第二十三話
「なんだありゃ……」
獅子女と琴葉は数分前、現地へと到着をしていた。 既に雀と我原は連れ去られた後ではあったものの、あまりにも混沌とした状況に出ていくことが出来ず、遠巻きからその争いを眺めていたのだ。 益村、そして見知らぬ少女、それと対峙しているのは紛れもない怪物だ。
「関わり合わない方が懸命だな。 琴葉、雀たちはまだ視えるか?」
「え、えっと……駄目、視えない。 雀さんたち、大丈夫かな……」
琴葉は目を瞑って言う。 琴葉の文字、心象風景は対象の今を視る力だ。 だが、その対象が死亡、又は意識を失っている状態であれば視えるのは闇でしかない。 その今が無い者の今を視ることは叶わないのだ。
「そう簡単に殺される奴らでもないよ。 琴葉、それならロイスは? 視えるか?」
「あ、そっか……一緒なら視えるよね。 心象風景」
アンテナ塔の下で起きている戦闘に警戒しつつ、獅子女は琴葉に尋ねる。 琴葉はその言葉をすぐさま理解し、文字を使い景色を見た。 そして、理解した。
「……おにーさん、伝言」
「伝言?」
「明日の午後六時、湾岸にある倉庫にて。 獅子女結城、及び四条琴葉のみ」
「……なるほど、そういうことか」
ロイスの文字、先見之明は未来を視る力だ。 そして、今まで何度かロイスを視てきた琴葉は、その全てが同じ光景だと言っていた。 つまり、琴葉が文字を使うタイミング……それを読まれていたということ。 その上で、ロイスは琴葉の文字を予見し獅子女に伝言を残した。 あくまでも優位に立っているのは自分だと、言い聞かせるために。
「あっちも終わりそうだ。 琴葉、全員に連絡してくれ。 今から一時間後にアジトへ集合、ロクドウもな。 楠木にも顔を出せって送っといてくれ」
「うん、分かった。 メッセージ送っておくね」
琴葉は慣れた仕草で携帯を押し、全員にメッセージを送っていく。 それを一度目で見たあと、獅子女は再び視線をアンテナ塔へと向けた。
正体不明の怪物、それと戦いを繰り広げる少女。 既に少女は喰われ、怪物も立ち去った後だ。 まるで爆撃にでも遭ったかのように地面は陥没し、荒れ果てている。
あの少女もかなりの強さを誇っていた。 慣れれば我原、雀の二人であれば対処はできたであろう。 だが、獅子女が思うのは違うこと。
その少女ですら一方的に食らった怪物。 もしやあれは自身よりも強いのではないかと、そう思った。 複雑な文字、複雑な力を使っているわけではない。 単純に力押し、圧倒的な力というものほど分かりやすい強さはない。 そして、あの怪物が持つ力というのもそれだと、獅子女はそう認識していた。
「おっけー! 送れたよ、おにーさん。 ……あたしも行った方が良いのかな?」
「当たり前だろ、お前も仲間だ」
「へへっ、りょーかい!」
どこか嬉しそうに琴葉は言い、獅子女の背中へと飛び乗った。
「……少しは運動しないと太るぞ」
「女子に向かってそれ禁句だしっ! いいもん、あたし痩せてるから」
獅子女は文句を言いたくなったものの、二人で歩くよりも獅子女が抱えて走った方が余程速いということは分かっていた。 渋々、琴葉を背中に乗せてアジトへと向かう獅子女であった。
「集まったか」
丁度一時間後、アジトの広間へと集まったのは九人だ。 獅子女、琴葉、アオ、ロクドウ、桐生院、シズル、軽井沢、楠木、村雨。 雀と我原を除くメンバーが集まっており、そして獅子女が今発した言葉によってその両名に何かがあったということは、全員が察するものとなった。
「悪いな楠木、嫌だっただろ」
「か、かまっ構いませんッ! し、しししめさんの言葉ですし……わたくしも神人の家の一員なのでッ!!」
「くふふ、相変わらずだねぇ楠木君は。 人見知りにもほどがあるよね」
獅子女よりも年上、二十歳となるのは楠木であり、しかしその喋り方は辿々しく、目はあちらこちらへと泳いでいる。 黒い髪は丁度肩よりも少し長く、見ようによっては日本人形のようにすら見える女子。 それが、楠木莉莉という人物だ。 変幻自在という文字を扱う神人の家、幹部。 普段は部屋へ引き篭もり、表に出てくることは滅多にない。
「ロイスに雀と我原が連れ去られた。 向こうが提示したのは明日の午後六時、湾岸倉庫にて俺と琴葉の二名だけで来るようにってことだ」
「……雀さんと我原さんが? 負けたってことっすか? それ」
「隙を突かれたってほうが正しいかもしれないけどな。 ロイスは先見之明を持ってる、長時間居れば僅かな隙でも決してあいつは逃さない」
未来が見えるからこそ、できた芸当と言っても過言ではない。 必ず生じる隙を的確に突く、寸分の狂いなく確実に成功する方法を取れる、逆に自分に不利に働くことは確実に避けることができる。 それが、未来を見るということだ。
「その前に、俺と琴葉は一度あいつと会っているんだ。 そんで、俺が死ぬと予見された」
「なんの冗談だよ獅子女さん。 いくら冗談好きな獅子女さんつってもキツくね? ないない」
「私も少し考えられないわねぇ……けどボスが死ぬなら私も一緒、うふ」
真っ先に言葉を返した二人、シズルと村雨からは信頼とも取れる言葉が返ってきた。 それ以外の者に関しても同様だろう、獅子女が死ぬということなど、長い間近くで獅子女の力を見てきた者たちには想像ができないことである。
「……んでどうすんだ獅子女さん。 言われりゃ俺はぶっ飛ばしに行くが」
「私も軽井沢くんに同意かな。 仲間のピンチとあらば駆けつけるのが筋であり道理、そして美しい行いだろう」
「僕もっすね。 二人共仲間、見捨てるという選択肢はなし。 少し調子乗りすぎじゃないっすかねー」
言葉を発したのはその三人。 だが、顔を見れば全員が同じ意見だということは伺えた。 それらを眺め、獅子女は笑った。 悪意のあるそれではなく、どこか優しさを感じるような、そんな自然な笑顔だ。
「お前らと会えて良かったよ」
「……いやいやいきなりなんすか怖いっすね。 獅子女さん、琴葉ちゃんと暮らしておかしくなりました?」
アオは苦笑いをして言う。 いつもであれば、獅子女が少しだけ怒り、アオが笑いながら謝る、そんな流れになる会話だ。 しかし、獅子女はアジトの外を眺める。 このアジトを使い出したのは今年からのことであったが、一年を通して使ったアジトだ。 春から夏、秋、そして冬。 そこから見える景色は大して変わらない。 変わったのは恐らく、神人の家のメンバーくらいのものだ。
「ほら、だから言ったろ? コトハくん」
「え?」
その獅子女の言葉を聞き、言ったのはロクドウであった。 今の今まで静かに言葉を聞いていた彼女は、気付いたかのように琴葉へ言葉を向ける。 それを聞いてか、聞かずか。 獅子女は告げた。
「――――――――少し寝ていてくれ」
「な、獅子女、さん?」
アオが驚いたように言うも、その場に倒れ、意識を失う。 アオだけではない、その室内に居た殆どの者がその場に倒れた。 獅子女の身体能力は、我原と雀を除けば神人の家の中でも上位に位置する。 その二人が飛び抜けているだけであり、他の者は基本的に獅子女よりも身体能力では劣っている。 だから獅子女の動きに反応できる者はおらず、その場に居る殆どの者は獅子女の手刀によって意識を失った。 無警戒だったからこそ、というのもそこには少なからず含まれており、まさか獅子女に攻撃を喰らうとはこの場に居る者は思いもしなかっただろう。
「あらら、シシくんがまさか裏切っちゃうなんてねー」
「冗談は寄せ、ロクドウ。 頼んだぞ」
棒読み風に言うロクドウに対し、獅子女は返す。 それを受け、返事はしないもののその場に座ることで承諾を示すのはロクドウであった。
「おにーさん、なんで」
そしてもう一人、意識を奪われずに立ち尽くす人物が居る。 琴葉は目の前で起きたことをロクドウの言葉でようやく認識し、口を開いた。
「状況を聞いたらこいつらは確実に付いていくる。 そうなればロイスの出した条件に逆らうことになるからな。 雀と我原のことを考えれば余計なことはしないほうが良い」
「で、でも……隠れて行けば大丈夫じゃないかな」
「ロイスの文字は先見之明、俺が妙なことをしてもあいつにはそれが視えている以上、従う他ないんだ。 今はただ従うしかない、俺と琴葉だけで来いって条件にな」
獅子女が言うことはもっともであった。 だが、それでも琴葉は言う。
「おにーさんの文字で、ロイスの文字を殺せば!」
「今はもうできない。 良いか琴葉、俺が生殺与奪を使うのにはいくつかの条件がある。 お前には話しておくか、これから一緒に行くわけだしな」
本来であれば早急に雀、我原を助けに行くべきであろう。 だが、今回に限って相手はロイス。 不用心な行動をすれば未来を読まれる可能性があり、無闇に動くわけにはいかなかった。 明日の午後六時、その時間までは待つしかない。
それに加え、ロイスは雀たちに安易に手出しはできないとも踏んでいる。 先ほど琴葉から聞かされた雀と我原、ロイスと益村の対決において、ロイスは我原から嫌なものというのを感じているはずであり、我原に関して言えば拷問などしようものならどうなるか分からないだろう。 我原が出した黒い粒子、そのことについてはロイスも予測をしていなかったようだ。
だが、同時にそこに違和感を感じる。 ロイスの文字、先見之明とロイスの得た感情は、矛盾しているのだ。 未来を見れたというのであれば、我原の変化にも気付けたはずであり……あの怪物の襲来も予見できていたはず。 しかし、ロイスは事実として驚愕していたのだ。
「行くぞ」
ともあれ今はただ待つのみ。 獅子女はそう言うと、立ち上がって付いてくるように促した。 場所を変えようという意味だと理解し、琴葉は未だに納得できないものの、獅子女の後に付いて行くのだった。




