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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第三話

「しかし驚いたな……まさか、お前が感染者になるとは」


「……いや俺も何がなんだか。 必死になってて、あんま覚えてないんだ。 文字がどういうものか分かって、どんな文字か分かるっていう不思議な感覚はあったけど」


 その後、二人はひとまず一番近い櫻井の家へと向かった。 神社の敷地内にある小さな家で、高校生である櫻井はそこで一人暮らしをしている。 それも櫻井家の仕来りらしく、高校に入ってからの三年間は神社内と繋がってる家ではなく、敷地内にある小さな家で暮らすというのが通例であった。 精神面、肉体面に置ける鍛錬という意味合いもそこには含まれている。


 いつもは少し物寂しい一人暮らしであったが、今回の場合はそれが吉と出た。 ゆっくり話ができる場所、そして桐沢はまだしも、もう一人ばかし今回は来客が居るのだから。


「ふふ、私を助けようとか?」


「ちげえよ!」


「……違うのか?」


「あ、いや……違くはない、けど! それより、こいつはなんなんだ?」


 桐沢は言い、未だに意識を失っている少女を指差す。 今は布団に寝かされており、気持ちよさそうに寝息を立てていた。 背は小さく、軍服のようなコートが特徴の少女……茶髪がどこか似合っている少女だった。 先ほどまではかなりの傷を負っていたが、そこで有効活用されたのが桐沢の文字は妄想を現実へと変える力だ。 それを使い、既に櫻井と少女が負っていた傷は治されている。 とは言っても、完全にまでは治せているわけではない。


「私があそこを通ったとき、その少女が丁度攻撃されていたんだ。 それで地面に倒れていて、咄嗟に体が動いて」


「お前も人のこと言えないじゃん。 けど無闇矢鱈に行くのはやめろよ、先に俺を呼ぶとか、あったろ」


「……そうだな。 すまん」


 そんな会話が、今の桐沢にとっては何より嬉しかった。 桐沢は言葉にしなかったが、内心では櫻井の態度が変わってしまったらと恐れていたのだ。 人間と感染者は似て非なるもの、いくら口では同じだと訴えても、確実に異なってしまっているのだから、それによって櫻井の態度が変わってしまうことがどうしようもなく怖かった。


 が、それはただの杞憂だったようだ。 櫻井はいつもと変わらず、そこに居てくれている。 桐沢を見る目も変わらず、いつも通りの櫻井だ。


「ん……」


 と、そこで呻き声のような声が聞こえた。 それから間髪入れず、櫻井の家に響き渡ったのは叫び声だ。


「な、な……! 誘拐ですか……!?」


「違うよ!?」






「なるほど、それでわたしを助けてくれたということですね。 無様な姿を晒し、申し訳ありません」


 事情を説明すると、少女はすぐさま畏まり、その場で正座をし頭を下げた。 眠そうな眼、それに反して声の芯はしっかりとしており、性格もまた同様の様子だ。 その雰囲気に飲まれ、櫻井も桐沢も正座をし、向かい合っている。


「……このわたしが失敗など、無様も良いところですね。 それにあなたたちのような一般人に助けてもらうなど、あるまじき行為です」


「はは、そりゃ大変だったな」


 見た目と立ち振る舞いからして、その少女はどこかの組織に属しているようにも見えた。 桐沢や櫻井を「一般人」と呼ぶ辺り、その考えは恐らく当たっている。


「ですが、ひとまずお礼を述べるべきでしょう。 助けて頂き、ありがとうございます。 わたしは東雲(しののめ)由々(ゆゆ)と言います」


 茶色い髪は短めで、目に少しかかる程度の長さしかない。 背は櫻井よりも小さく、高いという分類ではないだろう。 そんな東雲は無表情で言うと、右手を差し出した。


「私は櫻井吹雪だ。 こっちは桐沢宗馬。 聞きたいことは山ほどあるのだが……まずは夕飯でも食べよう。 これもまた何かのよしみ、ご馳走するよ」


「いえ、わたしはすぐに戻って報告を……ッ」


 東雲は言いつつ立ち上がろうとするも、その顔を苦痛に染めて倒れ掛かる。 慌てて櫻井がその体を支え、東雲の顔を覗き込んだ。


「無理はするな。 私には良く分からないが、何事もまずは体を万全に整えてからだ」


「……はい」


 渋々、まるで苦渋の決断をしたかのような東雲に思わず笑いながら、櫻井はキッチンへと姿を消していく。 それを見送った後、二人っきりという気まずさから桐沢は東雲へと声を掛けた。 櫻井が言っていた聞きたいことというものは、当然桐沢も持ち合わせている。


「……で、お前は何者なんだ? あいつ、龍宮寺に絡まれてたってことは……感染者、なのか?」


「そうですね、あなたには話をしておいた方が良いでしょう。 まずひとつ目、わたしが感染者かどうかという質問ですが、答えは「違う」というものになります。 わたしは感染者ではなく人間……ですが、()()()()()()という組織に属しています」


 ――――――――人権維持機構。 それは、この世界に置ける一つの在り方でもある。 人間と感染者、それらの仲を取り持ち、お互いがお互いを敵視することなく、共存する世界を目指す者たちのことだ。


 夢見る馬鹿と称されることも、現実を見れていないだけと称されることもある。 だが、それでも人権維持機構は常にその見果てぬ世界を見続けている。


 感染者対策部隊、つまりは政府側からも、その対策部隊を敵としている感染者たちからも邪魔者だとされている存在。 それが、人権維持機構の今だ。


 そこが明確になっている以上、人権維持機構に加担する者は極端に少ない。 昔こそ大組織だった彼らだが、今となってはこの北部にのみ拠点があるといった惨状だ。 その人員もまた、多くはない。


「人権維持機構? それの仕事であいつと戦ってたってことか?」


「取引は常に同じ立場でなければならない。 わたしはあなたの質問に答えました、次はあなたが答える番ですよ、ええっと……」


 それを聞き、桐沢はどこかやり辛い相手だと感じる。 冷たい性格……東雲の表情がそれを表しているようで、無表情かつ抑揚のない格式張った喋り方もそれを表しているように見えた。


「桐沢宗馬。 分かったよ、それで?」


「どうやってあの龍宮寺から逃れたのか、それがわたしが現在得ている疑問です。 宗馬くん」


 いきなりの名前呼び、しかも君付けかと思いつつも、桐沢は返事をするべく口を開く。


「どうやってって言われても……いや、なんか俺が感染者だったみたいで、それで……」


 そして、桐沢は経緯を説明する。 龍宮寺と戦ったこと、感染者となったこと、龍宮寺を退けたこと。 記憶は曖昧だったこともあり辿々しい説明だったが、大まかな流れを説明するのに苦労はしなかった。


「誇大妄想……妄想を現実にする文字? 待ってください、その文字は、あなたの妄想は一体どのレベルで現実になるんですか?」


「どのレベル? えっと、正直分かんないけど……」


 その言葉通り、桐沢は自身が持つ文字の強さを正確には知らない。 何ができ、何ができないのか。 一見すれば最強の文字に見えたとしても、致命的な弱点がある文字は多く存在する。 言ってしまえば獅子女のように、欠点を消し去るほどの強さを持った文字の方がよほど珍しいのだ。


「わたしの体も限界で、時刻的にも遅い。 なので明日……明日、わたしたちのアジトに案内します。 もしあなたが興味あればですけど、わたしたち人権維持機構に手を貸す気はありませんか? 世界を正しい道へ進ませるために、協力して欲しいんです」


「は? いや、んな急に言われても……」


「良いんじゃないか」


 そこで声を放ったのは、櫻井であった。 その手には既に料理が持たれており、小さな卓上テーブルの上へと並べていく。 美味しそうな香りが、鼻を刺激した。


「どこまで事実かは知らないが、感染者というのは対策部隊に捕らえられるのだろう? ならば、多少は安全な場所に身を置いた方が良い」


「仰る通り。 感染者というのは、存在そのものが絶対悪というのが現状です。 感染者というのが周囲に知れれば、あなたの下には間違いなく対策部隊がやって来る。 その身を守りたいのであれば、ご同行をお願いします」


 口調としては頼みごとをしているようであったが、その声色はやはり冷たい。 暖かさというものが、東雲からはあまり感じられなかった。 それもあり躊躇する桐沢であったが、横から口を挟むのは櫻井だ。


「ただし、私も連れて行け。 それであれば許可する」


「許可ってお前……」


 そうは言ったものの、こうなった櫻井は絶対に言うことを聞かない。 その条件が飲まれなければ、無理矢理にでも付いてくるか、もしくは桐沢が拘束されるかのどちらかだ。


「わたしたち人権維持機構は、有能でなければ置きはしません。 櫻井さん……と言いましたか? あなたは何ができますか?」


 それを聞き、櫻井は腕組みをし、自信満々にこう答えた。


「料理が上手い」


 更にそれを聞き、東雲は答える。


「……一考の価値はありますね」


 本当に大丈夫なのか、不安が募るばかりの桐沢であった。

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