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感染者のことは  作者: 獅子師詩史
第一章
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第五話

「んーッ!! んーーーーッ!!」


「ったくうるせぇ女だな。 静かになる薬とかねぇの? 武臣(たけおみ)


「んー、あるっちゃあるけどなぁ。 でも廃人みたいになるけど良いの? (とおる)くん」


 男の数は、六人だ。 短髪黒髪、そして左耳にピアスを付けた男が徹。 その横にいる長髪がヒデ。 更に今の会話から黒髪の見た目は普通の男が武臣だ。 いざというときのため、四条は体を縛られ、口を塞がれている状態でも頭に叩き込む。 今は駄目だったとしても、いつか仕返しをするために。 存外、四条香織という人物は負けず嫌いでもあった。


 そんな四条は今、街外れにある廃工場へと連れて来られていた。 人気が全くなく、不良のたまり場と噂されているそこに連れて来られ、目が覚めたときには今の状態というわけだ。 身動きは取れない、言葉を発することもできない。 何をされるのか、心臓の鼓動は早くなる。


「そりゃ駄目だろ。 こういう風に怯えて泣いて怖がってるときが一番オレが気持ちよくなれんだからさぁ」


「うわ出たドS男。 ははっ、マジでわかんねー」


「お前わかんねーとか言っていつも参加してんじゃん。 それにマジで締まり良くなるんだって」


 会話からして、常習的に行われていることだと四条は理解した。 だが、いくら理解しようとしても怖くて怖くて堪らなかった。 どうして、なぜ、そんな疑問が思考を妨害するように頭を埋め尽くしてくる。 冷静でいようとしても、これから行われることが嫌で嫌で逃げ出したかった。 体が少し、震えた。


「あそういやさ、お前彼氏いんの? さっき男と話してたよな?」


 徹が言い、四条の口を塞いでいる布を取り払う。 その直後、四条は徹に向け言い放った。 恐怖を消すために、何かぶつけてしまわないとおかしくなってしまいそうだった。


「……死ねクソ男ッ!! 地獄へ落ちろ!」


「おーこわ」


「ッ!!」


 徹はニタニタと笑い、四条の顔を叩く。 満足に受け身も取れず、四条は地面へと倒れ込んだ。 痛みと悔しさで、目には涙が溜まっていく。


「そいつが警察呼んでもめんどいし、ちゃっちゃと済ませるかぁ」


「……ッ! お、お願い……やめて」


 その言葉を聞いた四条は、震えた声で言う。 恐怖と痛み、そしてこれから行われるであろうことを嫌でも想像してしまい、思わず漏れた言葉だった。 こんな男たちに何かをされるくらいなら、死んだ方がマシだとすら思えた。


「ちゃんと敬語で言えよ。 そしたら考えてあげてもいいぜ」


「お、お願い……します」


 歯を食いしばり、四条は言う。 だが、それを聞いた徹の取った行動は四条の願いを打ち砕くものだった。


 徹は四条の着ていた制服を強引に引き千切る。 大人しめの下着は露わとなり、それを見た徹たちは笑う。 笑い、笑い、笑う。


「一応考えたぜ、ははっ」


 ……もう、駄目なんだな。 結局こんな事故みたいなことで、人間は駄目になってしまうのかもしれない。 自分が夢見る画家、自分が大事にする心、絵描きとして絶対必要になる心だ。 そんな心が今、壊されるかと思うと悔しくて悔しくて堪らなかった。 自分が一体何をしたんだという理不尽な怒りも込み上げてきた。


 そして、こうも思った。 どうせなら、こんなことになるのなら……彼女を助けに行けば良かった、と。 四条が十六年という歳月を生きてきた中で、それだけが心残りだ。 あの子にせめて、もう一度だけ会いたかった。


「んじゃ良い感じの雰囲気になってきたしお楽しみタイムー」


「いぇーい」


 男たちの声が廃工場に響き渡る。 そして、誰一人として気付いていなかった。


 ――――――――その声に足音が混じっていることに。 この世の『最悪』が迫っているということに。


「あ? おいおい……トラブル御免だぜ」


 ようやく気付いた徹は、たった今足を踏み入れてきた男に向けて言う。 四条はまた新たな仲間が来たものだと思ったのだが……。


「悪いなお楽しみ中に。 けどそいつ、俺の友達なんだ」


 男は言うと、付けていたお面を外す。 その顔を見て、四条は息を呑む。 見知った、知りすぎていた、そして今もっとも会いたかった、大切な友人。


「……結城?」


「間に合ったかな、これ。 雀に探させたらすぐ見つかったから大丈夫だと思うんだけど……セーフ? で良いんだよな?」


 いつもと変わらぬ口調で、獅子女は言う。 それを聞き、四条は心の底から安心できた。 もしも狙ってやっているのだとしたら、ありがたいことであった。 獅子女のその声だけで、泣き出してしまいそうだった。


「遅いって、ばか」


「良かった、間に合ったようで」


 笑って言った四条を見て、獅子女は言う。 そのまま四条へ近づくと、自らが着ていたコートを四条へとかぶせた。 そして、獅子女を敵と認識している男たちへと向き直る。


「あんたらも悪いな、邪魔しちゃって。 だけどさっきも言ったようにこいつは俺の友達なんだ。 悪いけど連れて帰るよ」


「くく……はははッ!! おいおい何言ってんだクソガキ。 はいそうですかって帰すと思ってんのか?」


「そうなんねえの?」


 獅子女は助けに来てくれた。 だが、状況が絶望的なことには変わらない。 獅子女が喧嘩をしているところなんて見たことがないし、強いという話も聞いたことがない。 だから恐らく警察を呼んでいるんだろうけど……挑発するような言い方をする意味が分からなかった。 時間稼ぎをして、警察が来るまでどうにかするというのが最善ではないのか。


「なるわけねぇだろクソガキッ!! おいヒデ、こいつぶっ飛ばして縛れ。 こいつに友達の可愛い声聞かせてやろう」


「はいはい。 力仕事すぐ俺だもんなぁ」


 ヒデは言いつつ、服の内から警棒を取り出す。 そして獅子女へ近づくと、迷うことなく頭目掛け振り抜いた。 いきなりのことに四条はそれを見ていることだけしかできず、獅子女の体は勢い良く地面へと叩きつけられる。 その光景が衝撃的すぎて、四条の耳には不思議と鈍い音は聞こえてこなかった。


「結城ッ!? ちょっとそんなことしたら……!」


「うるさい女だなぁ……。 そんなことしたら死んじゃうって? 構わない構わない、そんなのは。 それに女の子を助けに来て死んじゃったってカッコいいじゃん。 あはは!」


 四条の言葉にヒデという男は笑いながら言う。 その言動と行動からして、人を殺したことがあるような言い方であった。 そして、それを聞いた四条はどうにかしなければと感じる。 こいつらは頭のねじが吹っ飛んでいる、どうにかしなければならない。 あれだけの勢いで殴られれば、当然タダでは済まないに決まっている。 早く病院に連れて行かなければ、命に関わるかもしれない。 そんなことを思いながら、獅子女へ視線を向けたときだった。


「良かった、その言葉を聞けて俺も心置きなくってわけだ。 なぁ、そう言うってことはお前は俺を殺す気だったってことだよな? それなら、俺も殺す気でやって構わないってわけだよな」


 獅子女は、いつもと変わらぬ雰囲気で、いつもと変わらぬ声色で、いつもと変わらぬように立っていた。 まるで、何事もなかったかのように。 チラリと見えた横顔は、笑っていた。 ただ一つ、四条は一瞬ではあったものの獅子女に対して恐怖を抱いた。


「おいヒデ、手ぇ抜きすぎじゃねえのか」


「あ、ああ……そうだったかもしれね」


 そう言うも、徹とヒデの顔色は優れない。 いや……その場に居た獅子女以外の全員が、何か寒気を感じたのだ。 普通ではない、と。 少なくとも殆どなんのタイムラグもなく、何事もなかったかのように起き上がるなど、あり得ないと。


「四条、悪いな。 俺はお前をずっと騙していた。 お前の良心に付け込んで、()()()()()をしていた」


 獅子女は四条の顔を見ると、優しく笑った。 その表情には、どこか悲しみのようなものも見えた。


「え? 結城、何を言って――――――――」


「俺は感染者だ。 言わなくてごめんな」


 ――――――――感染者。 その単語は、嫌でもと言うほど知っている。 この世界に住まう人間であれば、聞いたことのない人など確実に居ないほど一般的なことだ。 だが、だがそれでも……獅子女がそうだとは、今日この日、今に至るまで考えもしなかった。


 もしもそうなら、どうやってそれを隠してきた? もしもそうなら、自分が発した感染者に対する何気ない言葉をどんな気持ちで聞いていた? もしもそうなら、獅子女が言う仕事というのはなんだ?


 そんな疑問たちが浮かんでくるも、一番頭を埋め尽くしたのは、それとはまた別のものであった。


 もしもそうなら、自分はなんて声を掛ければ良いのだろうか。 ただ、それだけだ。 そして、できればいつものように「冗談だよ」と、言って欲しかった。


「感染者、だと? はは、ははは! おいお前らこいつ取り押さえんぞ! 政府に売りつければ金が貰える!!」


 徹が言うと、男たちの目の色が変わる。 感染者という珍しい存在は、政府が研究するにあたって大変貴重な生きる資料だ。 主に彼らの持つ文字は軍事的利用がされていることは周知の事実で、生きた感染者を捕獲することができれば高値で売れる。 そして、殆どの感染者は人間数人であれば捕獲することは容易なのだ。 それも武器を持っていれば尚更であり、それ故稀に出る危険な感染者も世間一般的にあまり危険視はされない風潮となっている。


「お互いに不満はナシってことか。 なら都合が良い、後で恨み言は止めてくれよ」


 そう言うと、獅子女は小さく笑って男たちを見る。 四条にはもう、何も言うことができなかった。

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