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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第二十四話

「大きく分けると、俺の文字には三つの条件がある」


 それからビルの屋上へと移動した二人。 獅子女はビルの端から足を投げ出し座り、琴葉はその少々後ろで立っていた。 というのも、下を見て足がすくんだ琴葉であった。


「三つ?」


「そ。 大雑把に分けると『自分に関わる場合』と『他者に関わる場合』と『その他に関わる場合』だな」


 獅子女は指を三本立て、そう告げる。 自身が生殺与奪という文字を扱う上での条件を。


「ふむふむ……なるほどね」


 チラリと獅子女は琴葉の顔を見る。 そして絶対に理解していないだろうことを察し、数秒見つめたあとに口を開く。


「まず自分に関わる場合。 これは」


「おにーさん今絶対「こいつ馬鹿だなぁ」って思ったよね!? そんな顔してたよね!?」


「全然思ってないない。 んで俺に被害がある場合の生殺与奪は自動で『殺し』が行われる。 まぁ敢えて切る選択肢もあるけど、基本的にはいつもオンになってる。 打撲切断爆破、毒ガスから放射能、ありとあらゆる攻撃の無効化ってわけだ。 この自分にかける殺しは外的要因ならほぼ全て防ぐことができる」


 それだけでほぼ無敵の力とも言える。 獅子女に対する攻撃は尽くが無効化され、同時に生かす対象にもされるのだ。 例え地球上全ての生命が死亡するウィルスが撒かれたとしても、彼はそれを殺し一人生き抜くことすらできる。 彼の目の前で核爆弾が爆発しようと、毒ガスが満ちようと、串刺しにされようと、彼は死なない。 それが生殺与奪という文字、最強の文字の力だ。


「ゲームで出てきたら絶対叩かれる力だよねぇ……羨ましいなぁ」


「言ったろ、ほぼ全てだって。 俺の文字でも殺せないものはある」


「へ? そうなの?」


「例えば分かりやすい例で言うと、琴葉の心象風景だな。 琴葉は俺に使うことができるだろ?」


「……あ、確かに!」


 そう、以前琴葉は獅子女の場所を知るために、雀やアオには聞かず、自らの文字を使い神人の家のアジトまでやって来た。 それは当然、獅子女を対象とした心象風景の力があってこそ。 その際、琴葉の文字は殺されることなく獅子女へと通じている。 外的要因でありながら、だ。


「文字に関して言えば別だ。 それにお前の文字はかなり特殊だから、簡単に無効化することはできない。 雀の一刀両断とかアオの百鬼夜行、あれは主に自分に影響を与える力で、そこから被害を受ける俺は無効化することはできる。 厄介なのは他者に直接影響を与える力、お前の心象風景とか我原の死屍累々、ロクドウの六道輪廻、村雨の原点回帰、とかだな。 文字に置けるそれらは、俺が現象を理解していないと殺すことができない。 自動的にじゃなくて意識的に殺しをしないと無効化ができないんだ」


 それが所謂『他者に関わる場合』だ。 この場合、獅子女が殺すのは他者の文字。 その文字自体を把握していなければ、殺すことは不可能とも言える。 今ならば琴葉の心象風景を殺すことも容易いが、文字を理解していない相手の場合、まずその文字を理解しなければ殺せない。 そしてその文字が琴葉、我原のように他者に影響を与える力だった場合、獅子女ですら殺せずに喰らってしまうということだ。


「だとすると、おにーさんがもしあたしの文字を殺したら、あたしはおにーさんを盗み見ることができないってこと?」


「……盗み見てんのか?」


「へ? あ、いやいや、まさか。 あはは、例え話だよ、例え話」


「……まぁ良いや。 んで琴葉の言う通り、文字を殺せば俺に対しても使うことはできない。 でもお前の文字を殺すメリットはないし、何より俺の文字の条件の所為で厳しい。 他者に関わる場合の殺しは、一人に対して一つの殺ししかできない。 今は四条琴葉が四条琴葉である概念を殺してるからな」


 そして最優先されるは、一番最新の殺しだ。 更にもう一つ、他者に関する場合には条件がある。


「それに他の奴のを殺す場合、殺したそれはどこかで必ず生かさないといけない。 存在程度ならどこでどう生かそうと特に変わりはないから良いんだけどな。 相殺が必要ってわけだ」


 ちなみに以前、四条香織の記憶を殺した際は、四条琴葉の記憶を生かすことで相殺している。 琴葉が昔のことを思い出したのも、それが切っ掛けだ。 獅子女は口にはしないものの、相殺は必ず必要となってくる。


「うう、頭がパンクしそう……でもでもおにーさん、それならロイスって人の文字は殺せなかったの? 先見之明、だっけ」


「そんな難しい話でもないだろ。 ロイスの文字に関してはあれだな」


 獅子女は言うと、髪をたくし上げる。 風により少々乱れていた髪は、一旦そのおかげで元には戻った。


「ナメてた」


「……なにそれ!?」


「だからナメてたんだって。 と言っても全部が全部、ロイスの予想通りだったってわけだろうな。 俺が文字を殺さないと踏んで、あの日あいつは俺の目の前に姿を出した。 行動全てに意味があったんだよ、あいつには未来を読み取って最善の選択を常に選べる力があるからな」


 ロイスの先見之明で、その未来を確実とした。 常に最適、かつ最善の選択を選び続けられる文字だ。 この状況、ここに至るまでの全てがロイスの手中ということだ。 獅子女が己の文字を殺さないであろう選択、道筋、そして結末。 全て、ロイスは視た上で行動を起こしている。


「おにーさんが文字を殺さない、そういう未来を選び取ったってこと……? でも、そんなことができるならおにーさんに勝ち目って」


 いくら獅子女であろうと、勝ち目がない。 琴葉はそう言おうとした。 獅子女が持つ生殺与奪がいくら最強の文字だったとしても、ロイスが未来を読み取れる限り、ロイスに負けはなくこちらに勝ち目は存在しない。 確実、そして絶対に勝てる方法しかロイスは選ばず、負ける方法など敢えて選ぶわけがない。


 そのことに今更気付いたとして、手遅れだ。 既に雀、我原が人質として捕らえられ、状況は絶対的に不利だと言える。 ここから獅子女の文字を使ったとしても、二人を無事に助け出すことは困難を極めるだろう。 仮に不自然な動きをし、人質の二人が殺されでもすれば元も子もないのだ。


「あ! もしかしてそこで大逆転っていうのが、さっき言ってた『その他に関わる場合』の殺し、とか?」


「いいや、その他に関わる殺しはそのまんまだよ。 現象そのものに対する殺し、要するに感染者識別機とか物理現象、そういう類に関する殺し。 これについては制限なく行える、相殺の必要もない」


「……え、でも、それならどうやって」


 再び思考する琴葉。 その様子を見た獅子女は少しだけ笑い、口を開いた。


「良いか琴葉、感染者同士、文字同士の戦いにおいて絶対ってのは存在しない。 俺だって負けるかもしれないし、いつ死んだとしても不思議じゃない。 そうやすやすと死ぬ気もないけど、こればっかりは分からないんだ」


「そんな……」


「そう心配そうな顔をするなよ。 良いか? それは逆もまた然り、ロイスにしたって絶対勝てるなんてことはないんだよ、例え未来が視えてもな。 琴葉、俺のことを信頼できるか?」


 獅子女は言うと、立ち上がった。 そして振り返り、広がる街の景色を背中にし、吹く風を背中に受けながら、琴葉へ向けて言う。


「お前が俺を信頼すれば、俺は必ずそれに答える。 琴葉、お前に大切な役目を与えたい」


 そして、獅子女はその役目を琴葉へと与えた。 獅子女が要求することはただ一つだけであり、それを聞いた琴葉は不安に思うも、ハッキリと頷いた。


 獅子女が口にした言葉は、こうだ。


「何があっても俺の後ろで見守っていてくれ」


 たった、それだけである。

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