第23話 森の先へ
いざ森の奥へ…
あっという間だった。この村に来て、今やっと森を通りアイリス奪還へと走り出せる。少年はやる気に満ちていた。今の自分なら出来ないことはないと自負していた。しかし、真琴のアイリス奪還への道は平坦な一本道とは行かなかった……
まだ朝日が立ち込める早朝に、真琴は出発することにした。珍しく真琴は早起きができた。普段ならもっと遅くまで寝ているが、今の彼は燃えていた。その炎がどこまで保つかは分からないが、行ける所まで行くつもりだった。コウガ村の人達が見送りに来てくれた。皆真琴に声援を送った。そして長であるリョウヒも真琴に声援を送った。
「あなたなら必ずお仲間を救い出せると願っています。」
彼女からの一言で心がくすぶられた気がした。真琴は笑みで答える。
「ありがとうございます。それに物資まで分けてもらって…」
「それ以上はいいですよ。それよりも、あなたに伝えなければならないことがあります。」
さっきまで明るかった顔が、急に真剣な顔に変わった。真琴はその変わりようを見て少し身構えた。
「迷いの森の奥地、ユリゼア。その先にガイア山脈があります。ガイア山脈を超えれば王都クーデリアです。一日も掛からずいけるはずです。」
「何から何までありがとうございます」
真琴は一刻を争う猶予はないと思っていた。そのため、今すぐにでも出発したかった。その衝動は抑えきれず、真琴はリョウヒに軽く会釈をし、先へ進もうとした。その時リョウヒに呼び止められた。
「…真琴さん!、ユリゼアの森に入ったら、迷うことなく走り抜けてください。」
なぜそのようなことを言ったのかわからなかったが、あまり深くとらえず先に進むことにした。
コウガの村を出てからすぐのところに立札があった。『…これより先は、入るべからず。』いかにもな立札だと思ったが、死ぬわけでもないと軽はずみな考えで先へ進む。迷いの森の奥地ユリゼアは、さっきまでの迷いの森とは、いっそう雰囲気が違った。木漏れ日が差し、まだ明るさがあると来るときは思えたが、奥地に入ってからは、木漏れ日などほとんどさしていない、それどころか、陰鬱な空気も漂える。真琴はリョウヒに言われたことを既に忘れていた。『ユリゼアの森に入ったら、迷うことなく走り抜けてください。』この意味を軽はずみにとらえたことを、真琴はこの後後悔することになる。
森の奥地は木々が生い茂り、歩くのがきついと思えるほど、入り組んでいた。するとうしろの物音に気付く、この森に足を踏み入れたのは、真琴ただ一人、そこに活けつく動物かもしれないと思ったが、そうでもなかった。カチャリと何か、揺れる音がしたからだ。でもその何かはわからない。足を止め、後ろをふりむいた。
「…いったい何者だ、俺にこそこそついてきてぇ………」
真琴は思わず言葉を失った。後ろに立っていたものは、人でも、動物でも、モンスターでもない。真琴が目の当たりにしたのは…甲冑。おまけに、世界観に似つかわしくない、日本の甲冑を模したような立ち姿の何かが、後ろにいた。
鎧…武者…」
真琴の口から言葉が零れた。絵でしか見たことなかった甲冑が、現に真琴の目の前にいる。顔は鬼のような形相で、兜の鍬形は、異様にとげとげしくも勇ましく、力の象徴といっても過言ではない。全身銀色に輝くフルメタル。腰には刀を携えている。すると、目の前の鎧武者の口元が少し動くと、辺りから
声がこだました。
「…森を脅かすものは……排除する…」
こだました声が途絶えると同時に鎧武者は、刀を抜いた。そしてこちらにひとっ飛びし、刀を振り下ろす。寸前でかわすが、すぐにまた切りかかる。何とか剣を鞘から引き抜き、こちらも応戦するが、一撃一撃が重く、そう簡単には攻撃はできそうになかった。それから何度も、鍔迫り合いが続いた。あるとき真琴は思い出した、リョウヒが言っていたことを、『…今から数百年前にこの村を救った英雄・・・この森を守り抜いた英雄がいたと…』真琴はそのとき確信した。今、目の前で対峙している鎧武者こそ、この森を守り抜いた英雄なのではないかと?…だが数百年たって生きているはずがない。なら思念か術者の傀儡の線が濃厚だと、そう思った。ならばとそれを確かめるために、策に出た。
「さぁ、かかってこい」
一度距離を取った、すると鎧武者はこちらに駆け寄り、切りかかる。真琴は何事もなく普通に受け止めた。すると鎧武者が勢いよく後ろに吹き飛んだ。吹き飛んだ武者は甲冑ごとバラバラに散らばった。やはり中身はいなかった。
「…反撃……」
小さく技名を呟く、これで鎧武者を倒したかに思えたが、真琴は依然としてバラバラになった甲冑に切っ先を向ける。するとバラバラになったはずの甲冑がみるみる内に元に戻っていった。その時に、青白い光が見えた…!そこで真琴は確信した。
「…エクトプラズムだったかな」
真琴は思った、エクトプラズマなら必ず術者が居るはず、そこをたたけば勝機はあるかもしれない。真琴はすぐさま行動に出た。逃げる形になるが、ここは術者を叩く方が早く、危険も少ない。無理に鎧武者を倒そうにも、今の力じゃ甲冑を粉砕することなど出来ない。反撃でも傷一つつかないあのボディーに、勝機は見いだせないと悟ったのだ。だが、鎧武者はこちらを視認し、刀を空へ掲げると、刃が白く光り出した。そして白く光る刃を数回こちらに切りかける。すると白く光る刀身から、斬撃がこちら目がけて、襲いかかった!?何とか数激交わすことはできた。そして運良く、木陰に隠れる事ができた。これなら、やり通せるかと思ったが、その直後、背中に痛みが走った。焼けるように熱い痛みが背中から全身の痛覚へとよぎる。
「ぐわぁぁぁ!?」
何が起きたのか分からなかった。例え切られたとしても背中じゃなく、胸を切られるはず…後ろには木があったはず、別に木が切り倒された訳ではなく、真琴の背中だけが切り裂かれている。頭の中が混乱していた。すると、何かに勘づいた真琴は咄嗟前に飛び込む。その一瞬、木に刀身がすり抜けるのが見えた。その光景を見た真琴は納得した。武者の刀は物体をすり抜けられると……つまり、木の裏に隠れても木自体をすり抜けられ、対象を攻撃できる。この場は完全に鎧武者が有利だった。傷を負い、逃げ場のない状況だが、ここは逃げると言う選択肢しか頭の中にはなかった。真琴は必死に逃げた。敵戦逃亡という、恥を知りながらも逃げた。しかし鎧武者は逃がしてなどくれず、真琴を追いかける。
「く、くそぉ!」
追いつかれる度に、剣で攻撃を受け止め、わざと後ろに仰け反り距離を稼ぎ逃げる。このままでは死ぬそう思った。
まだジリジリと背中が痛む、それでも懸命に走った。だが、真琴は何かにつまづいた。真琴はつまづいた先を見ると、そこには人骨があった。人骨は手を伸ばし地面で力尽きていた。片手には杖を持っていた。真琴は思った、おそらくここに転がっている人骨は術者のものだと。これは真琴の推測だが、術者は英雄の霊を甲冑に定着させた。しかし英雄の思念が強すぎて、逆に殺された。術者は死んでも、思念だけでこの森に侵入したものを殺す。それだけの為にこの鎧武者は活動しているのだと思った。
その間も武者はジリジリと迫って行った。真琴は尻もちを着いたような体制にまでなったが、半分諦めていた。自分もここに転がる人骨と同じく、無残にも殺されるのだと、真琴の目の前に立ち伏せた鎧武者は、刀を高く掲げ振り下ろした。真琴は目を瞑った。最後にアイリスを救えなかった事が悔いだと思った……………
だが!?真琴は死んではいなかった。恐る恐る目を開けると、真琴の頭の僅か数センチのところで刃は止まっていた。
こんな奇跡みたいなことが起こるはずがない、そう思った。だが現に、真琴は生きている。そのいかされたといってもいい意味が分からなかった。
「…嘘だろ、俺……生きてる。」
真琴はほっとした。その目の前で鎧武者は刀を鞘に収めた。まるで戦う気を無くしたかのように、真琴に背を向け立ち去ろうとした。真琴は不思議に思った、術者を殺してでも(仮説)対象を殺し、森を守ろうとする鎧武者が、簡単にあきらめるはずがない。地面に転がっていた石を手に取り、武者に向かって投げた。すると、いつ刀を抜いたのか分からない速さで石は粉々になった。
真琴は立ち上がり、武者に近づこうと一歩前に踏み出すと、目にも止まらぬ速さでこちらに切りかかってきた。真琴は驚いて後ろに下がった。するとまたも武者は真琴のギリギリの所で止まった。
「まさか………」
真琴はこう思った、今自分がいる所が、ユリゼアの区切りではないのかと。来る時に、立て札があったように、森には明確ではないが境界が存在する。武者はユリゼアに侵入したものしか攻撃しないのだろう。真琴があの時の偶然ユリゼアの境界線を超えていたから、切っ先が止まった。そう解釈した。武者はしばしこちらを見つめ、ユリゼアの奥へと姿を消した……
まだ、傷が痛んだ。真琴はポケットからポーションの瓶を取り出し口にした。とてつもなく苦い味が、口の中に染み渡った。元の世界で飲んだ薬の方が幾分かましなことに気付いたが、今は応急処置に専念する。コウガの村の村人が、食糧以外にも包帯も分けてくれた。おそらく荷物も何も持たずに森を抜けようとする真琴への情けというやつなのだろうか。その間に、真琴は傷口に合わせて包帯を巻き、最後に肩できつく結んだ。ひとまずはこれで先に進めるとまっすぐ道を進んだ。
ほどなくして、ガイア山脈の入り口と思しき洞穴を見つけた。洞穴は見るからに真っ暗で、数メートル先も視認できないほどに闇が広がる。どうしたものかと首をかしげていると、足元に木の棒が見えた。迷わずそれを拾い、辺りを見回す。すると運よく、樹脂油が表面に流れ出た木を見つけた。刃折れの剣で、ズボンの裾を切る。その切った布に樹脂油をしみこませ、木の棒に巻き付ける。そして剣に何度も石を当て何とか火花を散らし引火させようとするが、うまくいかない。何度も何度もめげずにやり続けた。すると何十回やったか忘れたころに、やっと火が付いた。
「よっしゃー!」
思わず声が漏れる。これで先に進めると、真琴は松明を手に洞穴の中へと足を踏み入れた。
真琴君は無事ガイア山脈を越え、王都クーデリアに辿り着けるのでしょうか…




