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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第十四話

「獅子女結城……神人の家のボス、史上最悪の感染者」


「酷い物言いだな。 俺は別にそんな悪さしてるつもりなんてないんだけど」


「どの口が……ッ!」


 獅子女の言葉に、今まさに殴りかかろうと身を乗り出す東雲だ。 そんな東雲を慌てて止め、口を開いたのは桐沢である。


「この際ハッキリ聞くぞ、目的はなんだ?」


「目的、ね。 すいません、ホットのコーヒーとミルクティーひとつずつ」


 獅子女に緊張感はないのか、店員に気軽に話しかけると、改めて東雲と桐沢に視線を向けた。 先ほど桐沢が感じた妙な気配は、既にない。 そこに立っているのは普通の男で、なんの変哲もない人間にしか見えなかった。


「今話した通り、龍宮寺真也って奴から依頼されたんだよ。 笹枝紡、あんたらが捕まえた鴉の一員だ。 そいつを助けるため、俺は龍宮寺に手を貸しているってわけ。 んで感染者の男の名前は分からないんだけど、もう一人の名前は聞いてる。 東雲由々、あんただ」


「……ええ、間違いありませんね。 であればどうしますか? 今ここで戦いますか?」


「怖いねまったく、人権維持機構ってのは野蛮な連中の集まりかなんかなの? そう喧嘩腰になんなよ。 俺はあんたのことは知らないし、あんただって俺のことなんて知らないだろ? なら別に顔と名前を知ったからって殺し合う意味もねーって。 それに俺が依頼されたのはさっきも言った通り、龍宮寺の仲間を助けることであって、人権維持機構を潰すことじゃあない。 まぁ個人的には感染者の男とは戦いたいと思ってるけど……」


 そこで、獅子女は笑う。 笑い、桐沢へと視線を向けた。


「もしかして誇大妄想の男ってあんた?」


「ッ……」


 殺意、殺意、殺意。 表情こそ笑っているが、その目に宿っているのは殺意だ。 明確な、意思と殺意。 龍宮寺のそれとは明らかに違う、別格であり別種、それも最悪な意味での別種だ。 そんな悪意の塊とも言えるものがその眼には宿っている。 動けば死ぬ、口を開けば死ぬ、何かすれば間違いなく死ぬ。 それが嫌というほど理解できた。


 ――――――――この男は危険すぎる。


「なんてね、冗談冗談。 こんな弱そうなのがそんなわけないって話。 もしそうならお前と戦った方がよっぽど楽しそうだよ」


「あなたが望むのであれば、わたしはいつでも答えますよ」


「そりゃ良い情報」


 獅子女は言いながら、運ばれてきたコーヒーに口を付けた。 横に居た少女、琴葉の方はミルクティーを啜っている。


「それと一つだけ聞きたいことがある。 あんたら人権維持機構は、どうして鴉を攻撃する?」


「……理由をお話する気はありません。 ただ一言で表すとすれば、起こるべくして起きたと」


 それを聞き、獅子女は「なるほどね」とだけ言った。


 その質問は、東雲本人にするのは酷な話だっただろう。 鴉と明確に敵対したのも、東雲弥々……東雲の妹が、鴉の一員に殺されたことが切っ掛けだからだ。 凶悪な感染者、人間を敵と認識した感染者は、何も厭わずに人間を殺す。


「なんとなくは見えてきた……か。 琴葉、行くぞ」


 獅子女は何事かを呟くと、席を立つ。 それを見て若干の警戒を見せるのは東雲だ。


「ま、来たからには仕事はこなす。 近い内に人質は助けに行くから、そのとき会ったらよろしくな。 お前とも近い内にまた会えそうだ」


「……お前は、何者だ」


 言われた桐沢が搾り出した言葉は、たったそれだけだ。 それに対し、獅子女は楽しそうに笑って答える。


「感染者。 折角だしアドバイスをやるよ。 俺の文字は生殺与奪、ありとあらゆるものを生かし殺す文字だ。 精々頑張れよ、人権維持機構」


 そうして、獅子女と琴葉は去っていく。




「マズイ状況ですね。 鴉だけなら現戦力どうにでもなりますが……あの神人の家のボスが相手となると、率直に言って絶望的です」


「……ああ、そうだな。 東雲、ぶっちゃけ言って良いか」


 その後、獅子女たちが去ってからしばしの間を取ったあと、桐沢たちも店を後にした。 今は近場にあった公園のベンチに並んで座り、話をしている。 お互いの顔色は悪く、絶望的な状況というのが見て分かるほどだ。


 そんな中、桐沢は言う。


「無理だ。 俺にはあいつに勝てる気が全くしない。 見ろよ、これ」


 手が震えている。 足が震えている。 恐怖を体に刻み込まれ、その体が立ち上がることを拒んでいる。 次に出会えば死ぬ、目が合えば殺される、嫌だ、死にたくなどない。 まだやり残したことなんていくらでもあり、死ぬのだけは絶対に。


「大丈夫です、いざというときはわたしが無理にでもどうにかしますので。 それくらいならまだ大丈夫ですよ」


「無理にでもって……」


 それは駄目だと、言おうとした。 だが、言葉は出てこない。 もし助けてもらえるならそうして欲しい、もし自分が何もしなくて終わるのならばそうして欲しい、そう、思ってしまった。


「……わたしも最初は怖かったんですよ。 仕事上、感染者とも人間とも戦いますが……最初の仕事のときは、手足が震えるだけでなくですね。 その、少々恥ずかしい話なのですが、少し漏らしてしまいました」


「何言ってんの!?」


 東雲は若干顔を赤くし、桐沢から視線を外して言う。 恥ずかしがっていることは誰の目にも明らかであった。


「……わたしなりの励ましだと察してください、恥ずかしいんですから」


「お、う……ごめん」


 それからしばしの沈黙。 数秒、数十秒の時が流れる。 気まずい空気というのは間違いなく、東雲は相変わらず桐沢から顔を逸らしている。


「……」


「……」


 気まずい。 これ以上の気まずさというのは、金輪際存在しないかもしれない。


「……」


「……くく、あはは」


「……何がおかしいんですか」


「いやだって、お前そういうこと言うキャラじゃないし。 あっはっは!」


「……笑わないでください」


「そうは言っても……くく」


「怒りますよ」


 東雲がこちらに視線を向ける。 目にあまり光が宿っていなかった。 桐沢はこれ以上はマズイと理解し、笑いをなんとか堪え、東雲の顔を改めて見つめた。 東雲はそれを受け、顔を逸らす。 見えるのは赤く染まった首筋のみだった。


 変な話で、妙な励まし方。 だが、不思議と緊張感はほぐれていった。 きっと、東雲が考えた結果、そういうやり方に行き着いたのだろうと察した。


「無茶はするなよ、東雲」


「はい?」


「俺も頑張るから、無理も無茶もしなくて良い。 一人でなんでも出来る奴なんていないんだ、それはお前も一緒だ。 だから、無理矢理にでも頑張るとか言わないでくれ」


「……そうですね」


 東雲には、感謝しなければならない。 東雲の励まし方は本当に笑ってしまうものであったが、効果があったのは事実なのだから。 手の震えも足の震えも治まった、緊張感も恐怖も和らいだ。 ならば後は立つだけだ。


「では、お互いほどほどに頑張りましょう。 宗馬くん」


「だな。 まずは帰って報告、そんで対策考えないと」


 東雲は笑い、桐沢もまた笑う。 結ばれた手は堅く、これから先訪れるであろう困難にも立ち向かえる気がしていた。


 ――――――――そんな気がしてしまっていた。




「クソッ……!!」


 桐沢と東雲は焦燥感に刈られながら街中を走っていた。 やはり失敗だった、もっと早く気付き、そして手を打っておくべきだった。 気付ける瞬間というのはあり、そもそもの話、龍宮寺には割れているのだ。


「わたしです、状況は!?」


 横では東雲が走りながらも電話を掛けている。 その相手は夏井であり、彼は既に現状の大体のことは理解している。 故に、夏井に詳細を逐一聞くというのは正しい選択だ。


 つい先刻、神藤から東雲の下に連絡が来た。 とある場所で事件が起き、それは今現在表沙汰になっていないというものだ。 その情報を捕まえることができたのも、神藤の持つ絶巧棄利のおかげだろう。 電子機器の操作、それを行えば街中で起きている粗方の事情はすぐさま察知できるのだ。


「はい、はい……分かりました」


「夏井さんはなんだって?」


「……」


 桐沢の問いに、東雲は答えない。 自らの唇を噛み、その端からは血が流れている。


「東雲?」


「っ……と、すいません。 どうやら現在、犯人は立て篭もっているようです。 夏井さんがどうにかしようと模索はしていますが、如何せん人材不足で……。 それに人質が居る以上は無闇に仕掛けることもできない、と」


「クソッ! それで、犯人は?」


「――――――――エドワーズ=ヨーク。 わたしの妹を殺した相手です」


 東雲、そして桐沢の下に届いた一報はこうだ。


 北海道第十七高等学校に不審者が侵入。 全生徒及び教職員が人質に捕られ、逃げ出そうとした者は大怪我を負っている模様。 犯人は感染者であり、被害を食い止めるために救助に向かって欲しい。 というものだった。


 人権維持機構としては、迅速に動く必要がある。 対策部隊が出れば、校舎内にいる生徒もろとも始末される可能性があるからだ。 それに加え、桐沢にはどうしても行かなければならない理由もある。


「……絶対止めるぞ、そんでそいつをぶっ飛ばす」


「はい」


 その高校は、ついこの間まで桐沢が通っていた高校だ。 そして、今現在櫻井が通う高校でもある。


「待ってろよ櫻井……!」


 必ず助ける。 恩人である櫻井に、恩返しをするまで櫻井に死んでもらうわけにはいかない。 そんな決意を胸に、少年は彼女の下へと駆けていく。

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