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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第十五話

「これはこれは人権維持機構の皆様方、お初にお目にかかりまぁすマス。 ワタクシ、名はエドワーズ=ヨーク、仲の良い方はエドと呼んでくれるんですよネェ」


 不気味な男だ。 高校に入り、その校庭の中心に立ったそのとき、目の前にまるで霧から現れたかのように、成人の男が現れたのだ。


 ケタケタと笑う男の目元には濃い隈があり、その頬は痩せこけている。 ゆらゆらと体を動かしながら、エドワーズは続ける。


「オハナシでもしてヒマツブシを致しましょう! そうしましょう! ワタクシこう見えて、オハナシというのは大変大好きなのでございマス!! ここはひとつ、どうかひとつ! ワタクシに向けて「どうしてこんなことをした!!」と張り切ってドウゾ!」


「てめぇか、鴉のエドワーズってのは」


「おや予想と違った質問でございまぁすね? イヤイヤ大いにケッコウ! こうして予想外期待外奇想天外な答え、問い、疑問疑念疑惑が生れ落ちるオハナシがワタクシだぁいスキでございま! すッ!!」


 狂った奴だという認識しか生まれない。 今こうしている間にも、エドワーズはケタケタと笑い大仰な身振り手振りでその会話を楽しんでいる節さえある。


「手短に。 わたしの妹はどうしましたか」


「妹、イモウト……? イヤハヤそれは大変こまぁる質問デスヨ、どこのダレカ分からない女の子サン? そのイモウトさんとワタクシ、一体全体ドウイウご関係でございまぁすカ? どのような運命的な奇跡的な刺激的なカンケイがッ!?」


「ふざけないでくださいッ!! あの子は、弥々は、あなたに殺された……ッ! あの子の体をどこへやったんですか!?」


「クククカカ、アヒャハッハッハッハッハ! ワタクシが殺したト? 押し付けがましいオコガマシイおぞましいオソロシイ奥深い!! 良いです良いですとてもとてもとてもとてもとても………………とてもイイッ!!!! その憎悪に満ちた瞳、殺意を滲ませた声と顔付き!! 宜しい、実に宜しいワタクシ感激でございまぁす!! そのあなたの情熱にワタクシも誠心誠意、答えなければいけないでしょう……ワタクシの崇拝する神も、きっとそう仰るに違いない……」


 エドワーズは目を伏せ、顔を伏せ、その体を震わせる。 傍目から見たそれはまるで悲しみに身を震わせているようであったが、その不可思議かつ不気味な言動と行動を間近で見ていた桐沢は、思わず後退りをしてしまう。


「正直にモウシアゲますと、ワタクシ一々殺したヒトのことなどオボエテおりません。 アナタ方だってそうでしょウ? こうして、こうしてこうしてこうしてこうしてこうしてッ!!!!」


 言うエドワーズは、地面を踏み付ける。 気が狂ったように、何度も何度も何度も。


「こう!! シテッ!! こうして踏み付けたムシのことナド覚えてますカ? いやぁ覚えてない覚えてナイナイ、そこまで慈愛と自愛と字愛に満ちた方などワタクシは一人しか知りませんので?」


「……あなたは狂人です。 わたしがここで、あなたの息の根を止める」


「イインデスカ? いいんですかいいんですかぁ!? ワタクシ、感染者にて文字名『権謀術数(けんぼうじゅっすう)』を担う感染者にてゴザイマスまぁす? あなたの言うイモウト、ムシケラ三号とでも呼んでおきましょうカ? ムシケラ三号さんがどこにイルカはワタクシだけが知っているのデスよ?」


「あなたは狂っています。 あなたの言葉など、信用に値しません」


「ところがぁ! ところがところがトコロ、がっ!? ワタクシの権謀術数は人形を作る文字にてゴザイマス! たとえばたとえ、ばッ!! ごらんくださいコチラ先ほどお亡くなりにナラレタ公園でアソンデイたムシケラ四号ちゃんでございまぁすます! あら元気、これは絶対活きのイイムシケラで間違いナシ!!」


「あ、う……ぁ」


 東雲と桐沢は息を飲む。 エドワーズが言い、地面へ手を置き引き上げるように引いたそこへ人が現れたからだ。 しかし生気はない、眼はあらぬ方向へ向いている、口元からは唾液が流れ落ち、その有り様は人格が壊れた人間としか言い様がない。


「ワタクシの権謀術数はこうして、何かの手違いで誤って謝って過って殺めてしまった者を人形として画期的かつ合理的論理的倫理的にリサイクルができるのデスッ!! ああ素晴らしい美しい愛おしい初々しい瑞々しい華々しい麗々しい素晴ら……シイッ!! なんて素晴らしい文字、なんて素晴らしいやり方、まさにこれぞ神の所業ッ!! ワタクシの文字は神にも見劣りしないすんばらシィ文字なのでぇええええございマスッ!!」


 現れた元人間の少女の頭を叩きながらエドワーズは言う。 少女は既に死んでいる、意識を無理矢理に縛り付けられ、死にながら生かされている。


「ハイ、お役目終了お疲れ様でございましタッ!!」


 エドワーズはさぞ愉快そうに少女の足を蹴る。 勢いよく蹴られ転んだ少女は、尚も呻き声を挙げていた。 そんな少女の頭をなんの迷いもなく、エドワーズは踏み抜いた。


 びくりと動き、少女は活動を停止する。 辺りには血の臭い、そしてエドワーズの笑い声が木霊した。


「――――――――良く分かったよ、東雲。 あいつは、生かしておいたら駄目だ」


「ええ、わたしも同意見です。 奴は今ここで殺すべきだと、そう認識しました」


 姿を見据える。 東雲もまた同様で、首に巻いたスカーフを口元で巻き直した。 交渉の余地はない、話す価値もない、今目の前でケタケタと笑うこの男は始末するべきだ。 その結論に至るのに、そう時間を必要とはしなかった。


「行くぞクソ野郎……ッ!!」


「夢幻泡影」


 二人は同時に言い、まず先陣を切ったのは東雲だ。 圧倒的な速度を持ち、前方に居るエドワーズとの距離を詰める。


「ンンンー、おやおやソレハおかしなおかしなオモシロクないオハナシでございますッ! ワタクシ申し上げましたよネ、ネ? オハナシでもしてヒマツブシを致しましょう! と!!」


「わたしたちがいつその要求を飲んだと」


 エドワーズの目の前に東雲の姿は出現した。 その速度は人智を超えている、桐沢ですら目で見えず、恐らくどれだけの眼を持っていようと本気の東雲の姿を捉えるのは困難を極めるだろう。 それはエドワーズも当然同じであり、今この瞬間東雲の姿を完全に捉えていた者は存在しない。


「シッ……!!」


 短く息を吐き、東雲は強化された肉体で蹴りを放つ。 狙うは頭部、一撃での決着を望む蹴りだ。


 完全に捕らえた。 東雲の足には頭部を蹴った感触もあり、頭が弾け飛ぶ感触もあった。 一撃での決着は果たされたのだ。


 そう、後ろで見ていた桐沢でさえ、そう思った。


「嘆かわしいッ!!!! なんと嘆かわしいことでしょウッ!!!! ワタクシは今、とてもとてもとてつもなクッ!! 涙を滝のように溢れ落としたい気分でございますまぁす!!!! 何故か、それは何故かッ!!」


 後ろから、声がした。 桐沢は振り向く、そこに立つは、エドワーズ=エコー。 数分前と変わらぬ姿、変わらぬ調子でエドワーズは平然と立っている。


 ……仕留め損ねた? 躱された? しかし、東雲の攻撃は確実に命中したはずだ。


「……文字? いえ、ですが」


 東雲は驚くことはせず、冷静に状況を分析している。 東雲自身、仕留めたという感覚を得ていたのは間違いない。 だが、エドワーズは変わらず生きており傷一つでさえ負っていない。 ということは、何かしらの文字を使われた可能性が極めて高い。


 しかし、エドワーズの文字は権謀術数だ。 その文字の効果は先ほど見ており、今のこの状況は妙としか言いようがなかった。


「……まさか二文字持ち?」


「いいえいいえいいエッ!! ワタクシが神に愛され神から授かったモノはただヒトォツ!!!! 良いですか良いですか宜しいですカッ!? よーく考え頭の中をグルリグルリと掻き回しなさいッ!! すると聞こえてくるはず、聞こえるハズ!! そう、彼女の泣き声笑い声入り混じる悲鳴、ガッ!!!!」


 エドワーズは、手を学校の屋上へと向ける。 それに釣られ、桐沢と東雲は視線をそこへと向けた。


 二人は、同時に認識する。 そこに居たのが誰か、何者か、二人にとって、桐沢にとって、どういう人物か。


「……さくら、い?」


「サァサァサァ楽しくなって参りましタッ!! いざジンジョーーーーーーニ!! オハナシを続けま、ショウ!!」


 笑い声は響き渡る。 屋上の淵、そこへ倒れているのは櫻井吹雪。 どうやら意識を失っており、しかしいつ落ちたとしてもおかしくはない位置に彼女は寝かされている。


 桐沢にとって、そして東雲にとっても引けない戦いの幕は既に開かれていた。

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