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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第十六話

「いやはやハヤ、この状況状態に置かれましてはサゾ、サゾ!! 心を痛めておいででショウ! 心中お察し致します致しかねマス。 ですがですがデスガッ! これもワタクシたち鴉の意向であり意思であり意義なのでぇえええゴザイマスッ!」


「テメェ……!! 櫻井は関係ねぇだろ! あいつは感染者でもねぇ、お前らにだって何もしてないはずだッ!」


 大袈裟に身振り手振りで言い放つエドワーズに向け、桐沢は言う。


「いやいやいや? イヤイヤイヤ? 何を仰いますか何を口走っちゃいますカっ!? 関係ありありオオアリではぁあああああああアアア!? だってホラ、お友達ではないデスカ! あなたと! 彼女! 大切な大切なタイッセツな!! お友達ィイイイイイ!!」


 自身の体を抱え、身を震わせながらエドワーズは叫ぶ。 狂気と狂喜に染まった声は辺りに響き、木霊する。


「ああ嘆かわしい! それでもあなたは親友なのカッ!! 彼女の唯一無二の掛け替えのない親友なのかッ!! なんて無礼でなんて厚顔でなんておぞましいコトなのですか……罪人、あなたは罪人デスッ! 凶悪な、おぞましくも恐ろしいザイニンッ!! そんな罪人には神からの罰を……神罰をッ!!」


 両手を空へと向け、エドワーズは掠れた声で叫ぶ。 その直後、桐沢と東雲の耳を(つんざ)くような爆発音が響いた。


 二人は同時にその方向へと顔を向ける。 感じるのは熱風、火薬の匂い。


 ――――――――校舎の一角が、燃えている。


「これぞ罰ッ! まさに神罰ッ! ああ、あああああぁぁぁァァァ……うう、ウゥウウウウウウ!! 美しい、なんて美しい……」


「てんめぇ……ッ!!」


「いきなり殴りかかるとはカンシン致しませんセン? ワタクシ、あなたの醜悪サに心底怯えてオリマス!」


 桐沢は文字を使い、誇大妄想を使い、エドワーズに殴りかかる。 しかし、それすらもエドワーズには届かない。 攻撃が当たった瞬間、エドワーズの体は霧のように消え去り、別の場所に再構築される。 まるで魔法か何かのように、実体が存在しないかのように。


「イイですかヨロシイですか少年よッ!! たった今数人の命が弾け、燃え、消えてなくなったッ!! それは誰の所為かッ! ワタクシか、校舎に仕掛けられた爆弾か、それとも生を半ばで投げ出した子供たちかッ!? いいえいえいえ、コタエはすぐそこそこのあなた、アナタの罪が、アナタの咎が、アナタの罪科が彼ら彼女らを死に至らしめたッ!! ああなんと物悲しいことでショウ……。 アナタにもっと力があれば、あなたにもっと魅力があれば、あなたにもっともっともっと……モット!!!! 正義感の一つでもあれ……ば……」


「……俺の所為、だと?」


「そうですその通りデスッ!! ワタクシとの対話を拒み、攻撃し暴力し殺戮しようとしたアナタの罪ッ! アナタが背負うべきものだったというのにッ!! アナタはそれを投げ出し拒み拒絶したッ! それがあなた以外誰の罪だと……言うのか?」


「宗馬くん、耳を傾ける必要はありません。 ただの妄言、ただの戯言です。 今は早く奴を倒して生徒さんたちを助けなければ」


 立ち尽くす桐沢へ向け、東雲が言う。 その言葉を聞き我を取り戻した桐沢は、今一度エドワーズへと向き直った。


 エドワーズの文字は権謀術数で間違いはない。 問題は、それとは全く性質の異なる現象だ。 周りに協力者の姿はなく、更にエドワーズが二文字持ちということも考え辛い。 未だかつて、二文字持ちという者は歴史上に見てもただ一人しか存在しない。 それが神人の家に所属する感染者、ロクドウという人物なのは周知の事実だ。


 だからこそ、桐沢と東雲には焦りがある。 活路が見出せず、このままでは櫻井に被害が及ぶのも時間の問題である。


「そこが、そこがそこがそこガッ!! あなたたちは間違えている誤っている違えているーノデスッ!! ワタクシは再三申し上げているではないですか!? デスカ!? ただただただただひたすらひたむきにワタクシは切望しているダケ!! 話し合い語り合い友情愛情親しく仲良く笑い合いながら話すというそのことダケをッ!! なのにあなた方ときたら……ぁぁああああああアアアアアあ、あ……アッ!!」


 頭を抱え、蹲る。 まるで隙だらけな動きであったものの、言動と行動の異常性、そして攻撃を加えたところで無意味なことから、桐沢と東雲はそれを眺めるしかない。


「それは罪、咎、罰であり神罰の対象……なんですヨ!! ああ、ああ悲しき、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……ニクイッ!!!!」


 姿が消える。 霧散し、しかし次に声が聞こえてきた場所は――――――――校舎の屋上だ。 櫻井の、すぐ傍だ。


「罰を……罰を罰を罰をッ!!」


 爆発音。 校舎の窓ガラスは吹き飛び、火が吹き出、地が揺れ空気が揺れる。 その光景に唇を噛み締めるのは東雲だ。 彼女にとって目の前のそれを止めることができないのは、屈辱でしかない。


「罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を……」


 言葉と共に、校舎からは連続して火が立ち上がる。 不規則に爆破されていく校舎、一体それで何人が死んだのか、それを知る術すらなくさせるほどに、その爆破は激しいものだ。


「罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰を罰をッ!!!!!!」


 更なる爆発音。 校舎の全ては爆破され、瓦礫とガラスは散乱していく。 最早、校舎内に生存者は居ないと思わせるほどの爆破は、その一撃を持ってようやく止まった。


「アナタは、自分が一体どれほどの罪を背負っているかを知らない……なんと寂しく虚しいことでショウ! デスガ、ですがですがです、がッ!! ご安心を。 ワタクシがアナタに罰を与え浄化致しまショウ!!」


「……やめろ、やめろッ!!」


 エドワーズは、櫻井の首元を掴む。 そしてその体を外へと出した。 手を離せば、櫻井は間違いなく落ちるその位置に。


「さぁ、救いを。 この者に救いを与えたければ走りなさい!! 無我夢中に足を折り地を蹴り肺から口から心臓から生を吐き出し救え救え救え救え救えッ!!」


「櫻井ッ!!!!」


 手は、離された。 その直後、桐沢は親友を助けるべく走り出す。 何かの罠かもしれない、エドワーズがただ見ているだけとは思えない。 しかし桐沢には走る以外の選択肢はない。 親友を見捨てるくらいであれば、自分に生きている価値などきっとない。


 櫻井は、恩人だ。 両親を亡くし、自暴自棄の自分を救ってくれた、大切な友人だ。 その恩返しも未だにできていない、その借りも借りっぱなしで、減るどころか増える一方だ。


「そうです、そうそうそうそうそうだッ!! そうして小さな命を助けるタメに、小さな者が形振り構わず走り抜くその姿ッ!! ワタクシはそれを見て涙を流すッ!! ああ、あぁ……これほど儚く尊く愛おしい行為があるだろうかイヤないッ!! スバラシィ……これほど美しい光景を作り出したのは、このワタクシということがッ!!」


 ただ一点だけを見つめ、走り抜く。 やがて、周囲の音は聞こえなくなった。


「――――、――――――ッ!!」


 未だにエドワーズは何事かを呟いているが、それもまた耳へと入ってこない。 今すべきこと、しなければならないことは一つのみ。 櫻井吹雪を助ける、それだけだ。


 だが、今のままでは決して届く距離ではない。 恐らくエドワーズはそれも計算に入れた上で、櫻井を落としたのだ。


 だからこそ、今やらなければならない。 自分は何のために生きているか、自分は何のために感染者となったか、自分は何のためにここへ居るか。


「――――――――誇大妄想ッ!!」


 自分が持つ、ただ一つの武器。 ただ一つの妄想。 ただ一つの力。


 ――――――――確実に間に合わせる速度を妄想した。


 ――――――――確実に助けられることを妄想した。


 ――――――――確実に自分だけの世界を妄想した。


 ――――――――故に、それが間に合わないという現実は存在しない。


「おやおやおやオヤッ!? アナタ、あなた一体全体どのような手を……?」


「テメェが考えもしない手だよ……ッ!!」


 手を伸ばす。 大丈夫だ、もう届く。 櫻井を助け、その後にあの男もぶっ飛ばす。 それで全てが丸く収まる。


 どこか。


 どこか、自分が主人公の物語だと思い込んでいた。


 何にもない普通の高校生だった自分に、強力な力と謎の組織と悪役がある日突然現れて、それらと戦う。 そんな妄想など、最早数百回はしていたほどだ。


 そして、そんな妄想は現実となって。 今ではこうして、親友であり幼馴染である女の子を助けようとしている。


 だから、自分が主人公の物語だと思い込んでいた。


「しかしザンネン、少女の死は既に確定している確定事項なのでゴザイマシ、タ」


「――――――――え」


 機械音が、鳴り響く。 櫻井は未だ意識を失っている。 その体には、無数の爆弾が取り付けられていて。


 光と熱が視界を覆う。


 顔に何かが当たった。


 血。


 肉片。


 無残な、形。


「さく、らい?」


 それは最早、人の形をしていなくて。


 こんなことを望んでなんかいなくて。


 ただただ、妄想が好きだっただけなのに。


 櫻井とそんな馬鹿な話をするのが好きだっただけなのに。


「――――――――ぁぁあ」


 どうして、どうしてどうしてどうして自分ばかりがこんな目を見る?


 親友を亡くさないと、失わないと、いけない?


 ちゃんと言葉だって、最後に交わしてはいないのに。 あいつは一生懸命、自分のために頭も体も使ってくれたのに。


 結局、何か返すことはできたのだろうか。 何かしてやれたことはあったのだろうか。


「――――――――ぁあああアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああァアアアアアアアアッ!!!!」


 視界が赤い、赤い。 頭が揺れる、胸の奥はぐつぐつと煮えて、気持ち悪くて、体中を引き裂きたい気分だ。


「エドワァアアアアアアアアアアアアアズ!!!!」


 横を何かが駆けていく。 東雲だった。 彼女は激昂し、壁を駆けるように上がり我を忘れてエドワーズに襲い掛かっていた。


「ああ、あぁあああ……約束、お前との約束を……俺は……」


 両手には、櫻井の血が付いている。 駄目だ、もう駄目だ。 命を守るという約束を果たせなかった。 櫻井のことを裏切ってしまった。


 もう、何もできることはない。


 そこで、桐沢の意識は途切れた。

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