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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第二十八話

 獅子女とロイスは対峙する。 獅子女は言われた通り、己が使った文字の全てを一旦切り外した。 これにより獅子女はただ身体能力の高い人間と変わらない。 もしも獅子女が文字を使用する素振りを見せれば、ロイスはすぐさま爆弾を起爆させるだろう。


「さぁて、始めましょうか。 男同士の一騎打ちですよ、獅子女結城さん。 大切なお仲間を守るため、大切な彼女を守るためにどうぞ頑張ってくださいね」


「琴葉がそう見えるならよっぽど節穴だな」


 獅子女が笑って言うと、琴葉は少々ムッとした顔をする。 いくらなんでも酷いと、そういつものように琴葉は口を開こうとする。 だが、獅子女は続けざまにこう告げた。


「俺はこいつと釣り合うほど善人じゃねえ。 ビビりすぎて俺を買いかぶりすぎだぜ、ロイス君よぉ」


 琴葉は目を見開く。 いつもであれば、獅子女の軽い冗談だと思うことができた。 しかし、獅子女はそれで口を閉じてしまう。 冗談だと、いつものように笑うことがなかった。


「減らず口が」


 そしてロイスはその言葉を受け、動き出す。 獅子女目掛け一直線に走り抜け、獅子女の顔に向け掌底を放つ。 ロイスの文字も限りなく強力なものであるが、ロイス自身もまた、感染者として強靭な身体能力を持ち合わせているのだ。 風を切り裂き、勢い良く放たれるそれは琴葉の目では認識できないほどのものであった。


 が、獅子女も当然として並外れた身体能力を持っている。 琴葉には見えないその攻撃を完璧に見切り、首をずらすことにより回避する。


「……っ」


「おやおや、やるじゃないですか、嬉しい限りですよ」


 ロイスは一切の動揺を見せない。 当然、この流れもまたロイスの文字により導き出された未来に過ぎない。


「では、こういうのはどうでしょうか?」


 左手で放った掌底を獅子女は右へ動くことにより回避している。 そこでロイスは打ち抜いた左手を時計回りに回転させ、残された右手で服の袖を捲った。 注射針のような筒が出ており、液体が噴出される。


「いっ……!」


 左目に入り、獅子女は目を覆う。 が、液体は眼球に触れた時点で手遅れだ。


「痛いですか? そりゃ痛いですよ、硫酸ですからね。 左目、使い物にならなくなっちゃいましたね」


 獅子女は激痛により左目を抑えた。 ロイスの言葉通り、相当な濃度のものが使われていたのか、痛みだけで獅子女は理解する。 視界が片方奪われた。 左目が、潰された。


「……」


「そんな怖い顔しないでくださいよ。 ただの硫酸じゃないですか。 ああでもあなたは今、ただの感染者でしたね」


 口元を覆うように抑え、僅かな笑みを浮かべながらロイスは言う。 ただでさえ文字の使用を禁じられ、獅子女にとっては不利な戦いだ。 その上片目を潰されたとなれば、既に勝負の結末は見えているとも言える。


「いや別に。 ただ相変わらずのビビリ症だなって思っただけだよ。 未来を見る文字を持っていながら、万全を期し戦うってよっぽどビビってなきゃできねーだろうし。 俺だったら嫌だね、そんな照らされた道を歩いていくような真似は」


「……そちらこそ、減らず口は相変わらずのようで。 ですがこの状況であなたに何ができます? 照らされた道を歩いた結果、今のこの状況ですよ?」


「だからお前は幹部止まりなんだよ。 言っとくが俺の仲間にそんな奴はいねえ。 見える道しか歩けないような奴はな」


「あまり僕を怒らせないでくださいよ、獅子女さん。 今ここであなたのそのお仲間とやらを先に殺しても良いんですよ? まずはそこの人探しから」


 ロイスは言うと、琴葉へと顔を向ける。 琴葉は身構えるも、獅子女に言われた通り、その場で動かずにただ事の成り行きを見守っていた。


「いいやできないね。 それをすれば俺はお前を殺す、チェイスギャングも丸ごと潰す。 お前もそれは希望通りの未来じゃない、だからお前は俺以外に手を出さない」


「……ふふ、試してみますか?」


「やってみろよ。 それとも俺に聞かないと分からないのか? 未来が見れるんだろ、ロイス」


 そこでロイスは琴葉へと顔を向けた。 数秒琴葉の顔を見つめた後、獅子女の方へと向き直る。


「全く気に食わない性格をしていますね、獅子女さん。 まぁ良いでしょう、お楽しみは後に取っておきますよ」


「そりゃ賢明な判断だな。 お楽しみ残ってればの話だけど」


 獅子女は笑う。 片目を瞑り、その閉じられた眼からは血が流れていた。 顔は爛れており、とても笑えるような状態ではないだろうに、獅子女は笑う。


「その余裕がいつまで続くか、実に楽しみですね」


 ロイスは言うと、再度獅子女へと向け突進する。 獅子女はどう来るかを見定め、対処をすべく両手を構えた。 正面、ロイスは素手であるものの、いくつか武器を仕込んでいてもおかしくはない。 先ほどと同じパターンはしてこないと思われるが、何より厄介なのはロイスの文字、先見之明だ。 それを殺さない限り勝ち目はほぼなく、今現在殺す手立てはない。


「ッ!」


 獅子女の一メートルほど前までロイスは移動した後、その体を右へと移動させた。 獅子女の左側、左目が使えない今、そこは完全なる死角だ。


「だろうな、知ってたよ」


 だが、獅子女は反応し体を右へと投げるように移動させる。 同時に体の向きそのものを動かし、左側に居るロイスを正面に捉えようと動かした。


「ええ、もちろん僕もそれは知っていましたよ」


 パン、という小気味良い音が響いた。 獅子女はその音と同時、自身に右腕が貫かれたのを感じる。


 小型拳銃。 いつもであればどうとでもない攻撃も、今では全く殺さずに入ってきてしまう。 そしてロイスの行動は完全なる予見であり、獅子女の行動すべてが読み解かれてしまう。


「腱を切断しました。 右腕も駄目ですね、ふふ」


「良かったな、嬉しそうで何よりだ」


 こちらの攻撃は一切通らない。 全て予期され、動かれてしまう。 そして自身に向かってくる攻撃は全て当たり、避けることすら叶わない。


「弱い弱い、文字しか強みのないあなたから文字がなくなれば、こんなにも弱いなんて。 滑稽すぎて笑ってしまうのは許して下さいね? 文字がなければあなたは何もできはしない」


「ぐッ……!」


 ロイスは言いつつ、獅子女の顔に蹴りを放つ。 体力の多くを奪われ、顔と腕に走る激痛から反応することすらできず、まともに喰らった。 ロイスもそれを分かっているのか、勝ち誇ったように笑っている。


「あなたも所詮、ただの感染者だったというわけですよ、獅子女さん。 口では偉そうなことを垂れたとしても、道が見えないあなたは僕に勝てないんです。 勝利までの道筋が闇に包まれているあなたにはッ……?」


 ロイスはそこで、自身の体に起きた異変によって顔を顰める。 自身の頭部に何かが当たった感触があり、そしてたった今地面に落ちた物体を目で確認した。 どうやら、今当たったのは小石のようだ。 ダメージを受けたとはいえない弱い攻撃で、攻撃とすら呼べないものだ。


「おにーさんはそんなんじゃないもんッ!! あたしを助けてくれたヒーローだ! おにーさんの悪口言うなッ!!」


「おやおや、元気な子だ。 そうは言いましても、そのヒーローさんも今じゃこうですよ?」


 言い、壁にもたれかかる獅子女の腹部を踏み付ける。 たったそれだけで獅子女は口から血を吐き出し、服と床は血に染まる。


「……そういうことか」


「はい?」


「お前みたいな落ちこぼれには分からない話だよ、ロイス」


 獅子女は笑う。 ロイスはそれを見、獅子女の頭を掴んだ。


「いい加減その口を閉じてくださいよ、獅子女さん。 勢いで殺してしまいますよ? 獅子女さぁん!!」


 勢い良く獅子女の体を放る。 抵抗ができない獅子女の体は人形のように床へ打ち付けられ、琴葉の数メートル前に突っ伏した。


「良い案が浮かびました。 尊敬し、崇拝し、信頼し、それでも叶わぬものなどこの世界には溢れている。 四条琴葉さん、あなたの手で彼を殺してください」


 ロイスは笑うと、そう言うのであった。

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