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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第二十七話

「こんばんは。 いやはや、こうしてご足労頂いて申し訳ありませんね」


 指定された倉庫に獅子女たちが入ると、その真正面にロイスは立っていた。 変わらぬ格好で変わらぬ笑顔、その態度には余裕がこれでもかというほどに溢れていた。


「思ってもないことを口にしてんじゃねーよ。 わざわざ呼び出したってことは用件があるんだろ?」


「察しが良くて助かります。 僕も人質を取るというのは苦肉の策でして、ですが人の命を盾にするのは人道的にもどうかと思いましてね」


「何が人道的にだ。 うちの奴らに手下向かわせて殺しといてよく言うな。 捨て駒みたいに扱っておいて」


「ああ、あれですか。 彼らには時間稼ぎをしてもらったに過ぎません。 ほら、まとめてお相手となるとかなりしんどいじゃないですか? 僕たちも。 ですので、僕が柴崎雀さんと我原鞍馬さんを確保するまでの時間稼ぎという意味合いですよ。 それで獅子女さん、あなたの命を頂けるのであれば安いものです。 彼らもきっと本望だったでしょう」


 ロイスは笑顔を崩すことなく言い放つ。 それを聞き、獅子女は一つの答えを同時に得ていた。


「全て予定通りだったってわけだ。 俺たちがバラけてたのも、雀と我原を確保できるのも、俺とこうして対面するのも」


「もちろんです。 僕の先見之明は未来を視る文字、私に見えない未来はなく、外す未来もまた存在しない。 最初に言いましたよね? あなたは死ぬことになると。 それもまた僕が予見する未来ですので」


「あっそ、それじゃ俺はその未来を変えてやるよ。 ……おい琴葉、今のセリフちゃんとメモっとけよ。 おにーさんが言ったカッコいいセリフって題目で」


「えぇ!? おにーさんちょっとふざけないでよ!」


 いつものように冗談を言う獅子女に対し、琴葉は獅子女の後ろで一応はメモを開いた。 そんな光景を眺め、ロイスは苦笑いをして口を開く。


「なるほど、あなたが琴葉さんでしたか。 顔と名前は分かっていたはずなのですが、これも獅子女さんの力というわけですね」


「ああそうだよ。 んで、俺はもう話すことはないんだけど、そろそろ俺の仲間を返してくれないか? 寒いし何より12月23日の夜に男同士で話し合いって、悲しいだろ」


「生憎、僕は宗教関係には興味はありませんので。 ですがそうですね、お仲間を返して欲しい、と。 ふふふ、あなたほどの強さがあるのなら、仲間など必要ないでしょうに」


「いいや、それはないな。 ま、仲間を捨て駒にするお前には分からないことだよ。 良いからとっとと条件を言えよ、これでも何でも聞くつもりで来てるんだぜ?」


 獅子女は両手を広げて言う。 それに対し、ロイスは理解に苦しむとでも言いたげに肩を竦めながら答えた。


「価値観の相違といったところですかね。 それか、あなたはご自身で自分がどれほど影響力を持っているか、理解していないかと。 まぁこの件についてはもう良いでしょう、僕の要求は単純なものですよ」


 ロイスの笑顔は崩れない。 獅子女が文字を使えば一瞬でロイスは死ぬだろうに、それはロイスも分かっているはずだというのに、ロイスの態度は余裕を表していた。


 ロイスの文字は先見之明。 それは未来を視る力だ。 つまり、ロイスには確実かつ絶対とも言える勝算がある。 その未来は不変であり、ロイスがすることはその未来のために足を踏み外さずに進むだけのこと。 たったそれだけで、ロイスという男は欲しい未来を手に入れることができるのだ。


「古来より、こういう場面ではお決まりのことと言えば良いんですかね? 僕の望みはあなたとの一騎打ちですよ、獅子女さん」


「……馬鹿かお前? 俺とお前で戦ってお前に勝ち目ないだろ」


「あっはっは! これまた随分な自信ですね」


 ロイスは笑いながら言う。 だが、そのこと自体についてはロイスも分かりきっていることだ。 いくらロイスの先見之明が未来を視る力だとしても、その未来が全て死に繋がるような状態となったら打つ手はないのだ。 大袈裟な表現になってしまうが、地球が爆発でもしようものなら回避は不可能。 ロイスの先見之明は数多とある未来への道筋を視る力であり、未来を変える力ではない。


「分かっていますよ、弁えていますよその程度は。 なので僕は条件を提示しようと思っているんです」


「条件?」


「ええ、獅子女さん、あなたには――――――――文字の使用を禁じます」


「ちょ、そんなのっ!!」


 その言葉を受け、声を上げたのは琴葉だ。 獅子女の文字の強さを知っている彼女だからこそ、ロイスが提示した条件があまりにも獅子女にとって都合の悪いことだと理解できた。 普通であれば飲み込むはずのない条件である。


「俺がそれを守るとでも? 一瞬でお前なんて殺せるんだぞ、ロイス」


「その一瞬はあくまでも現在から未来へ繋がるものですよ、獅子女さん。 僕はその未来を読み取ることができる、僕が死ぬ未来というのも当然のように見えますしね。 だからこそ僕はあなたのお仲間を人質としたんですよ」


 ロイスは言うと、懐からデバイスを取り出す。


「柴崎雀と我原鞍馬を人質としている場所に爆弾を仕掛けてあります。 彼らには鎮静剤を打っており、あと数時間は満足に文字を使うことはできません。 我原鞍馬については危険度から量を倍にしていますので、影響で死ぬかもしれませんけどね」


 薄っすらとロイスは笑う。 それを聞き、ロイスの顔を見た獅子女は怒りから思わず手を出しそうにもなるも、堪えていた。 動けば間違いなくそれを読み取り、ロイスは爆弾を起爆させるはずだ。


「もしも獅子女さんが文字を使う未来が視えた場合、僕はすぐさまこれを起動させます。 僕は死ぬかもしれませんが、柴崎雀と我原鞍馬を葬れると考えれば悪い交換ではないでしょう?」


 ロイスも分かっていることだ。 この状態で、獅子女が二人を見捨てる選択は取り得ないと。 だからこそこの状況に持ってくることがロイスの目的であり、清算である。 しかしそれは部下の死に対する清算ではなく、自身の恨みから来るものだ。


「四条琴葉さんについてですが、ご安心ください。 獅子女さんが生きている限り彼女を殺すことはしません。 もっとも、あなたが死んだ場合は彼女も死んでもらいますがね。 ああ、もちろんあなたが我々の仲間に加わるというのなら話は別ですよ? 人探しの感染者、あなたの存在は大変貴重ですので。 どうです? 四条琴葉さん。 今ここで仲間になるというのなら……」


「絶対入らない! ばーか!!」


 ロイスの言葉に琴葉は獅子女の背中から顔だけを出し、力強い声で言う。 それを聞き、怒るではなく諦め気味にロイスは笑い、続けた。


「嫌われてしまったものですね、ふふ。 ですがまぁ良いでしょう、そう言うのであればあなたの運命もまた決定した、それだけのことです」


 簡単な話、獅子女がロイスとの戦いにおいて敗北すれば、獅子女に加え雀、我原、そして琴葉が殺されるということだ。 この状況を抜け出すには、ロイスを倒すしか選択肢は残されていない。


「一応確認する。 もし俺が勝てば雀たちは解放すんのか? しないってなれば意味がないけどな」


「もちろん。 ですが一応死ぬ前に聞いてくださいね? そうすれば僕も紳士として場所はお答えしますので」


 ニッコリと笑う姿からは、とてもそれを予期している雰囲気は受けない。 当然だ、ロイスにはその未来が視えておらず、たった今視えている未来はやがて確定される未来でしかない。 そして、その確定への時間は刻一刻と近づいている。


「ああ、分かった」


「では、僕は文字を使い獅子女さんは文字を使わずに、僕と戦う。 獅子女さんが勝てば柴崎雀と我原鞍馬は解放され、後ろに隠れている四条琴葉さんも死なずに済む。 逆に僕が勝てばあなたは死に、人質の二人も死に、四条琴葉さんもまた死ぬ。 ということで宜しいですか?」


「琴葉、良いか?」


「あいつぼっこぼこにして! おにーさん!」


 背中にいる琴葉へ問いかけると、すぐさまそんな元気の良い答えが返ってきた。 聞くまでもなかったかと獅子女は思い、小さく笑った。


「りょーかい。 っつうわけでそれで問題なしだ、ロイス。 さっさと始めようか」


「ええ、そうしましょう」


 たった今、未来は確定された。 ロイスの目に映るは、額から血を流し地面へ倒れる獅子女の姿だ。 そして、その光景に絶望へと顔を染める琴葉の姿だ。 今このときを持ち、その未来は確定された。


 後はその道筋を辿るだけ。 相手は曲りなりにも最強の文字と言われる生殺与奪を持つ獅子女だ。 確実に、ブレずに敷かれた道を進めば問題はない。 ロイスは笑い、そう思った。

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