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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第五話

「そんなに強いなら最初から言ってくれよ……あービックリした」


「宗馬くんが少々強気に出ていたので、思い知らせようかと。 制限付きではありますが、わたしの夢幻泡影は身体能力を劇的に飛躍させます。 ただし、十分間しか使うことができません」


「なんかのヒーローみたいだな」


 手合わせを終えた二人は、また櫻井の家の中へと居た。 今はコタツを囲み、三人はミカンを頬張っている。 近くに置かれたストーブからも暖かい風は出ており、外の寒さが嘘のように家の中は暖かい。


「ですが、それだけ強力とも言えます。 事実、わたしの姿は目に追えなかったはず」


「まぁ確かに……。 けど、それだけ強い武器があるなら、どうしてさっきはボコされてたんだよ?」


「その言い方に若干の悪意を感じますが、あのときわたしは武器を使ってはいません。 使うわけにはいかないんです」


「どういう意味だ?」


 桐沢が尋ねると、東雲はミカンの筋を指でこまめに取りながら、その質問に答えた。


「この武器は最終手段、言わば奥の手というものです。 なので、奴らの前で使うのは確実に仕留められる時だけということなんです。 奥の手、切り札というのは隠してこそ最強の手となり得る」


「……いやでも、今言っちゃってるじゃん」


「必要がなくなった、ということですよ。 わたしたち人権維持機構の武器はとても数少ない、その内の一つがわたしの武器だったのですが……宗馬くん、あなたという切り札がある今、そのカードを隠す意味も勿体振る理由もない」


 それは、東雲なりの意思表示だ。 本来であれば決して公にしてはならない武器、懐の奥深くに潜ませた刃を桐沢の前で出すということは、もしも桐沢が手を貸さなかった場合、人権維持機構の攻めの手段を一つ欠くということだ。 敢えてそれを曝け出すことにより、桐沢の助力というのがどうしても必要だった。


 言ってしまえば、桐沢の文字はそれほど強力なものなのだ。 それも東雲の持つ奥の手、夢幻泡影という強力な文字が込められた武器を軽く上回るほどに。 龍宮寺真也にその文字がたとえバレていたとしても、余裕を持って実戦で使えるレベルに強力な武器だ。


「戦略の幅が大きく広がるんです。 わたしの武器を隠す必要がないということは、わたしも思う存分戦える。 それに先ほどの戦いで龍宮寺はわたしに対する警戒心も薄れていると思いますから……意表を突くという戦い方もでき、更にその上、あなたが居れば百人力ということです」


「ちょっと待て、黙って聞いていたが……私と宗馬は、まだ完全に協力するとは言っていないぞ?」


「……わたしも、当然無理強いはしません。 ですが、よく考えてください。 龍宮寺たち鴉はわたしたち人権維持機構の排除が終われば、必ず一般市民たちにその矛先を向ける。 そうすれば、あなたたちの学友にも被害が及ぶかもしれないし、ご家族にも被害が及ぶかもしれない。 それは決して、避けては通れない道なんです」


「脅しのつもりか、それは」


 東雲の言葉に、櫻井が少々目を鋭くして尋ねた。 が、東雲はそれを意に返すことなく口を開く。


「どう捉えてもらっても構いません。 ですが、わたしは事実を述べているだけです」


「私たちの気持ちも考えずによくもまぁ……!」


 櫻井は言うと、コタツを強く叩く。 それを見て、櫻井を止めたのは桐沢だ。


「落ち着けよ櫻井。 確かに言い方は悪いかもしれないけど、言ってることに間違いはない。 俺は話を聞くくらいはしても良いと思ってる」


「しかしだな……」


「東雲の行動だけで十分だよ。 人権維持機構、その一つの組織として隠していた武器を見ず知らずの俺たちに教えた。 まぁ本当かどうかは分からないけど、それだけ切羽詰まってるってことだろ?」


「……否定はできません。 壊滅も間近というのが、実情です」


 東雲は歯を食いしばり、そう言った。 その顔を見て、桐沢と櫻井は顔を見合わせる。


「櫻井、俺は協力したい」


「まったくお前って奴は……。 良いよ、分かった。 ただし、あくまでもまだ話を聞くだけだ。 内容によっては協力できないということも分かって欲しい」


「構いません。 明日の早朝、わたしたち人権維持機構の本拠地へと案内します。 今日は色々ありました、ゆっくり休みましょう」


「ああ」




 夜は更ける。 桐沢は櫻井たちとは別部屋に通され、外の景色が見える畳部屋で横になった。 窓から見える外は吹雪いており、寒さは俄然厳しさを増しているようにも見える。


「感染者、か」


 桐沢は布団に横になりながら、自らの手を上へと掲げた。 昨日と変わらぬ手、昨日と変わらぬ見た目の手。 しかし、その中には昨日と違う物が流れている。 未だに実感も、現実味もない話だった。 今日の朝も変わらず家を出て、変わらず学校で勉強をし、変わらず図書室で妄想に耽った。 そんな変わらぬ日々は、一日は、まるで移り変わってしまった。


「妄想じゃいくらでもしたけどな。 けどやっぱ、怖いよな」


 手は、震える。 自分が主人公の妄想など、数え切れないほどのものだ。 そして妄想の中での自分は強く、誰にも負けず、最強の能力を持った男だった。 それに違わぬ信念や、それに違わぬ努力も重ねていて……。


「俺は、お前のようになれんのかな」


 現実になった途端、それは恐怖となった。 戦う決意を固めれば、死力を尽くして戦わなければならない。 それは、いつ死んでもおかしくはないという状態になる。 その死は明日かもしれない、明後日かもしれない、一週間後かもしれない、一ヶ月後かもしれない。 一年後の自分は果たして、生きているのだろうか。 そう考えると、どうしようもなく怖かった。


「……駄目だ駄目だ駄目だッ! 弱気になんなよ俺! 気合入れろッ!!」


「うるさいぞアホ! 何時だと思ってるんだ!」


 襖が開き、眉間に皺を寄せる櫻井が現れた。 桐沢は体をびくりと反応させ、愛想笑いをする。 すると、その表情のまま櫻井は襖を閉めた。


「……あービビった。 あいつ怒るとマジでおっかないな」


「誰がおっかないって?」


「うおっ!? まだいたのかよ……驚かすなって」


「そんな怖い顔していて放っておけるか。 ん」


 櫻井は言いながら部屋の中へ入ってくると、手に持っていたお茶を差し出した。 冷蔵庫に入っていたのか、冷えたペットボトルは暖かい部屋の中では心地良いものだった。 桐沢はそれを受け取ると、布団から出て壁へと背中を預ける。


「サンキュ。 珍しく気が利くな」


「いつもだろうがっ」


 頭を小突かれ、叩かれた頭を抑えたところで、櫻井は桐沢の横へと腰掛けた。 化粧もなく、ゆったりとした寝間着を着ている姿はどこか幼くも見えてくる。 思わず桐沢は笑ってしまい、それを見た櫻井もまた笑った。


「で、なんか用事だったか?」


「あんな顔をしていて、放って置けるわけがないだろ。 大丈夫だよ宗馬、私も一緒だから。 私も怖い」


 言い、膝を抱える。 何を思っているのか、櫻井は目を細めて、抱えた膝の上に顎を置いた。


「……そうだよな。 なんか巻き込んだみたいで悪い」


「馬鹿言え。 倒れていた東雲を助けようと思ったのは私だ。 それを言うなら、巻き込んで悪いと言うのは私の方だと思うぞ?」


「けど、感染者になったのは俺だし。 これからどうなるかも分からないし……」


「人間だよ」


「え?」


「お前は人間だよ、宗馬。 私が知ってる桐沢宗馬、私の友人の桐沢宗馬、私の幼馴染の桐沢宗馬。 感染者だとか人間だとか、私にとってはどうでも良いことだ。 お前が桐沢宗馬だから、私はお前の力になりたい」


 櫻井は桐沢の目を見つめ、そう言った。 迷うことなき言葉であり、心からの言葉。 それは桐沢にもすぐに分かり、なんだか小恥ずかしくなり桐沢は顔を逸らす。


「……死ぬかもしれないのにか? 別に無理に付いてこなくても」


「死ぬのは嫌だな。 やりたいことも沢山あるし、やり残したことだってある。 だからさ、宗馬」


 自らの服の袖を握り、櫻井は言う。


「私を守ってくれ」


「んだよそれは」


「良いだろ、別に。 妄想の中じゃ、いつもお前は格好良い最強の主人公なんだから。 私の命の一つくらい守ってくれても」


「……そうだな。 俺、最強だもんな」


「ああ、そうだ」


 それから静寂が訪れた。 しかし不思議と、その静寂は心地良いものだった。

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