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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第三章
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第二話

「くっ……あっ……」


「息が苦しいか? そりゃーそうさ、気管ってのは気温の変化に敏感でな、寒いとそれが顕著に現れる。 つうか別にお前まで殺そうって魂胆じゃなかったんだけどよぉ」


 首を掴まれ、トンネルの内壁へと押し付けられているのは櫻井だった。 その櫻井の足元には、一人の少女が横たわっている。


 締め上げられている首からは尋常ではない冷気が流れており、まるで冷凍庫の中にいるかのような感覚だ。


「んでお前はなんなわけ。 こいつを助けようとでも思ったか? 助けられると思ったか?」


 男は言うと、横たわる少女の腹部を踏み付けた。 短いうめき声を上げたことから、まだ息はあるようだ。 だが、このままでは櫻井も少女も、この男に殺されることは分かりきっている。


「人を……助けようとして、何が悪いッ!」


 櫻井は言い、左手で持っていた竹刀を振るう。 男の頭部目掛けて振られたそれは、男の頭部数センチのところで停止した。


 出現するは、氷の壁。 まるで超能力のように現れたそれは、竹刀の一振りを軽々と受け止めていた。


「人助け、ね。 はっ! じゃあお前さ、もしもこの女が悪人だったらどうすんだ? 事情も知らねえ奴が、ただ自己満足で助けた結果、より多くの人間が死んじゃいました。 そうなったらテメェはどうすんだ? 責任取って死ぬか? あぁ?」


 若干手の力を弱め、男は言う。 櫻井はその手を掴みつつ、男の顔を睨みつけ、言い放つ。


「知ったことか……! 目の前で助けを必要としている人が居れば、私は助ける……! そいつが悪人だったのなら、次は私がそいつを止める……それだけだッ!!」


「くだらねぇ、反吐が出る考え方だな。 おい響、こいつどっちだ?」


 男は言うと、視線を後ろへと向ける。 そこに立っていたのは子供だ。 小学生ほどの年齢かと思われる少女、響と呼ばれた少女は淡々とその質問に答える。


「……人間。 反応ないから、たぶんそう」


「だろうな。 まぁそれならそれで構いはしねぇ。 第一、俺はこういうクソみたいな考えが大っ嫌いだ。 救えねえものは救えねえ、テメェじゃ人の一人も救えねえよ」


 手の力が強まった。 息が全く出来ず、櫻井の顔は青く染まる。 必死に抵抗するも、男の力はとても逆らえるようなものではなかった。


 このまま死ぬのか。 何もできず、何も救えず、ここで死ぬのか。 そう思った、そのときだ。


「その手を離せクソ野郎ッ!!」


 聞き慣れた声がした。 霞む視界の中、櫻井が視線を向けると、そこに立っていたのは見知った顔だ。 そして、唯一無二の友人だ。


「あ? んだよ今日は……おい響」


「……一緒。 この人も人間」


 男は何を思ったのか、櫻井の首を締め上げている手を離した。 咳き込み、櫻井は首を抑えつつその場に座り込む。


「テメェ名前は? こいつと知り合いか?」


「俺は桐沢だ。 桐沢宗馬、そいつは俺の友人だ!」


「へえ。 おい良かったな女、助けに来たってよ」


「逃げ、ろ……宗馬、逃げろッ! こいつは、感染者だ!」


 明らかに人間のものではない力を男は持っている。 聞いた話によれば、感染者というのはそれぞれ、特殊な能力を扱うことができると聞いていた。 文字と呼ばれるそれは、人間では到底起こせない物事を起こすことができる。 そして、それ故に感染者は危険と判断され、迫害されている。


「おいネタバレしてんじゃねーよ。 ま、いっか。 そ、こいつの言う通り俺は感染者。 名前は龍宮寺真也だ。 持つ文字は『絶対零度(ぜったいれいど)』、空気中の水分を凍らせるっつえば分かるか?」


 言われ、桐沢はトンネル内の異常とも言える寒さの理由を知った。 この冷気は、この男から出されているものだ。 周囲の温度を下げ、そして凍らせる。 桐沢の目から見ても、強力な力だということは理解できた。


「そういや、テメェら友人同士だっけか。 助けに来たっつうことはテメェもこの女と考え方は一緒、ってことはだ」


 龍宮寺は櫻井に向け、手を翳す。


「さみぃなぁ、今日は本当にさみぃ日だ。 こいつが死にかけたら、テメェは当然助けに来るんだよな? くははッ!」


 そして、氷が放たれた。 宙で形成されたそれは、一直線に櫻井へと飛ばされる。 そして、櫻井の肩に突き刺さる。


「あぐっ……!」


 氷が、血に染まる。 深く刺さったのか、櫻井は顔を歪ませた。


 少なくとも、それは決してやってはいけない行為であった。 桐沢にとって、櫻井吹雪は唯一無二の親友であり、そして同時に恩人でもある。 その彼女のことを目の前で傷つけるという行為は、桐沢宗馬を知っている人間であれば決してやってはいけないことなのだ。


 これまで、櫻井を傷付け無事で居た人間はいない。 桐沢は櫻井のためであれば、自らの命を捨てることさえ厭わない。 それで櫻井が救われるのならば、彼は決して迷わない。


「てめぇ……!」


 感染者という者は、V.A.L.Vの含有率によって定められている。 10から15パーセント、その域に達することにより、初めて感染者と認められるのだ。 そして同時に文字というものも扱うことが可能となり、政府から危険因子の烙印を押されることを意味している。


 そして、更に言えば含有率がそれ未満の潜在的感染者というのも多く存在している。 が、その大半は変化なく、そのまま人間としての一生を終えることになることから、気にするほどのものでもない。 一億分の一の病にかかる可能性があるからといって、人々は混乱しないだろう。 それと同様に、潜在的感染者は居ないも同様なのだ。


 が、稀にそれは感染者となる。 その切っ掛けは様々であるものの、感情の起伏が大きく作用していると言われている。 当然、生半可な変化では影響はない。 それがあまりにも大きかったとき、極稀にV.A.L.Vは増幅するのだ。


 何か怒り狂ったとき、何か大きな悲しみを感じたとき、何か恨みを晴らそうとしたとき、何か大きな喜びを感じたとき。 そして――――――――何かを助けようと想ったとき。


「テメェは絶対に、許さねえ!!」


「……うそ。 おにい、あの人」


「ああ、分かってる。 マジかよ面白えな、お前」


 響は自身が持つ文字から、その者が感染者かどうかを判別することができる。


 文字名『合縁奇縁(あいえんきえん)』は、ある一定の範囲内に居る感染者を全て割り出す文字だ。 広範囲における感染者の索敵、それを可能とするのが龍宮寺響の文字である。


 そしてたった今、響はその文字から判断する。 目の前の先ほどまで人間だった男が、感染者となったことを。


 その雰囲気から、真也もまた直感的にそれを察知する。 真也がこの男は危険だとそう判断したからこそ、感じ取ることができた。


「良いねぇ良いねぇ、最っ高だ! 実に殺し甲斐があるってもんだぜ、なぁおい」


「今すぐ櫻井から離れろ」


「ッ!?」


 瞬間、桐沢の姿が消えた。 一体何が起きたのか、自身の眼前に拳があった。 全く反応できないほどの速度、それをたった今感染者となった者が出せるのか? そんなことは不可能であり、理解の範疇を超えている。


 が、真也の防御もまた優れたものである。 氷壁による自動防御、その防御は桐沢の速度にすら反応し、防御壁を出現させた。 桐沢の拳は氷壁に阻まれ……しかしその氷壁を破壊した。


「おいおいマジかよ、それぶち抜くのか」


「うおらッ!!」


 幸いなことに、氷壁による防御のおかげもあり、威力はいくらか減衰している。 そして速度もまた落ちている。 なら反応できない道理はなく、真也は後ろへ飛ぶことによりその殴打を回避した。


 ――――――――つもりだった。


「が、ぐぁ!」


 一体何が起きたのか、理解ができない。 避けたはずの攻撃が、自身の顔に寸分の狂いなく命中したのだ。 桐沢は完全に拳を振り切ったはず、そして居場所も変わっておらず、自分を殴るには距離を詰めなければならなかったはずだ。 だというのに、その場で数メートル離れた自身を殴った、一体何をしたのか。


 文字だ。 不可思議なことには、必ず文字が絡んでいる。 衝撃波か、距離を概念的に詰める文字か、それとも念動力の類か。 様々な可能性が真也の頭には浮かんだが、桐沢の放った言葉からそれらは全て否定される。


「よく分かんないけど、なっちまったものは仕方ない。 それに櫻井を助けられるなら、俺は何者にでもなってやる。 俺の文字は『誇大妄想』だ。 妄想を現実へと変える、それが俺の文字だ」


「な……んな馬鹿げた文字、あるわけが」


「俺は左拳を撃ち抜いた、その拳はテメェの腹部に命中したッ!!」


「がッ……」


 距離など関係なく、そして全てが無意味となる。 それが桐沢の持つ、妄想を現実へと変える文字『誇大妄想』だ。 根村が使用していた有言実行と似てはいるものの、それを遥かに上回る文字が誇大妄想だ。


 度重なる妄想は、桐沢の想像力を蓄えた。 度重なる想像は、桐沢の妄想を補完した。 度重なる空想は、やがて現実と妄想を邂逅させる。


「てんめぇ……!! ナメてんじゃねーぞッ!!」


 真也は声を荒げ、腕を広げる。 直後、トンネルを埋め尽くすほどの氷槍は出現した。 周囲の気温は更に下がり、龍宮寺を中心に氷結が生まれていく。


「ぶっ殺す、ぶっ殺すぶっ殺すブッ殺す!! 許さねえぞクソガキがッ!」


「……おにい、ストップ。 時間的にそろそろ応援きそう」


 激昂する真也に、響は尚も落ち着いて声をかける。 とてもそう声を掛けただけで止まる気配などなかったが、その一声で全ての氷が消え去った。


「ッ……! ああ、わりいな熱くなってた」


「……? おにいはいつも冷たい」


「そうじゃねーよ! ああもう良い、チクショウなんか冷めてきやがったな……おいクソガキ二人組、テメェらは俺が必ずぶっ殺す、次は覚えとけよ!!」


「……なんという捨て台詞。 おにいカッコ悪い」


 そう言う響の頭に手刀を落とし、真也は響を抱え、去っていく。 あまりにも唐突な出来事に、桐沢はただ見ていることしかできなかった。


 更に言えば、もうひとつ。 彼にとっての最優先事項は、友人である櫻井を守ることだ。 敵を倒すことでは、決してない。


「櫻井、大丈夫か!?」


 駆け寄る桐沢に、櫻井は小さく笑って答えるのだった。

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