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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第三十話

 獅子女が倒れた。 額からは血が流れており、その目は見開かれている。 それを見るまで琴葉は獅子女ならどうにかしてくれると、そう思っていた。


 だが、獅子女は死んだ。 それを間違いなく事実だと認識できるのがロイスであり、そして琴葉だ。


 ロイスであれば、先見之明で。 獅子女から読み取れる未来がないことから、獅子女が死んだと確信できる。 そして琴葉であれば、心象風景でそれを事実だと認識できるのだ。


 琴葉は咄嗟に文字を使う。 対象は獅子女結城、彼の今を視るべく文字を使う。 そして視えてきたのは……闇だった。 琴葉は長年、心象風景を使い様々な人物を見てきた。 そして、時折見える闇が対象人物の死だと知ったのは、もうかなり昔のことである。 死んだ人物の今は見れない、見えるのは闇だけで、死した人物が見る景色と同義だ。


 つまり、獅子女結城は間違いなく死んだ。


「ふふ、ふふふ、あっはっは! あれだけのことを言っておいて、結局は死ぬ。 最初から素直に命乞いでもしておけば良いものを……正真正銘の馬鹿でしたね」


「おにーさん……?」


 琴葉はそれでも諦めず、心象風景で獅子女の今を視る。 しかしいくら見続けようと、そこには何も映らない。 闇のみが広がっており、埋め尽くすのもまた闇だった。


「四条琴葉さん、あなたの所為でもあるんですよ? 今から僕はあなたと人質の二人を殺します、もしも先ほどあなたが獅子女さんを殺していれば、三人の命は助かったというのに。 こんな馬鹿を信じた結果、あなたたちも死ぬことになる」


 ロイスは言い、獅子女の亡骸に数発銃弾を撃ち込んだ。 その度に獅子女の体は力なく跳ね、抵抗は当然ない。 それを見たロイスは蹴り飛ばす。 獅子女の死体はただ蹴られるままだった。


「最後のチャンスを上げましょう。 四条琴葉さん、これの前で、僕に忠誠を誓ってください。 そうすれば三人の命を助けてあげても構いません」


「ッ……!」


 琴葉は咄嗟にふざけるなと言おうとした。 だが、そうして良いものなのか悩み、思い留まった。 今ここでそのことを口にすれば、雀や我原の命にも関わることになってしまう。 琴葉に二人の命を預かる権利なんてものはなく、自分の発言一つで二人が命を落とすことになるかもしれないのだ。


 だが、獅子女を裏切るようなことは言えない。 それをすれば、自分が今ここに居る理由もなくなるのだ。 神人の家の一員として、獅子女を信じ付いてきた身として、そして何があっても獅子女と共に居るという意思を全て否定することになる。


「……つまらない人だ、あなたも。 果たしてこれにそれだけの価値があるんですかね」


「未来を……。 なら、分かったでしょ。 あたしはおにーさんを裏切らない、雀さんと我原さんには悪いけど、おにーさんを裏切るくらいなら死んだ方がマシだよ」


 声は震えていた。 足も、手も震えていた。 心は恐怖で押し潰されそうだった。 しかしそれでも、琴葉はそう言った。


 一度は死んだと同じ場所にあった身だ。 それを助けてくれたのが獅子女であり、その獅子女を裏切るくらいならば、今の自分に生きている価値などきっとない。 それが琴葉の望みで、琴葉の想いだ。


「あなたの未来は本当につまらない。 死した人物に忠義を誓うなど、無益であり無意味、馬鹿のすることですよ」


「……だからあなたは幹部止まりなんだよ」


 琴葉は、笑って言った。 その表情を見たロイスは、琴葉の顔から獅子女を見た。 不敵にも思える笑顔と、如何なる状況でも態度を変えない獅子女結城は、ロイスにとって恨み深い相手であった。 常に自分を見下し、上から物を言うその態度は……。


「ふふ、ふふふ!! 死ね、四条琴葉」


 ロイスは琴葉へ歩み寄り、拳銃を構える。 獅子女を殺した拳銃、それで自分も死ねるのならば、せめてもの救いか。 そんなことを想いつつも、琴葉は今の自分の発言を決して後悔はしていなかった。


 後悔しているとするならば、獅子女に対して。 そして雀や他の仲間たちに対してだ。 与えられるだけで、自分は何も与えることができなかったことに後悔をする。 獅子女はただ貰うだけで充分だと口にしていたが、琴葉は返しきれない恩をどうにか返して行きたかった。 ただ、それだけだ。


 物語の終わりは唐突であり、突然だ。 人はどこでも死に至り、そして強い人物であるほどその最後は呆気ない。 ただの銃に倒れ、そしてその短い生涯を閉ざすのだ。


「さようなら、四条琴葉さん」


 ロイスは引き金を引く。 銃弾は放たれ、琴葉の額へと命中した。


 まるで何事もなかったかのように世界は回る。 今ここで起きたことは、ただ感染者が数人死んだという事実だけだ。 明日が来れば、世界はまたいつもと変わらず動き続ける。 人の死だけでは決してそれが揺らぐことはない。


 これから先、感染者は同じように迫害されていくだろう。 そしてその裏では非人道的な実験は続けられ、政府は莫大なる戦力を蓄えていくだろう。 その踏み台には多くの感染者がおり、彼らの死はきっと未来へと繋がっていく希望である。 今ここで死んだ者たちの死も、それと同様に。






 こうして、とある感染者の物語は終わる。






 最強とも言われた文字、生殺与奪を持つ感染者。






 ありとあらゆる現象を生かし、殺す感染者。






 獅子女結城は、死んだ。






「……あれ?」






「……なに?」






 琴葉が放たれた銃弾は、琴葉の額に触れた瞬間、まるで力を失ったかのように落ちる。 弾丸は床へと当たり、甲高い音が響き渡った。


「一体どうやって……」


 ロイスは言い、未来を視る。 しかし琴葉の未来に、琴葉の死がない。 先ほどまで視えていたそれが、不自然に変わった。 今まで一度もこんなことはなく、ロイスが視る絶対の未来が崩れ去る。 その想定外は、ロイスにとって初となる違和感だ。


「まさかッ……!!」


「そのまさかだよ、ロイス」


 聞き慣れた、声だ。


「やっぱりお前の文字には欠点があったな」


「おにい、さん?」


 ロイスの腕を抑えたのは、獅子女だ。 ロイスの身動きを完全に抑え、地面へと押し付ける。 死んだはずの男が、そこに居た。 そしてロイスは、その動きに反応することができなかった。


 獅子女結城の生殺与奪は、ありとあらゆる現象を生かし、殺す文字だ。 獅子女がしたことは単純なもので、殺したのはたった一つの現象だけだ。


 ――――――――彼の文字は、死をも殺す。 自らの死を殺し、死して尚生き続ける。


「ぐっ……何故、何故だッ!! 貴様の未来は確実に!!」


「死んだ奴の未来は視えないだろ、死んでるんだから。 俺の生殺与奪を見誤ったお前の負けだよ」


「まさか死そのものを殺したと……? ふざけるな、そんな滅茶苦茶な!!」


「おいおい、だから()()()()なんだよ、今更何言ってんの? つうか、俺の文字に文句を付ける前に自分の心配した方が良いんじゃねえのか? 未来が視えるロイスさんよ」


 ロイスは言われ、そこでようやく獅子女の未来を再度視た。 そして、今この状況ではどうあっても覆す方法は……存在しないことを知った。


「重要なのは俺から意識を削ぐことだった。 お前の意識が琴葉にさえ向けば、どうにでもなったしな。 そうだろ? だってお前は一人の未来しか視えていないんだからな」


 そう、ロイスの文字最大の弱点はそれだ。 ロイスが視る未来は、常に一人のものでしかない。


「雀と我原と戦ってたときもそうだ。 本当に未来が視えているなら、二人同時に相手をしても余裕だっただろうに、わざわざ益村を呼んで共闘した。 それにあの化け物の登場にも驚いていたしな」


「たったそれだけで……僕の文字が分かったというのですか」


 既にロイスから抵抗する気力は感じられない。 それを受け、獅子女は拘束する手を緩めることなく続けた。 体中に走る痛みは既に殺されており、折れた腕と失明は治せないものの、それだけで獅子女が本来の力を出すには充分だ。


「さっきもそうだよ。 琴葉の行動を意外そうな顔で見ていたし、一番最初に俺たちと会ったときも、お前の腕を掴む俺に反応できていなかった。 もうちょっと考えて動いた方が良いぜ、アドバイス」


「ですが、そうだとしても……もしも今、僕が彼女に意識を向けていなかったら……!」


「いいや、お前は絶対に琴葉に意識を向ける。 琴葉はこう見えて負けず嫌いの馬鹿だからな、挑発するようなこと言われただろ? 多分」


 そこは賭けでもあった。 だが、獅子女も琴葉のことを見ていなかったわけではない。 共に過ごし、言葉を交わし、そして琴葉であれば言うであろうとの予測を立てていた。 だからこその賭け。 しかしそれは半々などの確率ではない。


 99パーセント。 それが、獅子女の導き出した確率だ。 そして琴葉は、その1パーセントを回避した。 全滅という可能性を自ら排除した。


「それともう一つ。 お前の文字は、未来を視る文字じゃない。 未来を()()する文字だ」


「ッ……!」


「身の回りで起きていること、対象の動き、癖、行動、影響しうる全ての事柄を加味した上で処理される情報分析。 絶対精度の情報分析……まぁ未来予知つっても過言じゃないけどな。 それでも分析である以上、例外は確実に存在する」


 ロイスにとっての完全な例外は、獅子女が死から生き返るという一点だ。 その部分だけは、ロイスの文字でも看破することが敵わなかった。 常識外れ、規格外れすぎる獅子女の文字は、完全なる失念を生む。


「詰めが甘いんだよ、お前は。 俺を殺したきゃ俺の文字を正面から潰せる奴を連れてくることだな」


 しかし、獅子女にとっても簡単な戦いではなかった。 ロイスの文字は強力で、一つの間違えもすることはできなかったのだ。 全てが整っていなければ、仲間を助けるという目的がある以上、失敗していた可能性も大いにある。


 もしも琴葉が動いていれば、ロイスの真後ろという絶好のポジションで死ぬことはできなかった。 琴葉が獅子女との約束を忠実に守り、そして最後まで獅子女を信頼した結果だ。


「琴葉、無事か?」


「へ、あ、えっと……」


 琴葉はあまりの出来事に、腰を抜かしその場に座り込んでしまっている。 そんな琴葉に声をかけると、なんとも言えない複雑な表情をしていた。


「大丈夫そうだな。 んでロイス君、俺の仲間の場所教えてもらおうか? 妙な真似をすれば殺す」


「ッ……! クソ、クソクソクソクソッ!! クソがぁああああああああああああああッッ!! ふふ、ふふふふふ!! あっはっっはっはっはっっはっは!! 無駄、無駄ですよ獅子女さん。 ふっふっふ! あなたの大切な大切なお仲間は死ぬ、最初から僕に彼らを助ける気など、ない」


「……時限制か?」


「正解です。 そして、今丁度その時間ですよ、獅子女さん」


 言い、ロイスは笑う。 数秒、数十秒ほどの間があった。 だが、その間にロイスの顔からは笑みが消え去る。


「……何故、何故だ。 一体何が」


 丁度そのとき、三人が居る倉庫に声が響き渡る。 どうやら湾岸のどこかにあるスピーカーを通してのものらしく、湾岸地区全体に響き渡る音量だった。


『あー、どうもアオっす。 ボス無事っすかね? まぁ無事なら後でイロイロと言いたいことあるんすけど、とりあえず倉庫裏に如何にも怪しいコンテナがあって、如何にも怪しい爆弾が設置されてたんで全て止めておきました』


「なッ……そんな未来はッ!!」


「俺も知らなかったことだしな。 けど、まぁあいつらならそうするだろうって希望だよ。 で、倉庫裏ね」


 ロイスが視れる未来は、一人の未来のみだ。 その者が関わっていない未来は決して視ることができず、予想することすらできない。 一人が起こす一人の未来しかロイスの眼には映らない。


「……ならば」


「あ?」


「ならば奥の手だッ!! 聞こえるか、今すぐ撃てッ!!」


 直後、倉庫裏から爆発音が鳴り響く。 それは完全なる予想外の出来事だ。 獅子女にとっても、琴葉にとっても、アオにとっても。


「念には念を。 狙撃部隊を待機させていたんですよ。 ふふ、これであなたのお仲間は結局死ぬ、さぁどうぞ僕を殺すなり、お好きに」


 最早、ロイスは形振り構わず獅子女のものを削ろうとしてきている。 自らの死を覚悟した者ほど手には負えず、恐ろしいことはない。 全てを賭けたロイスの一撃は、設置された爆弾を無理矢理に起動させるには充分なものだ。


「チッ……!」


 そこで初めて獅子女も焦りを見せる。 だが、自身の体とロイスを抑えるのに体の自由は奪われており、動ける状態ではない。


「……あたし、あたし行ってくるッ!!」


「おい琴葉ッ!!」


 獅子女が慌てて呼び止めるも、琴葉の足は止まらない。 何度かよろめきながらでもあったものの、琴葉は走り、倉庫から飛び出していった。

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