。この仕草はまだ戦えるという意思表示なのか?そう考えていると騎士は思いもよらぬ行動に出る。
あろう事に騎士はそのナイフを王に向けて投げる。ナイフは綺麗に真っ直ぐ、王の顔の横にある壁に刺さる。
その行動にベルナールは声を広げる。
「シュバルツゥ!き、貴様、我に切っ先を向けるなど!ど、どう言う事だ!!」
騎士シュバルツは王に向かってこんな事を言い放つ。
「…王よ貴方は神聖な決闘を愚弄した。」
「ふ、不届きものに神の御加護などあるはずがない!こんな戦いはその点を踏まえて、非公式だ……」
ベルナールが最後まで言葉を言うのを待たず、シュバルツが声を上げた。
「愚か者は貴様だ!これは騎士と騎士による正当な決闘であり、神の御加護を受けた騎士長である私に、王であるそなたがそれを否定するとは…恥をしれ!」
使える身であるにも関わらず、シュバルツは一歩も引く気はなかった。真琴の中で彼の評価が少し変わった。
「もし、それでもなお食い下がらぬと言うなら……この手で………」
あえて最後まで言わなかった。シュバルツは王に向けてとてつもない殺気を放つ、その殺気は近くにいた真琴も感じ取っていた。
アイリスをさらわれた時、最後に放ったあの殺気と同じものだと……
その殺気に気圧され、ベルナールはアイリスを下の階にいる真琴に返すように要請した。
真琴の元にアイリスが返還される。
その直後に真琴は地面に崩れ落ちる。最早立つことすらままならないと言った状況だった。
アイリスの肩を借り、その場から立ち去る。
なぜだか助けたはずが逆に助けられた形になってしまった。真琴は少し不甲斐なさを感じる。
じわりじわりと真琴の意識が遠のいて行く、ハッキリとした視界が朧気に揺れ、気がつく間もなく、その眼は閉じた………
真琴は深い眠りの中へと誘われた…………




