第十一話
「獅子女さーん、とりあえずこれまとめたやつっす。 まだ分からないことも多いっすけど」
「おうサンキュー」
神人の家、アジト。 いつもメンバーが集まる部屋にて、獅子女はアオから受け取った資料を眺めていた。
先月、チェイスギャングとの一件の最中に突如として現れた怪物。 そして、最近の異常気象についてだ。
「怪物の方については、この可能性が高いのか。 施設から抜け出した実験体ねぇ」
アオが調べた情報に寄れば、対策部隊は秘密裏で人工的に感染者を作り出す実験を行っているとのことだ。 そして、その経過で生まれたのがV.A.L.Vの怪物、V.A.L.Vに支配された成れの果てである。 挟み込まれた写真は、実際に見たアレと酷似しているのだ。
そして、その施設から抜け出したのがあの怪物では? というのがアオの推測である。 そうだとすれば、対策部隊に攻撃を加えていたことにも納得が行く。
更に、その怪物に喰われた少女。 恐らくあれが成功例、多量のV.A.L.Vをその体に取り組むことに成功したサンプルだろう。 益村が連れていたということは、その考えが理に適っている。
「ぶっちゃけ単純な戦闘能力で言えば、常軌を逸している感じっすね。 実際に見た獅子女さん、琴葉ちゃん、我原さん、雀さんの話を合わせて考えると正に化け物っすよ」
「だろうな。 アオ、こいつのV.A.L.V含有率、どんくらいだと思う? 予想で良い、お前の意見が聞きたい」
「んー……そうっすね、僕の予想だと100っすかね? V.A.L.Vによる暴走、それがこの写真みたいに肉体を変えるんだとしたら、みんなが見た怪物もそうだと予測できる」
「全てがV.A.L.Vか。 面白そうだ、会ってみたい」
「向こうは獅子女さんのこと知ってたんすよね?」
「俺は知らないけどな。 変に名前が知れ渡るってのも良いことだけじゃないってことだ、こういう厄介なのが出てくると特にな」
感染者同士の戦いにおいて、絶対は存在しない。 以前、獅子女がそう言っていたように警戒するに越したことはないのだ。 そして感染者となれば文字も当然持っているはず、このV.A.L.V含有率で強力な文字も持ち合わせているとしたら、神人の家の中でも対処できる人物は限られてくるだろう。
獅子女はそこで資料を捲り、置いてあったコーヒーに口を付ける。 そのタイミングを見て、アオが口を開いた。
「琴葉ちゃんもコーヒーとか紅茶淹れるの随分上手くなったっすね」
「組織ってのは全員に役割がなきゃ駄目だからな。 それを噛み合わせて動かしていく。 琴葉は戦闘向きじゃないから、雑用くらいはやらせないと」
「っすね。 まー自分から進んでやってるみたいなんで僕も嬉しいっす」
言い、アオは笑う。 自分のことのように喜んでいるようで、既に琴葉が仲間として溶け込んでいることを表していた。
「村雨もお手伝いが増えて助かるって言ってたよ」
アオであれば、情報収集。 村雨や琴葉であれば、給仕など。 楠木であれば、捜査や調査。 他の者は戦闘要員という役割がある。 特に雀や我原、そして獅子女という強力な感染者を抱える神人の家は、数ある感染者の集団に置いても飛び抜けた戦闘能力を保有しているのだ。
今となってはアオ、村雨、琴葉の強力なバックアップも備わっている。 現存する集団では最強格とも言われるほどだ。
「……確かに妙だな」
「ああ、異常気象の件っすか?」
獅子女は既にそこまで目を通しており、アオが纏めてきたもう一つの資料、ここ最近に置ける異常気象についての情報を眺めている。
明確に異常が起きたのは、十二月の中旬だ。 例年と比べて平均で五度、気温が下がっている。 更にその異常気象は関東地区にのみ起きており、時折十度ほど気温が下がっている地域が存在していた。
そして今日、極端に気温が低下しているのは獅子女らが拠点とする地域だ。 一月の平均気温は六度ほどであるが、今現在の気温はマイナス四度。 日中にしてはあまりにも低い気温となっている。 最低気温で見るとマイナス十度を超えており、観測史上でも最も低い気温だ。
「ここまで極端な気温低下は歴史上なく、気圧も平年と変わらないにも関わらず気温だけが低下している。 天候、気圧配置から予測するに明らかに不自然な気温ということは、原因に感染者が関係している可能性が大……つってもアオ、影響受けてるのは関東ほぼ全域だぞ? そこまで広域をカバーできる感染者ってことか?」
「その辺はなんとも。 でも獅子女さん、文字は練度に応じて強くもなり得る、僕の百鬼も最初は可愛いもんでしたし」
「……まぁそうか、実際に見てみないとなんともってことだな。 ったく面倒なことは基本的にまとめて起きるからな、チェイスギャングの一件から日も浅いってのに」
資料を置き、残された僅かなコーヒーを口に含む。 既に冷めてしまっていたそれは香りが飛んでおり、若干の虚しさが残った。
「ひとまず新しい情報があったら回してくれ。 大きい動きはないと――――――――」
獅子女がそこまで口にしたときだ。
「たのもーッ!! 道場破りだッ!!」
果てまで届くような大声が、窓の外から聞こえてくる。 獅子女は一瞬視線を窓の外へ移すと、一度ため息を吐いた。
「……今日の見張り誰だっけ?」
「我原さんっすね」
「一応行くか。 我原なら無闇に殺すことはしないだろうけど」
面倒なことはまとめて起こる。 まさにそうだと思ったアオであった。
「……おにい、馬鹿?」
「馬鹿とはなんだよ響、俺はこれでもしっかり考えて動いてんだぜ? 最低でも俺よりよえーやつなら話になんねえからな」
龍宮寺真也、そして龍宮寺響は神人の家、そのアジトである廃ビルの前へと立っていた。 目の前には玄関口があり、今の声であれば確実に聞こえているはず。 更に、その内部に数人の感染者がいることを二人は把握していた。
「……おにいより強かったら?」
「あ? そりゃ言うことなしだろ!」
「……でも、おにいより強かったらおにい死ぬ」
「確かにそれは困るな……じゃあアレだ、俺よりちょいよえーくらいが理想だな」
「……わがまま」
そんな会話を繰り広げるのは、二人の感染者だ。 一人は絶対零度という文字を持つ龍宮寺真也。 そして妹である少女は合縁奇縁という文字を持つ感染者だ。 北部地方を拠点としている彼らが、千三百キロほども離れたこの地にやって来たのは、それなりの理由がある。
「何者だ」
依然として立つ彼らの下に現れたのは、我原鞍馬。 その姿を確認し、一歩前へと出たのは龍宮寺真也だ。
「俺は龍宮寺真也。 あんた、神人の家の奴だろ? あんたのとこのボスに会いたい、連れてきてくれるか?」
「生憎だが今居るのはオレだけだ。 要件を言え」
「いやぁ嘘は良くないっしょ、コート君。 あんたを入れてこの辺り……その建物には六人感染者が居る、違う?」
真也の言葉の直後、我原は一瞬で距離を詰め、懐から取り出した銃の引き金を迷うことなく引いた。 だが、射出された弾丸は真也の眼前で停止する。 何もない場所から現れた、氷の壁によって。
「氷……文字か」
我原はそれを受け、一旦距離を置いた。 そして自らの右手に視線を落とす。 若干ではあったものの、凍り付き始めているその手を。
「あんた早いね、さすがは神人の家ってわけか。 けど俺には勝てねえだろうなぁ」
「分を弁えろよ雑魚が。 貴様の面を撃ち抜いてやろう」
「オーケイ、それじゃあこうしよう。 俺が勝ったらボスのとこまで案内してよ。 で、あんたが勝ったら大人しく帰る。 どう?」
真也の提案は妥当だと言えた。 単純に勝負をし、勝った方の願いを聞くという形の条件だ。 普通であればこの条件に問題はなく、我原も真也に負ける気など皆無であった。
だが、真也の失敗といえばその相手が我原だったに尽きる。 我原鞍馬は、基本的に良い性格などしてはいない。
「却下だ。 今ここで死ぬか、逃げてオレに追われ死ぬかのどちらかしか貴様にはない。 ゆくぞ、氷男。 オレの前に立ったこと、後悔させてやろう」
「……なぁ響ちゃん、あの人なんかヤバくね?」
「……わたしには関係ないもん」
「見捨てられた!?」
そして、戦いは幕を開けた。




