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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第十二話

「中々面白い文字だな。 自動防御、自動追尾か」


 自らに迫る氷塊を素手で叩き落とし、我原は言う。 対する真也はギリギリの戦いというものを強いられていた。


 あり得ない。 それが率直な感想だ。 氷壁を容易く打ち砕き、攻撃に転じたとしてもただの手刀で防がれている。 化け物としか言いようがない、それに目の前に居る男は文字すら使っていないのだ。 それで自分と同等以上の実力は確実に持っている。


「……それだけならまだマシなんだけどよぉ」


 真也は言いつつ、大きく後ろへ飛ぶ。 我原は蹴りを放ち、着地した体勢だ。 だが、それでも距離を取らなければ一瞬で距離を詰められると頭が理解していた。


「近いぞ、もっと飛ぶべきだ」


 しかしそれでも、我原の身体能力は完全に真也の理解を超えている。 何より厄介なのは、逸脱した戦闘センス。 防ぎにくい攻撃を防ぎにくいタイミングで確実に打ってくる。 余裕を持って受けられる攻撃というのが、この男にはない。


「く、うおッ!!」


「ほお……」


 迫った我原の手を寸でのところで氷壁により、防ぐ。 我原は未だ本気を出してはいないものの、それでもこの速度に反応するとは中々面白い者だと、そう感じた。


「く、そがッ!!」


「先ほどのは全力ではなかったということか。 喜べ、貴様はそこそこやるという評価だ」


 空を埋め尽くすほどの氷槍が出現し、放たれる。 轟音と土煙を上げ、その周辺一帯の視界を完全に覆った。


 数秒、数十秒、静かな時が流れる。 そして、真也の目に入ってきたのは平然と立つ我原の姿だ。 氷槍が全て躱された、速度も数も威力も申し分ないほどのものだったはず。 それすらも、我原は見破った。


「もう良い、興醒めだ。 家へ帰れ、オレの気が変わらない内にな」


「……ざっけんな! テメェこそタダでぜってぇ帰さねえぞ!!」


「小賢しい奴だ。 ならまずそこのガキから殺すか」


 言い、我原は視線を後ろにいる響へと向ける。 響はそれを受け数歩後退るも、その視界を覆ったのは真也だ。


「テメェの相手は俺だ。 響に手を出したらぶっ殺してやる……! こいつには指一本触れさせねぇ……!」


「……兄妹か。 まぁ良い、先も言った通りオレは興が削がれた」


 我原は言い、振り返る。 既に攻撃する意志はないらしく、無防備にも背中を向けたまま歩き出す。


「おい待てよテメェ!」


「時間切れという意味だ。 それが目的であったのなら貴様の勝ちということで構わない」


「あ? 一体どういう……ッ!」


 真也は、すぐに理解した。 これまで幾度となく強敵とは戦っている。 その直感が、体の全てに警鐘を鳴らしている。


 目の前に現れたのは、新たな男。 自分よりも若い男。 だが、これは……。


「あんたがボスか。 すげえな、想像以上だぜ」


「……いやなにこの状況? おい我原……って居ないし。 え、マジで何これ?」


 かくして、龍宮寺真也と獅子女結城は邂逅する。




「頼みがある!」


「嫌だ」


 それから獅子女と出会った真也は「話がある」と切り出し、アジト内へと足を踏み入れた。 とは言っても獅子女は心底面倒臭そうに対応したものの、真也の方が一切引かずにといった具合だ。


「話くらい聞いてあげても良いのに、おにーさんはケチだなぁ」


 その横で、様子を見ていた琴葉が口を挟む。 丁寧に真也と響にお茶を用意しつつ。


「ほら、お前の妹もああ言ってるだろ!」


 それを聞き、琴葉を指差し言うのは真也だ。 どうやら琴葉が獅子女の妹に見えた様子であったが、その言葉は琴葉にとっては看過できないものである。


「妹じゃないし! あたしそんな幼く見える!? もう帰ってよ!」


「うぉぉお……俺としたことが、妹を間違えるなんて……! 妹なら任せろって思ってたのによぉ……!」


「……おにい、キモいからやめて」


 騒がしい室内に居るのは、獅子女と真也、そして響と琴葉。 更にアオと村雨の六名。 我原は騒がしいのは好まないという性格なので、また見張りに戻っているようだ。


「てか獅子女さん、なんかこの人部屋に来てから超寒いんすけど」


「ああお前か、最近寒い原因」


「あ!? そりゃ俺様の絶対零度は強力すぎて制御できねえほどだからな! はっはっは!」


「要するにお前が未熟で馬鹿みてえに寒さ振り撒いてるってことかよ……」


 とは言っても、強力というのは正しい。 龍宮寺真也の絶対零度は、およそ周囲百キロに影響を与えるという膨大なものだ。 もちろん彼から離れれば影響は薄まるが。


「あたし寒いの嫌い」


「僕もっすよ。 帰ってくんないっすかね、あの人」


「そこ聞こえてるっつーの! それなら良いぜ、お前らがそういう態度なら俺にも考えがあるってやつよ! おい銀髪クン、なんかジュースとかねえか?」


「……ジュース? ああ」


 言われたアオは、一度響に目をやると納得したように冷蔵庫へと向かう。 響ほどの年齢であれば、お茶よりもジュースかという合理的な結論に辿り着いてのことだ。


「これで良いっすか?」


「おうおうおう、それじゃあ龍宮寺真也様のマジックショーのお時間だ。 拍手!」


「おお、マジックだっておにーさん!」


「……どうでも良いけどお前らいつ帰るんだよ」


 騒ぐ者たちを見つめ、獅子女は呆れながらも呟く。 が、その呟きは虚しく室内へ響き渡るのみだった。


「ご静聴願います。 ここにあるは一つのオレンジジュース、そして一つのガラスコップ。 まずはこのコップにオレンジジュースを一杯注ぎます」


 言うと、横に座る響がコップにジュースを注ぐ。 そのマジックショーを興味深そうに眺めるのはアオ、琴葉、村雨の三名。 獅子女は頬杖を突き、睨み付けるように眺めていた。


「なんの変哲もないただのオレンジジュース、果汁100%を謳っておりますが恐らく濃縮還元ですので水で薄められていることでしょう」


「……そういうものなの?」


 真也の言葉に、琴葉が驚いたように獅子女へ顔を向ける。


「今度飲んでみりゃ分かるだろ」


「やった、おにーさんの奢り!」


 いつ誰が奢ると言ったのだと思いつつ、獅子女はため息を吐く。 こういう部分は本当に姉譲りで、頭が痛くもなってくる。


「さてさてそれでは……ここにあるは魔法の指先。 この指先にはとある魔法が掛けられておりまして、その指先をこうしてコップへ優しく当てます。 すると!! なんと!!」


 パキリ、という音が辺りに響く。 コップに注がれたオレンジジュースは、傍目から見ても分かるほどに結晶が生まれていく。 ガラスには霜が降り、それが置かれたテーブルもが白く染まっていく。


「どうぞ、お嬢ちゃん」


「……ん」


 どうやら魔法とやらはもう掛け終わったのか、真也はそのコップを琴葉に差し出す。 受け取った琴葉は特に用心もせずそれに口を付けた。 獅子女としては無用心な琴葉に呆れそうにもなるが、万が一のことがあったとしても自身の文字があれば問題はないだろうとの結論も同時に出す。


「わ、わ……! すごい、すごいよ!! シャーベットみたいになってる!!」


「へへ、だろ? これぞ龍宮寺真也様のマジックだ!」


「ただの文字じゃねえか! お前こんなマジックショーやるためにここへ来たのか? いい加減ぶっ飛ばすぞ」


 獅子女は我慢の限界と言わんばかりに大声を張り上げる。 それを受け、焦りながらもヘラヘラと笑うのは龍宮寺だ。 とても軽い男、そういう認識を受けるほどに。


「そう怒らないでよ、おにーさん。 この人が居れば夏でもシャーベット風のジュースが飲めるんだよ!」


「ちょい画期的っすね、それ」


「私としても嬉しいかも」


 どうやら女子組みは真也のマジックが気に入ったようで、それもまた獅子女の頭を痛くさせる種となりそうである。 が、それを聞いた真也は言った。


「俺を必要としてくれるのは超嬉しいけど、お生憎なことに俺は既に鴉って組織のボスをやらせてもらってるんだ。 悪いが他のどこにも属す気はないんだよね」


「鴉? 感染者の集まりっすか?」


 真也の言葉に反応を示したのは、アオだ。 自分が知らない情報というのに食指が動いたのか、興味深そうに尋ね返す。


「ああそうだ。 んで、まぁ本題に入るとだな……俺の仲間を助けるのに協力して欲しい」


 真也は若干だが言い辛そうに、そう言うのだった。 その眼は真剣そのもので、それを見た獅子女は話くらい聞いても良いかと思い、真也の話へと耳を傾けた。

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