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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
外伝 感染者のロクドウ
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第七話

「よう」


「……」


 施設から出たロクドウは、まずは身を置ける場所を探しに街へと向かった。 灯台下暗し、近くにあった街は小さいものの、入り組んだ構造となっており、雑多に建てられた家屋も多い。 そこで物件が見つかれば最良という判断からだった。


 その道中、まるで待ち構えるかのように男が立っていた。 ロクドウは一度後ろを見るも、誰もおらず、男が話しかけているのは自分だということを認識し、通り過ぎた。


「おい無視かよ。 耳聞こえてないのか?」


「いいや、聞こえているよ。 けれどわたしは君を知らない、それに平日の夜にわたしみたいな幼女に声を掛けるなんて、よほどの変人だろう? それもわたしはワイシャツ一枚、身の危険を感じたまでだよ。 この状態で話しかけるとはよっぽどの不審者だな」


「よく言うよ、死なないってのに。 自己紹介遅れたな、俺は獅子女結城。 神人の家っていう感染者の集まりの中でリーダーをやってる。 今日ここに来たのは、お前を勧誘しに来たんだ」


 獅子女結城、まだ十三歳という若い彼は既に神人の家を立ち上げており、そのメンバーを集めている最中であった。


「お前のことは知っている。 ロクドウ、歳を取らない不死の文字を持つ感染者。 数百年生きた最古の感染者だ。 それともう一つ、六道輪廻っていう精神干渉の文字を持っている」


「わ、ストーカーさんかい。 対するわたしは君のことは知らないな。 今出た情報を集めると、君が感染者でごっこ遊びがお好きということくらいしか分からない。 生憎とごっこ遊びをする年齢はとうの昔に過ぎ去ったんだ、話は以上かい?」


「人の話は最後まで聞けよ。 俺の仲間に情報通が居るからお前のことは知っている。 一年くらい前に集めた奴らで、まだ寄せ集めみたいなもんだけど。 でもごっこ遊びのつもりはない、試してみるか?」


 言い、獅子女は笑う。 右手に力を込め、ロクドウと戦うことも厭わないといった雰囲気が滲み出ていた。 そんな獅子女をしばし見つめ、ロクドウは肩を竦めて言う。


「いいや、止めておこう。 きっと君はわたしより強い、これでも人を見る目は持っていてね、見ただけで君がどれほど強いかくらいは分かる。 しかしわたしはこれから趣味に時間を割こうと思っているんだ。 一応聞いておくけど、その集まりの目的は?」


「対策部隊潰し。 今の世界にあいつらは必要ない」


「……実に壮大な夢だ。 ま、わたしは乗らないよ。 別にあいつらに恨みがあるわけでもなし、となれば入る理由もなしだ。 悪いが他を当たってくれ」


 ロクドウは言い、獅子女に背を向け歩き始める。 獅子女の予想では施設でのことから恨みを持っていると踏んでいたのだが、どうやらそれは見当違いだったようだ。


「おい」


「ん?」


 背中に声を掛け、獅子女は一枚の紙切れを渡す。 ロクドウがそれを受け取り、開くと、書いてあったのは住所と携帯の電話番号であった。


「そこ、俺の仲間が用意した場所だ。 んで下に書いてあるのは俺の番号。 気が変わったら連絡くれ」


「やけに親切なんだね。 恩を売っているつもりかい?」


「もちろん。 ただ必ず返せとは言わねえよ。 恩を売っとけば、いざというとき頼るのは俺だろ? そのための保険みたいなもん。 裏の意味なんてない」


「そうかい。 ならわたしは甘んじて受け取っておくよ。 もし返さなくて気が変わったら殺しに来てくれ」


 ロクドウは言い、歩いて行く。 その思惑は、当時の獅子女にも全く分からないものであった。




「ほう、中々良い場所じゃないか。 シシメユウキ、シシ君。 シシ君のお仲間はセンスがあるようだね」


 一人呟き、ロクドウはその家の前へと立つ。 予め拠点を構えようと思っていた地点、街中にある坂の途中の路地裏にひっそりとその家は建っていた。 レンガで覆われ、傍目から見れば喫茶店の軒先のような洒落た家であった。


「神人の家、か。 自らを神と名乗るなんて烏滸がましい連中だけれど、中々良い名前じゃないか」


 ロクドウは笑う。 きっと、その名前は皮肉を込められた名前だと思い至ってだ。 感染者というのはいつの時代も虐げられ、世間のレールから外された存在だ。 数百年の中、平和というのは感染者に訪れたことはない。


 自分もいずれ死ぬのだろうか。 果たして、死ぬことはできるのだろうか。 知り合いができ、その知り合いが死に、そしてまた知り合いが生まれていく。 そんなループは一体いつまで続くのだろうか。


 たまにロクドウはそんな疑問を抱えている。 最初の五年は不死を謳歌した。 次の十年は若いままの姿に無邪気に喜んだ。 次の五十年は友人たちが死んでいった。 次の百年は下の世代が死んでいった。 次の二百年は、生きることに飽きた。


 そしてやがて、ロクドウは辿り着く。 死というのは恐怖や終わりなどではない。 死というものは、無期限の休息なのだと。 死という出来事を持って、人々は初めて安らぐことができる。 生というまさしく生き地獄を終えることができると、そう考えるようになった。


「んん……っと」


 ロクドウは体を伸ばし、深呼吸をする。 埃臭いこの家屋の中は、居心地が存外良かった。 そしてこの匂いもまた、好きになれそうであった。


「さて、まずは画材道具からか。 口座は少し潰されているだろうが、まぁ予備は沢山ある。 とりあえずは必要最低限のものでも揃えよう」


 家は一人で暮らすには大きいものであった。 玄関を開けた先には長い廊下があり、左右にはそれぞれ二つずつの部屋がある。 そして真っ直ぐ進むとそこはリビングになっており、キッチンも綺麗なものであった。 更に奥には中庭があり、四方をレンガで囲われてはいるものの、天井は一面ガラス窓となっており、昼間は陽の光が気持ち良さそうな場所であった。


 ロクドウはそんな家に満足気に笑うと、戸棚の中を見る。 茶葉とコーヒー豆が用意されていて、改めて獅子女の用意周到さに笑った。


「ま、わたしが好きなのはミルクティーだがね。 そこまでは気が利かなかったというわけか」


 戸棚をそのまま閉じると、ロクドウはガラスのコップに水道水を注ぐ。 死なないということを体に、施設に入れられてからというもの飲まず食わずだ。 ただの水であろうと、今なら美味しく思える気がした。


「やはり、一人というのは落ち着くな」


 ソファーに腰掛け、たった今入れたばかりの温い水を喉に流し込む。 季節は夏なのか、遠くからは蝉の鳴き声が聞こえてきていた。 蒸し暑い夜、自身の姿がガラス戸に映った。


「……画材道具より先に体を洗った方が良さそうか」


 まるでドブの中で生きている鼠のように汚れた顔や体を見て、ロクドウは自虐気味に笑うとそう呟くのだった。




「へえ! そのときにおにーさんと知り合ったんだ。 おにーさん、昔はどんなだったの?」


「シシ君のこととなると興味津々だね、コトハ君。 いやはや、若いというのは素晴らしい、いっそのことセックスしてくれとねだってみたらどうだい」


「せっく……ッ!! 何言ってるのロクドウさん!? 馬鹿、大馬鹿者っ!!」


 顔を真っ赤にし、両手を顔の前でぶんぶんと振りかざす琴葉を見て、ロクドウは「やれやれ」と呟いた。


「シシ君、よく笑うだろう? どうしてか知っているかい?」


「へ? あ、ええっと……楽しいから?」


「君は本当に進歩も進化もしないな。 コトハ君に質問を投げたとき毎回返ってくる小学生のような回答にわたしは困惑してしまうよ。 良いかい、昔はもっと彼は尖っていたよ。 笑ったときも、そこには悪意があったように思えた。 だが、最近は変わってきたね」


「うう……だってロクドウさんの言葉、難しいんだもん。 それで、変わってきたっていうのは?」


「さぁ? ただ直感としてそう思うというだけの話さ。 敢えて言うならば、昔は持っている刃物を隠さないような奴だったよ、シシ君は。 肩がぶつかったから殺す、目が合ったから殺す、そういうタイプ。 実際、会ったときたまに返り血まみれのことも何度かあったから」


 ロクドウは言いつつ、絵を描き続ける。 琴葉は先ほどから忙しなく動いているものの、既に描く姿は頭の中で定まっていたのか、描く手が止まることはなかった。


「あ、でも良くある話だよね? 昔は悪かったんだぜーとか、ヤンチャしたんだぜーとか」


「君は中年かね。 それとシシ君を同列に捉えるのはわたしでもどうかと思うが、彼の場合の切っ掛けは」


 君だろうと、そう言おうとしたロクドウは口を止めた。 敢えて口にして言うことでもないだろうと、そう思ったからだった。


 だが、獅子女を変えたのが琴葉だとすれば……自ずと、ロクドウを変えたという人物も存在してくるのかもしれない。 当初は神人の家に加わる気などなかった自分が、今こうして神人の家の一員として生きているのは、そういうことになる。


「……駄目だな、これは没」


 唐突にロクドウは言い、描いていたキャンバスを取り払う。 張り直し作業を始め、琴葉は意外そうにそんなロクドウを見ていた。


「ロクドウさんでも、失敗ってあるんだね」


「いきなり何を言うかと思えば。 今のは君が忙しなく動くから失敗だよ、手が六本ほどになってしまった」


「お化けじゃん!?」


「まぁ強ち間違ってはいないが、もう少し落ち着き給え。 後数年もすれば君も落ち着きというものを得られるのだろうが、そこまでわたしは待って絵を描きたくはない」


 慣れた手付きで張り直し、ロクドウは再び座る。 琴葉はそれを受け、背筋をピンとし、両膝の上に行儀よく手を置いた。


「自然体で良い。 まったく君はサヤ君のようだな」


「……サヤ君?」


 言われたロクドウは、少しだけ目を見開いた。 思わず口にした言葉だったのか、琴葉に聞き直され、それでようやく気付いたような、反応だ。


「わたしは独りが好きだが、彼女は別だったな。 昔話を続けよう、わたしのことを語るのであれば、必然的に彼女のことも語らなければならない。 だが、始めに言っておくぞ? サヤ君は、わたしが殺したんだ」


 ロクドウは語る。 また絵を描きながら、眠るように目を細め、ひとつひとつ思い出すかのように、口を開いた。

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