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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第二章
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第二十二話

「なに、これ」


「どうした? なんか視えたのか?」


「分からない、分からないんだけど……怖い、怖いよ」


 琴葉を抱え、東地区に向かっていた獅子女は突然言い出した琴葉に足を止める。 琴葉は心象風景で我原たちを見続けていたのだが、たった今琴葉が告げたのは妙な言葉であり、獅子女は眉を顰める。


「落ち着け琴葉。 何があった?」


「……怪物。 あんなの、見たことないよ」


「怪物?」


 琴葉はゆっくりであったものの、その怪物の特徴を述べていった。 剥き出しの牙、巨大な両腕に巨体、無数の眼球に口、強靭な体、それらを聞いた獅子女は確かに化け物じみていると思いつつも、嫌な予感は拭えない。


「もうすぐ着く。 それまで視ていられるか? 無理はしなくていい」


「うん、大丈夫。 待ってね」


 琴葉は言い、目を瞑る。 そして視えてきたものをゆっくりと語り出した。




「ナンカ、カズオオクナイ? イチ、ニ、サン、シ……ゴ。 ンー、マイッタナ」


 その怪物は周囲に居る者たちを数え、頭を掻くような仕草をする。 見た目とは裏腹な軽い言葉遣いと仕草が、余計に不気味さを醸し出していた。


「参りましたね……どうやらお呼びでないものまで来てしまったようですが。 益村さん、あれが何かご存知で?」


「いいや知らないねぇ……少なくとも人間ではなし、感染者だとしてもああいう類のものは見たことがないねぇ。 強いて言うなら、失敗作に酷似しているってことくらいか」


 当然の如く、ロイスも益村もそれについては全く初見であり、焦りはしつつも動揺はしていなかった。 何より、益村には『試作品』が付いており、我原と雀の両名を相手取って優位を取れるほどのものである。 それ故、不安も心配も一切していない。


「なんだあれは……感染者か? 柴崎雀、お前の知り合いではないのか」


「どうしてあのような化け物と私が知り合いでなければならないのですか……けほっ」


「……それもそうだな」


 我原は平然と立っており、雀は先ほど試作品に受けた攻撃が尾を引いている。 脇腹を抑え、口の端からは血が流れていた。 骨が一、二本は折れているのか、激痛が体を襲っている。


「ン、アア、キミラシッテル。 ガハラクラマ、シバサキスズメ。 オッケー、ナラテキハキミタチカ」


 化け物は笑うような声を上げると、ロイスと益村へと視線を向けた。 同時、右腕に生えている無数の眼球の全てが動き出す。 それぞれが独立した動きを取り、見ているだけで背筋が寒くなるほどに気味が悪い光景であった。


「おやおや、こちらに向かってくるのかい。 どちらが優位か、考える脳みそはないようだねぇ」


「ツキシグレイレバヨカッタンダケドナァ、ドコオトシチャッタカナマッタク……マイイヤ、エイッ」


 化け物は言うと、ロイスと益村の下へ巨大な左手を振り下ろした。 その巨体からは考えられない速度であり、辺りにはミサイルでも落としたかのような轟音が鳴り響く。 衝撃波は辺りに飛散し、木々を揺らす。 見ていた我原と雀は体を構え、その風を受け流す。


「あいつらは後だ、先にこの化け物を殺せ」


「了解」


 しかしその攻撃は、少女の片腕によって静止される。 受けたらひとたまりもないほど威力が込められた一撃をたった腕一本で防ぐというのは、にわかには信じられない光景であった。


「オオ、スゴイスゴイ」


「拒絶」


 少女は舞い、化け物の眼前へと飛び立つ。 そのまま宙で姿勢を変え、右足を怪物の顔へと放った。


 ドゴッという鈍い音が辺りに木霊する。 数秒の間を置き、怪物の体は宙へと投げ出された。


「イッテェ! アーモウビックリシタ……」


 が、怪物にはまるで効いている様子がない。 かなりの威力の蹴りだったが、まるで意に返していない。 ケタケタと笑い声のようなものを上げ、怪物が次に見たのはたった今蹴りを放った少女だ。


「オモシロイ。 ニンゲンデモ、カンセンシャデモナイ。 クウカ。 アジミシチャウゾー」


 もう一度、怪物は少女へ向け左手を振り下ろした。 が、一度目同様に片腕のみでその攻撃は止められる。 少女は顔色一つ変えておらず、まるでロボットのように淡々と命令をこなすのみ。


 だが、変化は起きた。 少女は一瞬だけ体をぴくりと反応させ、すぐさまその場から距離を取った。 その光景を眺めていた四人は、少女が立ち止まったことで何が起きたのかを理解する。


「……右腕が? まさか、あれは」


 雀の声を聞き、我原は怪物の左腕に視線を向ける。 蠢くのは口、何かを咀嚼するかのように音を立て、液体を飛び散らされている。


「ウッワゲロマズ。 ヤッパニンゲンジャナイトウマクネーワ、ワカイコガイイナ」


 化け物は一瞬、雀へと視線を向けた。 たったそれだけで雀の体は硬直し、動けなくなる。 殺気や威圧感とも違う……これは、恐怖か。


「ウソウソ、ジョーダン。 キミタチノボスモジョーダンスキダロ? アッハッハ!」


「な……ボスを知っているんですか!?」


「ダイシンユーダヨ、アッハッハ! マァイマハ、アレデガマンスルカ」


 舌なめずりをし、怪物と少女は再び向かい合う。 対策部隊が用意した規格外の少女、そしてそれと争うのは正体不明の化け物。 我原も雀も、完全にそこへ注意を奪われていた。 いや、益村とて同じだろう。 今ここでその怪物を度外視し、確実に目的を遂行するために動いていた人物は、一人だけだ。 そしてその行動こそが虚を突く最善、かつ最良の一手であることを分かっていた。


「注意を怠るとは、まだまだ可愛いものですね」


「ッ!? な……きさ、ま」


 首筋に冷たい感触が走った。 見ると、首には小さな針が突き刺さっている。 完全に不意を突かれての一撃、我原の意識は一瞬にして闇へ沈む。


「我原さん!?」


「特製の鎮静剤です、しばらくお休みください。 いやぁ二人を確保できたのは都合が良い。 これで心置きなく、あなた方のボスを殺せるというものですよ。 では、柴崎雀さん、あなたもしばしの間おやすみなさい」


 手負いであり、未来を読む力を持ったロイスに勝つ手は、今の雀は持ち合わせていない。


「く、そ……」


 そして雀の意識もまた、深い闇へと沈んでいった。


「益村さん、悪いんですがこちらの都合は整ったので、その怪物のお相手をお願いしますね」


 ロイスは笑顔で言うと、我原と雀を抱えて跳ぶ。 ひとっ飛びでアンテナ塔の頂上へ辿り着き、下での戦いを数秒眺めた後、消え去った。 ロイスにとって最優先事項は我原と雀の確保に尽きる、それさえ済んでしまえば、一度手を組んだ益村を見捨てることなど自然なことであったと言えよう。


「……薄汚れた感染者めが」


「アッハッハ! ウラギラレテヤンノー! オモシロ」


「好きなだけ笑えば良い、直にお前も施設へぶち込んでやるからねぇ」


「アハ、タノシミダネェ」


 そう言う怪物の口からは、大量の血が流れ落ちている。 その量は、尋常ではない。 まるで、人をそのまま喰らったかのような、血の量だ。


「……おやおや」


「マズ、ヤッパコイツゲロマズ」


 怪物の足元には、転がる亡骸。 たった今まで善戦をしていたと思われる少女の体が転げ落ちていた。 胸部から上は全て食い千切られており、辺りには血の池が作り出されている。


「人を喰らう感染者とは聞いたことがないねぇ……これは良い情報だ」


「ヘー。 ンー、アア、ア。 ウン、アキタ。 カーエロット」


 まるで気が向いたかのように、怪物は翼を広げ飛び上がる。 益村には無関心、眼中にないとでも言いたげにだった。 それを受け、益村は頬をぴくりと動かし、武器を地面へ叩きつける。


「逃げられると思ってるのかねぇ!!」


 氷の柱は地面から勢い良く飛び出し、怪物の体へと命中した。 数十の柱は砕け散り、辺り一帯を霧のように飛散する。 仮にも生物、かなりの硬度を誇る塊が数百キロにも達する速度で衝突すれば、ただでは済まない。


 ただしそれは、相手がまともな生物だった場合のみ。


「――――――――ア?」


 直後、益村は自分の首が飛ばされたことを認識した。 流れ落ちる景色、首から上をなくした体が無残にも傾き、倒れる姿を見た。 痛みはない、あまりにも一瞬のことで思考が追いつかない。


「アハハ、バイバイ」


「ッ!?」


 怪物が視線を外す。 そこでようやく、益村はまだ生きているということに気付く。 視線を向け、怪物にとっては恐らく僅かながらの殺気を向けただけだ。 たったそれだけで、リアルとしか思えない死を見せられた。 そして、ここで自分が更に動けば、辿るのは先ほど見た死だ。


 今益村にできることは、ただただ飛び立つ怪物を眺めていることだけであった。

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