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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第九話

「調子はどうだ、桐沢」


「まぁまぁかな。 神藤さんも東雲も結構厳しいんだけど、強くなってるって実感は結構あるんだ」


 それから二週間ほどが経過した。 年末は近く、最近では櫻井の方は忙しそうに新年へ向けての準備に追われている。 今年はもう、桐沢の手伝いを望める状態ではない。 それは櫻井とて分かりきっていることで、例年よりも張り切って準備に取り掛かっているようだ。


「それは良かった。 私に出来ることは何もないかもしれないが……もし何かあったら言ってくれ。 話くらいは聞いてやれる」


 機構のアジト内、その一室で桐沢と櫻井は向かいあって話をしていた。 休憩室と呼ばれるそこには、飲み物やマッサージ機などが用意されている。


「あ、それなら一つ。 実は今度、東雲に街を案内することになっててさ。 なんか良い場所とかないかなって」


「お、デートか?」


「ちげえよアホ。 あいつって意外と世間知らずでさ、生まれてこの方殆どこの建物内でしか生活してないんだと。 で、この前夏井さんに頼み込んで外出許可貰ったんだ。 もちろん識別機がない辺りにはなるけど……あいつが楽しめそうなとこってどこかないかな」


「なるほど。 それならそうだな……」


 その日、あまり遊びに出掛けない桐沢は櫻井に色々と教えてもらうのだった。 とは言っても、櫻井自身もインドア派であり、辿々しいものではあったが。




「宗馬くん、少し良いですか?」


 その日の夜、櫻井が自宅へ戻ったのを見計らったかのように話しかけてきたのは東雲だ。 用意された部屋のベッドで寝転がりながら本を読んでいたところ、東雲がやって来たという流れである。


「ん? てか年頃の男の子の部屋はノックした方が良いと思うけど……」


「……どうしてですか? その注意も気になりますが、それよりも聞いて欲しい話がありまして」


 どこまで世間知らずなのだろうと思いつつ、桐沢は読んでいた本をベッドの片隅へと置き、体を起こす。


「話って?」


「入っても良いですか?」


 部屋の外へ立ち、東雲は言う。 その言葉を聞き、数秒悩んだ後、桐沢は返事をした。


「いや、場所変えるか。 ……部屋で女子と二人っきりってちょっとな」


 最後の言葉は東雲に聞こえておらず、不思議そうな顔をするも東雲は桐沢の案を飲み込んだ。 小さく頷き、開け放った扉を閉める。


「わりと神妙な顔してたな。 年頃の女の子が、夜に男の部屋を訪れる……それも神妙な顔付きで「少し良いですか?」ときたもんだ。 状況と雰囲気、経験……はないからともかくとして、これは」


 桐沢は一人呟き、立ち上がる。


「告白だな!?」




「実はつい先程、夏井さんから連絡がありまして……鴉の一人を捕らえたと」


「告白じゃねえ! ないとは思ってたけどちょっとは期待してたのにっ!」


「いきなりなんですか? 具合が悪いのでしたら、医務室に連れて行きますが……歩けますか? キツイようでしたら、背中を貸しても構いませんよ」


 それから施設の中庭へとやってきた。 中庭にある池の前、そこにあるベンチへ腰掛けると、東雲はそう切り出した。 桐沢の予想とは的外れも良いところであり、そして真面目に心配をするのは東雲だ。


「いや大丈夫。 てか捕まえた? 鴉の奴ってことは、あの氷野郎の仲間ってことだよな?」


「氷野郎……龍宮寺真也のことですね。 その通りです」


「それって」


 まさかと思い、桐沢は若干身を乗り出す。 東雲の妹、確か名前は東雲弥々という子だ。 その子は鴉に所属するエドワーズという男に殺されたと、ついこの前東雲の口から聞いている話がある。 今回捕まえたその人物は、そいつなのではと思ってのものだ。


 が、東雲は右手で桐沢を制し、言った。


「残念ながら、笹枝(ささえだ)(つむぐ)という女です。 文字は『四百四病しひゃくしびょう』というもので、精神系の文字ですね」


「……そっか」


「どうして残念そうにするんですか?」


「あ、いや。 敵を捕まえられたのは良いことだろうけどさ……東雲としてはやっぱりエドワーズを捕まえたかったんじゃないかって思って」


 それを聞くと、東雲は小さく笑った。 最初こそ無表情のことが多い彼女であったが、意外と話してみるとその表情は豊かであることが分かった。 よく見なければ分からない変化だが、東雲は様々な表情を見せてくれる。


「人の心配をしている場合ではありませんよ、宗馬くん。 未だにわたしと戦って、一本も取れないような状態では」


「……ごもっともで。 東雲さんには敵わねえからなぁ」


 桐沢は言いながら、ベンチに深く座り込む。 その姿を横から眺めながら、東雲は短く息を吐いた。


「実戦ではまた違うと思いますけどね。 宗馬くんには、強力な文字があるので」


「まぁそうだけど……弱点ってのもあるし。 俺の文字は、先手を取られたら絶対勝てない」


 その言葉通り、桐沢の誇大妄想はまず思考をしなければならない。 つまり思考外の事柄には対処することができず、不意打ちや不可視の攻撃には滅法弱いのだ。 それを補うために、神藤や東雲との文字抜きでの戦闘訓練ではあるが、その成果はすぐには現れない。


 焦りというのはあった。 今日この日、東雲から聞いた「鴉の一人を捕らえた」という話もそうだ。 恐らくは夏井や神藤辺りが熟した仕事であろうが、置いて行かれているという感覚は拭えない。 いざ人権維持機構という組織に加わったものの、役に立てているかすら分からないというのが現状なのだ。


「わたしも最初は、そういう風に焦りもしていましたよ」


「っと……わり、言葉に出てたか」


「いいえ、そのような気持ちがあるのであれば、わたしも安心できます。 幼い頃……小学生くらいのときは、夏井さんや神藤さんによく相談してました。 わたしは役に立てているのか、と」


 東雲由々という人物は、決して努力を怠ったりしない努力家でもある。 同時に失敗を嫌い、責任感が人一倍強く、自分の役目を全うしようとする。 それをここ数週間近くに居た桐沢は嫌というほど知っていて、だからこそ東雲は強いのだと同時に思った。


「今はまだ、というのが正直な答えでした。 でも、その気持ちさえあれば強くなれるとお二人は言ってくれたんです。 だから大丈夫ですよ、宗馬くん。 宗馬くんはわたしと似たようなタイプですし」


「だと良いんだけど。 なんか悪いな、お悩み相談みたいになっちまって」


「わたしなんかでよければいつでもどうぞ。 宗馬くんのように先を見ている人は結構好きですから」


「……は!?」


 いきなりの言葉に、桐沢は慌てて東雲と距離を取る。 その行動が不思議だったのか、対する東雲はキョトンとした顔付きで桐沢の突然の行動を奇異の目で見つめていた。


「わたしに好かれるのは嫌ですか?」


「いやそうじゃないけどね!? そうじゃないけどさ……東雲さん、そういうのってあんま口にしない方が良いような……」


「……そうなんですか? 夏井さんにも似たようなことを言ったことはありますが、夏井さんは「うんうん」と、納得している様子でしたよ?」


「あの人らしいな……」


 ここまでズレていると、心底この先が心配になってくる。 東雲としては桐沢に向けるのはただの好意であり、それ以上でもそれ以下でもないのは明白だ。 だが、面と向かってそう言われると照れ臭いというのが正直な感想である。


「話変えても良い?」


「またいきなりですね。 ええ、どうぞ」


 座り直し、桐沢は一度深呼吸をする。 少し失礼なことを尋ねてみようと、思い至ってのことだ。


「東雲って恋愛とかしたことあんの?」


「はぁ……恋愛、ですか。 それがどういうものか分かりませんが、夏井や神藤、機構のみんなや宗馬くんに対する好意とはまた違うものなんですよね」


「おお、良かった。 てっきりみんなに恋愛してるとか言われるのかと思った」


「どういう目でわたしのことを見ているんですか。 一応、本はよく読むので」


 なるほどと、桐沢はそう感じる。 東雲の知識は恐らく大半が書物によるもので、実際に自分で体験するということは殆どないのだろう。 よって、恋愛というものこそ知っているが、それがどういうものなのかを知らないと。


 年頃の女子とする会話ではないなと思い、桐沢は思わず笑う。 その反応が納得できないのか、東雲は顔を顰めて桐沢を睨みつけた。


「ところで、そう言う宗馬くんは恋愛経験などあるんですか?」


「……めちゃくちゃあるよ」


「妄想の中の話ですか?」


「よく分かったね?」


「そうだろうと思ったので」


 変に鋭いのも考えものだと思う桐沢であった。

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