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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第四話

「人権維持機構って、具体的にどういうことをしてるんだ?」


 その後、並べられた食事を口に運びながら、桐沢は東雲へ問を投げかける。 桐沢や櫻井同様に料理を口にしていた東雲は、若干の嫌悪感露わにその質問に答えるべく口を開いた。


「食事中は静かにと習わなかったのですか、あなたは。 ……まぁ良いです、その質問ですが、今現在は龍宮寺真也が率いている組織との戦いが主な仕事となっております」


「龍宮寺……って、あの氷野郎か」


「確か、絶対零度と言っていたな。 感染者のことについて詳しくはないが、文字というのがそれなのか?」


 東雲の言葉に二人はそう返す。 それを聞き、東雲は焼き魚を箸でほぐし、一口食べると続きを口にした。


「感染者は原則として文字と呼ばれる能力を扱うことができます。 多種多様ではありますが、感染者となった瞬間に自分がどの文字を使えるのか、それが頭に入ってくるはずです。 文字には様々な力があり、純粋に強力なものから応用の効くもの、てんで役に立たないものなど様々です」


「……そういやそうだな。 俺も、気付いたら普通に使ってたけど」


「ええ、それが文字を扱うということですね。 たとえば龍宮寺の絶対零度は、わたしたちの調査に寄れば周囲数十キロに及ぶ気温低下、そして空気中の水分を凍結させ防御にも攻撃にも転用できる強力な文字です。 あまりに強力が故、彼も制御し切れずに周囲の気温は低下しているので、居るというのが分かりやすいですが」


「もしかして、ここ最近気温が極端に低いのもあいつの所為なのか?」


「はい。 そしてその龍宮寺が率いているのが、(からす)と呼ばれる組織……感染者集団なんです」


「感染者の集団……そんなのが、この北部地方にもあったんだな。 私はてっきり、都会の方の話だけだと思っていたよ」


「……神人の家のことですか。 奴らともいずれ、わたしたちは戦わなければなりません。 特に神人の家は危険過ぎます。 奴らが生きている限り、世界の平和はないと言っても過言ではないでしょう。 そのような者たちを倒し、切り開いていかなければなりません」


 人権維持機構の見据える未来は、人間と感染者の完全なる和平だ。 同じ人同士、共に生きていく道はあると彼らは信じて疑わない。 その想いが組織を創り上げ、そして人々を集めた。 人権維持機構には人間も、感染者も所属しているのだ。


「……龍宮寺真也、鴉は対策部隊と戦闘を繰り返しています。 そして同時にわたしたち機構の者も敵視しているんです。 少なくとも、鴉と対策部隊の戦闘は拮抗していますが、機構の立場は危ういものです」


「……強い集団じゃないのか? 人権維持機構って」


「出来る限り選りすぐりの人員は集めています。 ですが今、決定的に足らないのは純粋なる戦闘力。 わたしの他にも数名の戦闘員は居ますが、正直な話決定的に足りていません。 そこで、あなたの力が多少なり役に立つと思っています。 わたしたちのリーダーも、歓迎してくれるかと」


 東雲は言いながら桐沢へと顔を向ける。 桐沢の文字、誇大妄想という力は確実に戦闘向きの文字だ。 そして、底が分からないという点が東雲の興味を引いたとも言える。 もしかすると莫大な戦力を手に入れられると、そう思って。


「けどさ、正直な話……東雲さんは、龍宮寺には勝てないんだろ? こう言うのも悪いんだけど、そんな東雲さんが戦闘員ってことは、結構危ない状況なんじゃないのか?」


「東雲で構いません。 まぁもっともな意見ですね、人間と感染者では埋まらぬ差は確実にあります。 そこで、わたしたち人間に何ができるか……答えは、これです」


 言いながら指差す先にあるのは、スカーフだ。 東雲が首に巻いている赤色のスカーフ、それを指差したのだ。


「これがわたしたち人間が手にする最大にして最強の武器。 対策部隊には文字刈りと呼ばれる人間たちがいます。 彼らが感染者に対抗するために作り上げた武器、それがこれなんです」


「……特殊兵器みたいなものか? いや、だが対抗できるとなると……まさか、文字を扱える?」


「あなたは察しが良いのでわたし好みですよ、櫻井さん。 その通り、これらの武器は人間が扱う武器にして、文字が込められているものです。 それで先程の続きですが……少し、試して見ましょうか」


 丁度そのとき、東雲はご飯を食べ終わり小さい声ながらも「ご馳走様でした」と言い、立ち上がった。


「まだ万全ではありませんが、それなりには動けます。 宗馬くん、あなたの力をわたしが見ましょう。 もしもあなたが勝てたら、金輪際あなたの言葉に絶対服従でも構いません」


「乗った!!」


 勢い良く言う桐沢を見て、深くため息を吐く櫻井であった。




「では、先に手を地面に付いた方が負けということで良いですか? 文字の使用は自由、殺傷性のある攻撃をするのは不可で」


「ああ、問題ない」


 二人は外へ出ると、向かい合った。 その間に距離を置いて立つのは櫻井で、形式上彼女が判断を下す形となっている。 そのため、素人目で見てもハッキリと決着が分かるように、地面に手を付いた方が負けという条件だ。


「わたしが負けた場合は絶対服従ですが……宗馬くん、あなたが負けた場合は?」


「なんでも良いよ、別に。 お好きにどうぞ」


「随分な余裕ですね。 では……その場合もわたしに絶対服従ということで」


「ああ」


「……おい宗馬、本当に大丈夫なのか?」


 そこまで行き、段々と不安になってきた櫻井は桐沢へと尋ねる。 どうせ桐沢の方はろくなことを考えていないのだろう。 自分に要求してきたことも巫女服でメイドということで、それを考えると東雲に命令するであろうこともくだらないこととしか思えない。 何より、桐沢は妄想好きであり、それが実現するとなれば後先考えないかもしれない。 そんな思いから、櫻井は桐沢へと尋ねた。


「大丈夫大丈夫、だって妄想を現実にするんだぜ? 始まったら速攻、東雲が転んで手を付く妄想をすれば終わりだよ」


「確かにそうかもしれないが」


 事実、そうだ。 桐沢の誇大妄想にはそれだけの力がある。 桐沢が妄想できることであれば、それは現実へと還元されるという強力な力だ。 その底はまだ分からないものの、先程の戦いである程度の理解は得ている。 よって、桐沢は負けるという光景こそ想像ができないものであった。


「ちなみに東雲、俺が負けたらどんな命令をするつもりなんだ?」


「先ほども言いましたが、取引というのは常に公平であればこそです。 わたしから語り、リスクを取る意味が分かりません」


「相変わらずだな……。 まぁ良いさ、俺が勝った場合、まずはナース服を着てもらう!」


「……ナース服? それをわたしに着ろと」


「ああそうだ。 で、一日メイド! これだな」


「宗馬、後で話がある」


「なんで!?」


 東雲だからこそ価値のあることだと、桐沢はそう思っていた。 櫻井のような男勝りな性格でも当然そうなのだが、東雲のような他者を寄せ付けない、正しく氷のような性格の持ち主だからこそ、絶対にしないであろうコスプレをさせることにより、ギャップが生まれるのだ。 そこのギャップに惹かれるというのは、男であれば誰しもあることだと、桐沢は信じて疑わない。


「予想以上にくだらない妄想ですね……。 ですが、構いません。 わたしが勝った場合はひとまず、頭を下げてもらいましょうかね」


「へ? そんだけで良いの?」


「もちろん。 櫻井さん、いつでも始めてください」


 東雲は言い、スカーフを口元まで移動させる。 そのスカーフを後ろで縛り、東雲の口元は完全に覆われた。


「では、二人共準備はいいな? 地面に手を付いたら負け、殺傷はなし。 それでは……」


 櫻井が手を上げる。 それを確認し、東雲は口を開く。


「理由は三つあります。 まず一つ目は、龍宮寺との戦闘でわたしは本気を出していません」


 東雲を纏う空気が変わった。 まるでそれは強烈な風のように、桐沢の体を襲う。 横で手を上げている櫻井には変化がなく、そのことからこれは単に東雲から飛ばされる威圧感だと、認識した。


「二つ目。 あなたの文字には致命的な弱点が存在します――――――――夢幻泡影(むげんほうよう)


 スカーフは、完全に東雲の体と一体化する。 そしてそれを受けた東雲の瞳は赤く染まり、端正な顔には無数の血管が浮かび上がった。 踏みしめる地面が割れる、纏う空気が刃となる、そしてその赤く染まった瞳には、明確なる意思が存在する。


「始めッ!!」


「そして、三つ目」


「――――――――は?」


 世界が反転する。 何が起きたのか、何をされたのか、それを理解する間もなく、そして理解する頃には勝負は決着している。 目の前には()()()()()。 東雲の姿が、消えている。


「わたしが負けるということは、残念ながらあり得ません。 故に賭けなどどうでも良いですね」


 地面に倒れたのは、桐沢であった。 そして、その場に居た誰もが気付かぬ内に、東雲は桐沢の背中へと座っている。 既に文字は解除しており、そのスカーフを片手で取りながら。


 あり得ないと、桐沢はそう思った。 一応これでも警戒はしており、東雲が動き出す瞬間には瞬きすらしていなかった。 だがそれでも、東雲の姿を捉えることができなかったのだ。


 いくら早かろうと、いくら一瞬であろうと、行動の初動というものは存在する。 そこを見極めさえすれば反応は確実にできただろう。 だが、桐沢が見た光景に変化はなかったのだ。 自らが倒れ、そして東雲が視界から消えたと気付いたときには既に、負けていた。 姿が消えたと認識した瞬間には、決着が付いていた。


「その無様な格好でも充分ですが、約束は約束。 まずは頭を下げて貰いましょうか、宗馬くん」


 首にスカーフを巻き直し、東雲由々は小さく笑うとそう言うのであった。

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