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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第二十五話

「ッ……ここは」


「どこかの倉庫だな。 潮の匂いが強い、恐らく湾岸倉庫だろう」


 暗闇の中、声を放った雀はすぐ背後からした声により、記憶がおぼろげながら蘇ってきた。 益村、及びロイスとの戦闘の最中に現れた化け物。 それに一瞬の気を取られ、ロイスに攫われたと考えるのが妥当な状況だ。


「急いで獅子女さんに報告しないと……」


「どうやってだ。 身包み剥がされ手足の自由も効かない、鎮静剤の影響か文字も満足に使えない。 こんな縄の錠すら外せない状態だ」


 言われ、雀はようやく自身の立場を認識する。 衣服は下着のみが残されており、我原に関して言えばジーンズのみが残されている。 もちろん所持品は全て奪われており、縄は我原の手と自身の手を固定しており、自由は効かない。 そして我原の言葉通り、身体に力が入らない。 更に縄から走るのは僅かな痛みだ、濡らされているのか、気持ち悪さも同時に感じる。


「ですがこの状況をなんとかしなければ……」


「それについては同意だな。 だが、打つ手があるとは思えん」


 分かっているのは狭い倉庫に閉じ込められているということだけ。 その倉庫の中央で雀と我原は背中合わせで拘束されており、床や壁に空いている針のような穴から入ってくる月光からして、時刻は夜だろうか。


「死ぬにしても皮肉なものだ、まさか貴様と一緒に死ぬことになるとはな」


「……死ぬつもりはないです。 獅子女さんが望んだときこそ私が死ぬときだ、獅子女さんが望まない限り、私は死ぬわけにはいかない」


 それは確固たる意思とも言える。 揺るがず揺るぎようのない意思だ。 雀にとっての全て、それが獅子女結城という男であり、雀が生きる意味とも言える。 つまりここで死ぬというのは、雀にとっては意味のない死でしかない。 故に生へ執着する、それは自らのためではなく他者のためだ。


「つまらん想いだ。 貴様が例えどれほど他者を想おうとも、人は否応なしに死ぬものだ。 この世に救いなど存在しない」


 我原は言い切る。 自身のために生きる我原と、他者のために生きる雀の違いはそこだった。


「だからと言って、私は諦めここで死にたくはない」


「何も知らない馬鹿はそう言うものだ。 貴様にはいつか目の前でそれを知る日がやって来るだろうな」


「何を……」


「貴様が愛する者が目の前で死ぬというものだ。 そうすれば貴様も分かるだろう? 人は容易く死に、救いなどどこにも存在しないと」


「……一体どういう意味ですか、それは」


「さぁな」


 嘲笑うかのように我原は言う。 雀にとってその言葉の意味は断片的には捉えることができた。 我原は獅子女のやり方というものを気に入っておらず、その行動にも異を唱えることが多々ある。 かいつまんで言ってしまえば、獅子女及び雀のことを毛嫌いしている節すらあるのだ。


 となれば、我原が言う「雀にとって最愛の人の死」とは。


「私たちを裏切るつもり――――――――ッ!」


 それを最後まで言葉にする前に、雀たちがいる倉庫へ変化が起きた。 大きく傾き、二人は床へ倒れ込む。 身動きが取れない状態では抵抗できるわけもなく、壁へと強く体が打ち付けられた。


「いっ……! 何が……?」


「……だがそうだな。 貴様の言う通り、黙って死に行くというのも些か不快だ。 黙して腐るのであれば惨めに藻掻くのも悪くはない、か」


 気でも変わったのか、それとも始めからそのつもりだったのか、我原は呟くように言った。


「何か策があるんですか? 我原さん」


 雀もその言葉に気を取り直し、我原へと問う。 身動きができず、どこへ居るかも分からない現状での策だ。


「ない」


「……はい?」


「だから今から考えるのだろう、間抜けめ。 少し静かにしていろ」


 我原は言うと、目を瞑る。 耳を立て、音を聞く。 辺りの匂いを嗅ぎ、その場の空気を飲み込んだ。


「大きさからしてコンテナか。 波の音も聞こえることから、港と見て間違いはないだろうな」


「港……ですか。 ということは、チェイスギャングが抱える拠点の内の一つと?」


「アオに聞いた限りでは、国外とのパイプもあるらしい。 正規ルートでは手に入らない物を入れるときは船の方が利便性は高い。 可能性は高いな」


 我原の推測は概ね当たっている。 チェイスギャングは巨大な組織だ、対策部隊とのパイプもあれば国外の組織とのパイプをも持っている。 そして彼らが仕事としているのは臓器の違法売買、人身売買、違法薬物の輸入などが大半を占めている。 となれば、当然のことだろう。


 だが、分かるのはそこまででしかない。 今この場から動けない以上、なんの解決策にも繋がらない。


「場所の情報が必要だな、それにより取る行動の選択肢も決まってくる。 柴崎雀、貴様、顔をこちらへ向けることは可能か?」


「……はい? まぁ、この程度の拘束であればそれくらいなら」


「オレの腕を噛め」


「嫌です」


 突如として妙なことを言い出した我原に不審な目を向け、雀は言う。 だが、それを聞いた我原は舌打ちをした後、自らの言動の意味を話す。


「この縄はサイザルロープだ。 乾きと同時に締め付けられ、痛みが走る。 濡らせばそれをひとまず避けることが可能だ、オレの血を使え」


「……それであれば私がやります。 あなたに恩を売りたくはない」


「聞き分けの悪い女だな、貴様も。 オレの体は放っておけば傷は塞がる。 それともう一つ、先の戦いで右腕に刃物の破片を刺しておいた、それを使い拘束を切る」


「腕に……自ら刃を刺したというんですか? この状況に陥るということを予想してたというのですか?」


「常に最悪の状況というのを考えて行動しろ、少なくともオレは常にそう考えている」


 戦闘中、我原は自らの腕に刃を忍ばせた。 万が一捕まれば持ち物などは当然回収されるはず、そしてそうなれば抜け出せる手段を用意するのは当然だ。 更にそのことから一つの疑問が生じてくる。


「あの男、ロイスの文字には決定的な何かがある。 未来を視ているという前提さえ崩れかねないほどのな。 もしも仮に未来が視えているのだとすれば、オレの行動も予見出来ていたはずだ」


「確かに、そうですね。 ですが、予見した上で敢えて泳がせたという可能性は?」


「そうであれば好都合だろう。 オレと貴様を自由にさせるということの意味を理解させるだけだ」


 雀はそこで考えを改める。 自分が我原に対して持っている感情というのは、ただの我侭に他ならないと。 言ってしまえば小学生、中学生レベルの我侭でしかなかった。 ただ単純に気に入らず、ただ単純に苦手とし、ただ単純に嫌悪感を抱いているだけだと。


 だが、我原は違う。 少なくとも自分よりは「神人の家のため」の行動が出来ているのではないか? 言動はともかくとして、真に考えていることはともかくとして、この現状で最善の行動ができているのは誰か、自分か、それとも我原か。


 ……考えるまでもない問題であった。 冷静に考え、最善手と思われる行動が取れているのは我原だ。 そして、その行動を起こすための下準備も完璧にこなしている。 ならば今この場では、我原の言葉に従うのがもっとも「神人の家のため」の行動となる。


「分かりました。 場所は」


「肩より少し下だ。 曲りなりにも相応の切れ味の刃物だ、歯で押し出せばすぐに取り出せる」


 雀は我原の言葉を聞き、頷く。 その動作は我原からは見えなかったが、雀は自身に言い聞かせるようにその動作を取っていた。


 そして、振り返る。 我原の示した部位に向け、まずは顔を使い刃の位置を確認した。 冷たいほどの体温を感じたが、長い間この真冬に放置されればこうなるのは仕方のないことだろう。


「……ありました。 良いですか?」


「……」


 その問いに我原は答えない。 それを無言の承諾だと雀は認識し、刃に向け歯を立てる。 体の内部で刃は動き、皮膚へと突き刺さり、血と共にその姿を表した。 皮膚の破れる音が雀の耳には聞こえたが、我原は顔色ひとつ変えずに雀の行動が終わるのを待っている様子であった。


「……っと」


「取れたか。 オレの手に落とせ」


 我原に言われ、雀は我原の体から取り出した刃を咥えたまま下を見た。 我原は手を開いており、そこへ落とせとの指示だ。


 雀は我原の指示に従い手の平に向け、刃を落とした。 肩からは多量の血が流れており、縄に染み込み濡らしていく。 先ほど我原が言ったように、その縄は濡れた瞬間、多少緩んだように感じた。


「……あの」


「なんだ?」


 我原は既に作業を始めており、器用に縄と床の間に刃を挟み、切断作業を始めていた。 後はもう我原に任せたほうが滞りなく進むだろうとの判断から、雀は我原に声をかける。


「腕、大丈夫ですか」


「貴様に気にされるようではオレも随分と軟になったな。 どちらかと言えば痛みより貴様の体液が触れたということの方が余程不快だ」


「ッ聞いた私が馬鹿でした。 忘れてください」


 いくら歩み寄ったとしても、我原は絶対にその距離を縮めることはないだろう。 それは、雀とて同じだ。 もしも我原の方から歩み寄ったとしても、雀がそれに答えることはきっと、ない。


 そう思ったそのときだった。


「この程度のものは気にもならない。 直に治る」


 我原のそんな言葉を聞いた雀は、小さく笑うのだった。

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