年越し
『さぁ今年もいよいよ大晦日! 色々と大変な出来事やニュース、おめでたいお話も沢山ありましたねぇ。 アイドルグループ「いぶし銀」のRYOTAさんが結婚などなど……』
「え! 嘘!? あの人結婚したの!?」
『他にはハリウッドスターのラックス=リーライ氏の来日などもありましたね!』
「もっと早く言ってよー!! 会いたかったのに!!」
「おいうるさいよお前、テレビと会話すんな。 てかどんだけミーハーなの」
大晦日の朝、朝食を摂っていた獅子女の耳に、琴葉の元気の良い声が入ってくる。 寝て起きたばかりでも琴葉のテンションは普段通り高く、低血圧の獅子女にとっては辛いものがあった。
「ミーハーじゃないし! あたしくらいの女の子は普通そういうのに興味あるの! あたしもいつかテレビで有名になりたいなぁ……」
「その内出れるだろ、この顔見たら対策部隊にって」
「それ全然意味違うしっ!! こうキラキラーって感じできゃーきゃー言われたいじゃん。 分かる? おにーさん」
「分かんない。 良いからさっさと食べてくれ、これでゴミ一袋まとめときたいから。 年末年始はゴミ回収ねえから不便だよな」
「……大晦日の朝にゴミ捨ての話とかさいてー。 おにーさん、女心分からないって言われるでしょ」
「ああよく言われる」
ジットリとした目を獅子女へと向けながら琴葉は言うも、獅子女は全く意に介さない。 琴葉は先ほどからテレビを見つつ、ちびちびと朝食に箸を伸ばしている所為で、食べ終わった獅子女とは裏腹に未だ半分ほどが残されていた。
「そんなんだからおにーさんはおにーさんなんだよ」
「じゃあなんだよ、大晦日だったらしなきゃいけない話とかあんのか? 例えば?」
「例えば、例えば……今年もお疲れ様でしたとか、あとは……良いお年をーとかさ! 一年が終わるんだよ? なんだか少し寂しいなぁっていうのがあるでしょ?」
「ねえよ別に。 じゃあそうだな……今年もお疲れ様でした、良いお年を」
「心が篭ってない! それにそれあたしに言われたセリフそのままじゃん。 駄目だねぇおにーさん、悪のヒーローでも年末の挨拶はダメダメ……と」
琴葉は言いつつ、メモ帳にそれを書き起こす。 そんな光景を頬杖突きながら見るのは獅子女だ。
「悪のヒーローってなんだよ……。 で、そこまで言うからにはお前は大層素晴らしい挨拶を出来るってわけだよな?」
「え、あ、そ、そりゃもちろん! こほん」
言われ、少々焦りながら琴葉は一度咳払いをし、口を開く。
「……不肖わたくしめと、獅子女結城殿が知り合って早一ヶ月、様々なことがありましたが、ご清栄喜び申し上げます」
「最早何語だよそれ。 てかそうか、お前と知り合ってまだ一ヶ月なんだな……」
獅子女は言いつつ、窓の外に視線を向ける。 今日も外の気温は低く、霜が窓には付いており、外の景色を滲ませていた。
「……なんでお前は俺の家に住み着いてんだろうな」
「それ言っちゃう!? もっと感傷に浸る感じだったじゃん今の!」
「いやだって実際そうだろ? 知り合って一ヶ月って感じの仲じゃないよなぁってしみじみ思うよ、俺は」
それも偏に琴葉の性格というのが関係しているのだろう。 明るく、誰に対しても怖気づくということがあまりない琴葉は、打ち解けるのも馴染むのも早すぎるくらいなのだ。 それも長所と言えば長所であり、姉の四条香織も同じような感じだったな、と獅子女は思う。
「でもさ、色々あったじゃん。 おにーさんが助けてくれて、ついこの前のチェイスギャングとの戦いもそうだったし……あたしよく生きてられるよなーとか、思ったりする」
「当たり前だ、俺が付いてるんだから殺させるわけねえだろ。 夢、叶えるんだろ」
「……うん」
また家族で暮らすという、途方もない夢。 感染者が願うには烏滸がましいほどの夢だ。 しかし、獅子女と一緒ならば叶えられるのではないかと、今の琴葉は思う。 ありとあらゆるものを生かし、そして殺す獅子女の文字と、獅子女結城という人物が居れば叶えられるのではないかと、思う。
「そういえばさ、あたしはあたしで夢はあるけど……おにーさんとか他のみんなってそういうのあるのかな?」
「あるよ」
琴葉の疑問に、獅子女は間髪入れずに答えた。 迷う素振りもなく。
「じゃなきゃ、こんなしんどいことやってられないだろ。 形はどうあれ、みんながみんなそれぞれ思うところもある」
「確かに、そだよね。 じゃあ参考までに、おにーさんの夢って?」
「あれ、話してなかったっけか。 俺の夢はたった一つだけだよ」
獅子女は言うと、続けた。 獅子女結城が思い焦がれる夢を。
「この世界をぶっ殺す。 対策部隊の奴らも、人権維持機構の奴らもな。 俺のが一番単純なんじゃないかな」
途方もないことだと、正直なところ琴葉は感じた。 だが、獅子女が言うからには実現させるつもりなのだろう。 それは茨の道であり、蛇の道だ。 行き着く果は地獄であり、しかしその場で立ち止まるのもまた地獄でしかない。
感染者に、地獄以外の世界などないのだ。
「目的ってものは、ただあるだけで意味がある。 目的がある奴とない奴とじゃ、いざというときに頑張れるか頑張れないかも変わってくるからな。 絶対に無理だって局面に陥っても、目的があるだけで乗り越えられる可能性が1パーセントでも上がれば儲けものだ」
妥協はしない。 獅子女は常に目的であるそれを見続け、そこを目指し足を進めている。
「あはは、やっぱおにーさんは凄いよ。 あたしとかまだ何にもできてないし」
「……本当は俺があげたことにしてくれって言われたんだけど。 ま良いか」
獅子女は言うと、壁にかけてあるいつも着ているコートの内ポケットを弄った。 そして、そこから簡単な包装紙に包まれた物を琴葉の前へと置いた。
「なにこれ?」
目で開けろと言われた琴葉は、包装紙を開く。 出てきたのは、ペンだった。 どこで買ってきたのか、猫の顔がクリップ部に付いており、可愛らしいものだ。
「わ、かわいい!」
「お礼だそうだ。 誰かは言わねえけど」
「お礼、お礼……? あたしがお礼をされるようなことって、何か……」
琴葉はそこまで言うと、まさかと思い、口にする。
「……我原さん?」
「誰かは言わない。 けどな琴葉、何もできてないってことはない。 お前は神人の家で、誰かの役には立てている。 俺の仲間に居ても居なくても良い奴なんてのは一人もいねえし、誰にもそう言わせない」
「……えへへ。 今度我原さんにお礼言わないと!」
「だから言うなって。 俺一応口止めされてたんだから、言ったら俺が怒られるだろ……」
「そうだった! 危ない危ない……。 でも、我原さんってこういうの売ってるところ知ってるんだね。 意外かも」
「そういやそうだな。 あいつってまさか子供居たりしないよな?」
「……まさかぁ」
二人で顔を見合わせる。 数秒経ち、その疑問は疑惑へと変わり、やがて好奇心がある二人はとあることに思いつく。 そして二人の行動を止める人物は、この場に居るわけがなかった。
「……んでなんで僕が呼ばれたんすか。 この寒い中、しかもお菓子まで買ってこいって僕パシリかなんかっすか? 獅子女さんの自宅に呼ばれるってのは光栄っすけど」
「そう怒るなよアオ。 まぁほら座れ座れ」
呼び出されたアオは、コタツに入る獅子女と琴葉にそれぞれ視線を送る。 いきなり呼び出され、しかもいきなり獅子女の家に呼ばれた彼女は状況がイマイチ掴めずにいた。
「てりゃ」
「ひゃっ!? つ、つめたっ!!」
「外は寒いっすよー、琴葉ちゃんに体感させちゃいますよー」
「す、すとっぷすとっぷ! 冷たいっ!!」
アオは先ほどまで外気で冷え切った手を琴葉の首元へと当てる。 一瞬獅子女にもやろうかと思ったアオであったが、恐らくつまらない反応が返ってくるだろうとの推察から、琴葉へとターゲットを変えていた。
「ふはは! ……んでなんすか? 僕、年越しギャルゲーやるつもりだったんすけど」
「ゲームなんていつでもできるだろ。 んなことより……」
獅子女が言うと、アオは眉をぴくりと動かし、獅子女の前に人差し指を突き出した。
「分かってない! 獅子女さんは分かってないっす! いつでもできる? んなわけないじゃないっすか! ギャルゲーの中にいる可愛い子たちと年越しなんて一年に一回のビッグイベントっすよ!? それを「んなこと」っていくら獅子女さんだろうと許さないっす!!」
あまりの勢いに獅子女は気圧され、言い負ける。 いつもは冷静なアオがここまで逆上するというのは大変珍しいことであった。
「琴葉ちゃん、アレを。 獅子女さんに分かってもらわないと」
「了解!」
そう言うと、琴葉は押入れの方へと歩いて行く。 ゴソゴソと中を漁り、琴葉が両手に抱えて持ってきたのはゲーム機だった。
「いや待て、いつそんなの持ち込んだんだよ。 俺全然知らないんだけど? おかしいだろ、俺の家だぞここ」
「細かいことは良いんすよ。 琴葉ちゃんセットよろっす。 分かってない獅子女さんに、これから二十四時間年越しギャルゲーを教え込むことにしました」
「……呼ぶんじゃなかった」
獅子女結城が生きてきた中で、もっとも辛い年越しであったのは言うまでもないことである。 そして肝心の我原に関しての問いには「どうなんすかね? けど我原さんが惚れるような女性をまず想像できないから、居ないと思いますけど」という、もっともな答えが返ってきたのだった。