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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第三十一話

「くっ……」


「けほ、けほっ……」


 突如として爆風がコンテナ内に飛び込み、中に監禁されていた雀と我原はなんとかその爆風をやり過ごしていた。 そして幸いなことに、今の爆発でコンテナの上部が大破しており、脱出するための出口が現れたようだ。


 二人を繋げていた縄も断ち切られ、それから少し経ったときのことだ。 雀は隅にあった布切れで体を包んでおり、それでも真冬の寒さというのは中々厳しいもので、どうしたものかと途方に暮れていたときの出来事である。


「一体何が……我原さん!?」


「気にするな、先も言ったようにオレの体は勝手に治癒される。 それより早く出るぞ、貴様と同じ空間に居るだけで反吐が出る」


 視界が晴れた雀の目に入ってきたのは、自らを庇うようにかぶさる我原であった。 さすがというべきか、無表情で何事もなかったかのように立ち上がる。


「それは申し訳ありません。 私も同意見なので、さっさと出ましょうか」


「ああ、そうだな」


 我原と雀は大破した上部を見つめる。 二人で協力をすればようやく届きそうな位置であり、一人でとなると少々厳しい高さだ。 いつもであれば容易いものだが、鎮静剤を打たれている今では厳しいのは明白であった。


「柴崎雀、一人でいけるか?」


「……すいません、少し厳しいかと」


「ならば先に行け。 オレはもう既に大分体が戻っている、貴様を行かせた後に続く」


「レディファーストというやつですね、我原さん」


「黙れ、次にくだらないことを口走れば殺すぞ」


 琴葉や獅子女に習い、軽い冗談のつもりで雀は言ったのだが、どうやら我原相手の場合は逆効果のようだ。 そもそもの話、二人はやはり仲が悪いのに変わりはない。


「恐らく獅子女さんも来ているだろう。 爆破されたということは、ロイスに何かがあったか獅子女さんが失敗したかのどちらか。 柴崎雀、獅子女さんが失敗する可能性は」


「ゼロです。 それはあり得ない」


「ああ、やり方こそ気に食わないが、オレもそう思う。 であれば、ロイスが最後にオレたちを殺そうとでもしたのだろう。 外へ行ったらすぐに村雨に連絡を取れ、オレはそのうち治るが、貴様はそうではない。 オレたちのいずれかが死に至れば、ロイスの思惑通りとなってしまう。 それは癪だ」


 我原は、至って冷静に物事を捉えている。 この状況でも尚そのような思考ができるということは、このような状況に慣れているということだ。 それは雀自身、同様だと思っていたものの、我原の方が冷静だということはそれだけ、過酷な状況に身を置いたことがあるということだ。


「分かりました。 では、私が先に」


「……ああ」


 そのような会話をしている最中も、コンテナはグラグラと揺れている。 場所としては恐らく海の上、コンテナが開けたことにより、波の音はより鮮明に聞こえている。 そして四方から伸びているロープはクレーンへと繋げられており、海の上へ釣らされているという構図であった。


 ロープはギチギチという音を立てており、いつ切れてもおかしくはない。 このまま体力が失われ、文字も満足に使えない状態で真冬の海に落とされるというのは、あまり想像したくない光景であった。


「ッ!!」


 雀は助走を付け、痛む体を無理矢理に走らせる。 壁の前に立つ我原は腕を構えており、雀の移動に合わせてそれを上へと向けた。 足場を作り、そこで更に飛ぶ。 雀も身体能力には優れており、肋骨の数本が折れている現状でも卒なく熟すには充分な経験を持っていた。


 コンテナの外へと体が飛び出していく。 陸までの距離が遠ければ、最悪クレーンを伝っての移動も考えてはいたものの、幸いにもそのままの勢いで陸には届く距離であった。


「な、我原さんッ!?」


 だが、その際に我原の姿をチラリと見た。 背中には、大小様々な破片が突き刺さっており、おびただしい量の血が流れ出ていた。 まさか先ほどの爆発の際、あの破片を全て体で受け止めたというのか。 とてもじゃないが、普通に立っていることすら不思議なほどの重傷に見えた。


「くっ……」


 しかし引き返すのには手遅れである。 雀の体は陸に打ち付けられ、数回転がった後に止まる。 体のあちらこちらに擦り傷が出来たが、今はそれよりも我原の方だ。 あれだけの傷を負いながら、本気で自分は問題ないと言っていたのか。


 不幸は続く。 一際強い風が吹き付け、コンテナが大きく傾いた。 軋む音は次第にでかくなっていき、やがて支えとなっていたロープの一つが千切れたのだ。


 それを切っ掛けとし、残された三本のロープも引き千切れていく。 コンテナは勢い良く海面へと落下し、水しぶきを上げながら海の底へと沈み始めた。


「雀さんっ!!」


「琴葉、さんですか?」


 そこで雀の下に現れたのは琴葉だ。 血相を変えて走ってきており、その様子から事態は把握していることが伺えた。


「琴葉さん、獅子女さんは!? 我原さんがまだ……!」


「ッ!! おにーさんは動けない、他の人も……」


 アオは近くまで来ているが、他の者たちの居場所は不明だ。 近くに居るかもしれない、しかし近くではないかもしれない。 雀は地面へ倒れたまま動かず、とてもじゃないが動ける状態ではない。


 ――――――――今動けるのは、自分だけだ。


 琴葉はそう判断し、自らが着ていた服を脱ぎ捨てる。 もしも自分に役目があるとするならば、今この時を除いて他にない。


「あたしが行く! おねーさん、これでみんな呼んで!」


「琴葉さん!? 待っ――――――――」


 琴葉は携帯を雀へ渡すと、雀の言葉を最後まで聞く前に海へと飛び込んだ。 真冬の海は予想以上に冷たく、琴葉は一度顔を海中から出し、コンテナの位置を確認する。 既に半分ほど沈んでおり、そして倒れる我原の姿も同時に見えた。


 それからは、無我夢中だった。






「ったくなんて無茶してんすか。 我原さんとか一日くらい海の中放っておいても死なないっすよ、たぶん」


「え、えへへ……くちゅん!!」


 琴葉の咄嗟の判断もあり、我原は幸いにも意識を失っているものの、村雨の文字を間に合わせることができた。 今は倉庫の裏に神人の家の幹部は集まっている。 とは言っても、その場に残ったのはアオ、村雨、琴葉、そして雀だ。 呆れ顔のアオに言われつつ、琴葉は我原を助けられたことが嬉しく、笑っている。


「良いじゃない良いじゃない、結果として皆無事だったんだし? よしよし、いい子いい子」


 村雨は言いつつ、琴葉の頭を撫でる。 猫のように気持ち良さそうな顔をする琴葉が気に入ったのか、頭を撫で続けたまま口を開いた。


「それよりボスは? ロイスって奴、倒したんでしょ?」


「なんか倉庫の中で話し込んでますよ。 なんでも東地区の幹部とやらが来たとか」


「……東地区ですか。 それならば、話は纏まりそうですね」


「知ってんすか? 雀さん」


「ええ、チェイスギャングの東地区を担当する人は、チェイスギャング内でも指折りの実力者ですから。 冷静に物事を捉えられる、そんな人です」


「ふうん、なんかやけに評価しますね、珍しい」


 雀の顔は安心しているようにも見えた。 だからこそ、アオは珍しいこともあると思ったのだ。 敵に対しては容赦を見せない雀が、今は敵であるチェイスギャング相手にそのような言動を取るというのは、珍しいとしか言いようがない。


「なんて人なの? その幹部さん」


 ふと思った疑問を琴葉はぶつける。 すると、雀はこう答えた。


()()()()()。 獅子女さんの、兄です」

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