第三話
ロクドウが連れて行かれた場所は、独房だった。 しかし当然の如くただの独房ではなく、定期的に頭上から大量の水が流れ落ちてくるというものだ。 落とされた水は排水口から抜けていき、そしてまた頭上へと降り注ぐ。 そんな状態ではまともに睡眠すら取ることができず、これもまたやり方の一種だとロクドウは認識した。
「さて、中々厚い待遇だね。 無益なことに時間と労力を費やすなんて、研究者というのはつくづく難解な連中だ。 わたしも一時期興味を抱いてはいたが、ここまで暇人ではなかっただろうさ」
体内時間的には、そろそろ夜が明けても良い頃だろう。 いくら不死だと言ってもお腹は減るというのに、未だに食事が出てくる気配はないことを不満に思いつつ、ロクドウは目を瞑り水を浴びる。 享受できるものはありがたく貰う。 幸いなことに水分補給はしてくれているようだと思いつつ。
「時間だ」
男の声に、ロクドウは反応し顔を起こす。 首に付けられているロープを掴まれ、無理矢理に引っ張られつつロクドウは歩き出した。
「君、名前は? 昨日の人と声と顔違うな」
「黙って歩け。 ……顔?」
「みーえてるよー。 あっはは、あれだけボコボコにしたんだ、当然だろ? 穴開いてるよ、これ」
「チッ……。 こちら看守、ゼロ番の拘束衣の代えを要求する。 ああ、頭部部分だけで構わない」
ロクドウの言葉に、看守は無線を使い連絡を取る。 それから何度か会話を繰り返しながら看守はその場で立ち止まった。
「大変だねぇ、そんなに怖がらなくてもいいのに。 取って食ったりするわけじゃないしね」
「黙っていろ」
「ヤなこった。 くふふ」
「ッ!!」
ロクドウの態度に苛立ったのか、看守はロクドウの頭部を覆っていた拘束衣を剥ぎ取った。 剥き出しになったロクドウは笑っており、ニヤニヤと看守の顔を見ている。 とても、昨日あれだけ酷い仕打ちを受けた様子には見えなかった。
「それ以上口を開けば、抵抗と見なし殺すぞ。 殺しても死なないのなら問題ないだろ?」
髪を掴み、無理矢理に顔を起こし、看守はロクドウに顔を近づけて言う。 が、それに対しロクドウは笑みを絶やさずに言い放った。
「お仕事お疲れ。 ご褒美をあげようじゃないか」
「……貴様ぁ!!」
ロクドウは、看守の顔にツバを吐きかけた。 頬に付いた唾を服で拭うと、看守は怒りに任せロクドウの顔を警棒で殴りつける。 何度も何度も、血が飛び散り、やがてロクドウは体をびくりと反応させると、静かになった。
「クソが……今度から殺してから運ぶか、このクズめ。 おいこちら看守だ! とっととしろ!!」
血まみれのロクドウに再び拘束衣がかぶせられたのは、それから数分後のことであった。
「また随分騒いでたみたいだな、ゼロ番」
「わたしはただご褒美をあげただけだよ。 幼女の唾なんて随分な希少価値だろう? 君もいるかい、澁谷クン」
「いいや、俺はもっと別のもんを貰うとする。 今日、テメェに試すのは木槌ってやつだ。 巨大な木槌で頭部を潰す、一定時間ごとに降ろされ、威力はそのときによってマチマチだ。 幸いテメェは殺しても死なないから……」
「御託は良いからさっさとしてくれよ。 わたしは君のくだらない話を聞くより、さっさとその新しいアトラクションを楽しみたいね」
「……だったら言葉通りにしてやるよ、クソガキが」
それからすぐ、ロクドウは台座に固定され、寝かされた。 頭部の拘束衣は剥がされ、ロクドウの視界に入ったのは巨大な木槌だった。
なるほど、これは確かに面白い。 ロクドウはそう思い、今現在動かせる唯一の部位、眼球だけを動かし辺りを見回す。 室内には人がおらず、ガラス越しに複数人の研究者と澁谷が居るのみだ。 照明はやけに明るく、頭上にはなく、下から上を照らすのみ。 恐らく木槌がしっかりと見えるようにとの配慮だろうか。
「始めろ」
「はっ。 最初の設定はどうしますか」
「潰せ」
「……最初から、ですか?」
「とっととそのクソガキの頭をぶっ潰せつってんだ。 体の再構築にかかる時間はおおよそ五秒、治る度にぶっ殺せ」
そして、ロクドウに対する二日目の拷問は始まった。
視界が戻る、その瞬間に死に至る。 その繰り返しだった。 目が覚めた瞬間に激痛が走るような、そんな気分である。 自身の頭部が潰される音、感触、痛み、それは体が元に戻る度、色褪せることなく鮮明なものとなってロクドウの体を襲った。
数分、数時間、終わることなき死は延々と訪れる。 頭が潰される度に血が飛び散り、体液が飛び散り、脳髄が飛び散った。 その度にロクドウは体を大きく反らし、反応させ、どれほどの苦痛であってもロクドウが死なない限りそれは終わらない。 そして、ロクドウは不死だ。
「虫みたいだな。 よーし、んじゃ今日は帰るか」
「お疲れ様でした。 ゼロ番は再度独房へ運んでおきます」
「あ? 何言ってんだよ。 こいつはこのまま、今日からここがこいつの部屋。 どうせたった一日じゃ止めてもくだらねえことを口走るだけだ。 なら一ヶ月くらいはこのまま殺し続けとけば良い。 そうすりゃ泣いて詫びるだろうよ」
「で、ですが……規則では感染者に対する拷問、及び尋問は三日間。 その後一日は放置するという決まりが」
「頭おかしくならないようにってやつだろ。 んなもん黙っときゃ良い。 ここに居る奴らがだーれも口走らなきゃ、なんの問題もねぇ。 だろ? それにあいつは既に頭おかしいだろ、なんの問題がある?」
澁谷は言うと、満足気に笑い、続ける。
「まぁゼロ番に代わって木槌を試したいって奴が居るならチクれば良いんじゃねえのか。 もしそんな心優しい奴が居れば、だけどな」
轟音と共に、木槌は打たれ続ける。 その音はそれから一ヶ月、鳴り止むことはなかった。
――――――――一ヶ月後――――――――
木槌が止まり、ロクドウはようやく視界を得た。 血に染まった槌ではなく、いつか見たような室内だ。
「よお、元気そうだな」
澁谷はまず、言葉が喋れるかどうかの確認のために話しかけた。 精神が狂っておかしくなっていたとしてもなんら不思議ではない。 それほどのことをやっているという自覚はあった。
「そちらこそ。 随分ゆっくり寝かせてくれてお礼を言いたい気分だよ。 まったく、拷問というからどんなことかと思えば、君は馬鹿だねぇ。 ただ闇雲に殺し続けるなんて、三日もすれば慣れてしまってぐっすりだったよ」
「……」
ロクドウは狂わないのではない。 とっくに狂っているのだと、澁谷は目を見開いてそう思った。 思い知らされた。 一ヶ月死に続けても尚、ロクドウの態度は一切変わっていない。 それどころか、以前よりも元気よく喋っているようにすら思える。
「楽には殺さねぇ、テメェは」
「殺せないの間違いだろう。 たかが人間にわたしが殺せるものか。 たかが君にわたしを傷付けることなどできないよ」
ロクドウへの拷問は、その日を堺に激しさを増して行った。
無数の針により串刺し、その状態で数日。 体を覆う皮膚を全て剥がされ、爪を剥がされ、目をくり抜かれ、舌を抜かれ、火で焼かれ溺れさせられすり潰されかき混ぜられ高温に放り込まれた。 ありとあらゆる殺され方をし、それでもロクドウは死せず生き続けている。
しかしそれでも、ロクドウは平然を保っている。 やがてロクドウの処遇は、研究対象からストレス発散用の道具へと化して行った。 遊びで殺され、遊びで嬲られ、気が向いたときに殴られ蹴られる。 何度死んだことか、ロクドウですら既に把握できないほどのものであった。
そして、事件が起きたのはロクドウが捕まり、この施設に連れて来られてから一年が経った頃であった。