掴むものは
目が覚めた。 暗い室内には月明かりのみが入っており、薄く室内を照らしている。
目を何度か瞬かせる。 どうやら、あれから自分はアジトまで運ばれたようだ。 体の傷は嘘のように治っており、鎮静剤による気だるさも完全に取れている。 村雨の文字を使われたおかげだと認識した。
「……」
体を起こすと、窓際に腰掛ける人物が視界に映る。 自分がもっとも嫌いで、もっとも敵意を剥き出しにする男が、そこには居た。
「我原さん」
雀が声をかけるも、我原は何一つ反応を示さない。 寝ているのかと思ったが、闇に慣れた目で見えたのは我原の横顔だ。 外の景色に目を向けていることから、寝ているわけではないらしい。
「……申し訳ありません。 私、我原さんの状態に全く気付かず」
「最初の言葉がそれか。 馬鹿でも成長するということは喜ぶべきだな」
依然として、我原の態度は変わらない。 自分に対して嫌悪感を隠すことなく言う姿は、いつも通りの我原であった。 既に着替えも済ませており、見慣れたモッズコートとデニムを着ている。
「オレはこの組織のために動いたまでだ。 少なくとも、現存するどれよりもよっぽどマシなこの組織のためにな」
「分かっています。 私は、それが出来ていなかった」
「懺悔なら聞かぬぞ。 オレは貴様の相談に乗るほど暇ではない」
我原の冷たい声が響き渡る。 自分よりも少々年下の男の声は、恐ろしいほどに冷たいものだった。
「懺悔ではありません。 ただの、独り言ですので」
「そうか。 それで?」
珍しく、我原が自身の言葉の続きを促した。 意外な出来事に雀は数秒間、何を言うべきか迷いつつ、それでも口を開き言葉に出す。
「私の行動は、ただの私怨に過ぎなかった。 もっと貴方と協調していれば、事態は悪くならなかったかもしれない」
「どうやら馬鹿は治っていないらしいな。 オレと協調する? 事態は悪くならなかった? ならば貴様は今回の件、手を抜いてやっていたというのか」
「そんなことはないです! 私は、手を抜いたりなどしていません」
「ならば何故後悔する必要がある。 それが今の貴様の全力だった、それだけの話だろう。 自惚れるなよ、柴崎雀。 全力で取り組みこの結果だ。 それがオレと貴様の限界だったというだけの話。 オレは自身の行動に後悔したことなど、ただの一度もない。 オレは常にそれが自身の限界だと思っているからな。 オレはどんなことであろうと常に本気で取り組んでいる、そしてその過程や結果を悔いるような真似はしない」
だからこそ、我原鞍馬は果てしなく強い。 常に先を見続けており、そして能力はそれに伴うように強くなり、限界の先へと歩み続けている。 それは、雀がこれまでしたことのない考え方であった。
「……そうですね。 自惚れていたのかもしれません」
雀は言い、ベッドから体を出すと、立ち上がった。 髪を纏め、少々乱れていた服を整え、靴を履く。
「私が居ても邪魔でしょうから、皆さんのところに行ってきます。 我原さんはまだここに?」
「ああ、騒がしいのは好まない。 獅子女さんに後ほど声を掛け、オレは帰る」
「そうですか。 では」
いつも通りの我原で、それが我原鞍馬という男だ。 そんな頑なな態度に雀はどこか安心すると、他の幹部が待つ部屋へと向け、足を動かした。
「あ、そうでした」
が、雀はその足を止めると、思い出したかのように我原の下へと戻る。 そして、右手を突き出し、言った。
「お疲れ様でした。 もしもまたペアを組む機会があれば、そのときは」
「……精々足を引っ張るなよ、柴崎雀」
我原は言うと、顔こそこちらへ向けないものの、雀の手を掴んだ。 果てしなく長い道のりだったそれは、踏み出してみればとても短い距離だったかのように思える。 まだまだ和解したとは言えない状況ではあるものの、悪い方向へ動いたことではないのは、確かだ。
雀は笑い、歩く。 足取りは軽く、その瞳は既に先へと向けられている。
――――――――が、先ほど我原が発した言葉の一つが引っ掛かった。
「……足を引っ張るな? いや、それはおかしいです、我原さん。 足を引っ張っていたのはどう考えても貴方じゃないですか」
「オレが貴様の足を引っ張っていたと? 間抜けもここまで来ると滑稽だな、貴様に合う文字は一刀両断ではなく暗愚魯鈍だな」
「どっちがですか! 大体ですね、我原さんはカッコつけなただの子供です。 それに琴葉さんへ迷惑をかけて、恥ずかしくないのですか。 琴葉さんに一度土下座をしてみてくださいよ」
「ガキか貴様は。 それを言うなら貴様はまずオレに土下座をするべきだな。 オレのおかげで命を助けられ、オレのおかげで爆発に巻き込まれず、オレのおかげで今尚ここで無意味に酸素を食らっている。 まずはオレにひれ伏すことから覚えろ、ゴミめ」
どうやら、二人の仲は少々の時間を置くと、元に戻るようである。